死を超える決意

 翌朝、目が覚めると、傍にリィンがいないことに気が付いた。


「リィン! リィン!」


 呼びかけても、辺りで何かが動く気配はない。

 私は半狂乱になりながら、魔灯をつけて遺跡の中を探し回った。灰のような物がどこにも見当たらないのを確認して、ようやく少し落ち着きを取り戻す。


 うかつだった。


 アンデッドと一夜を過ごしたという経験は初めてであり、私が眠っている間にどのような行動を取るかなど、考えたことも無かったのだ。

 そもそも、それほど長く『生きた』アンデッドはいなかったのだから。


 私は慌てて遺跡の外へと飛び出した。まだ日の出前の淡い光が辺りをぼんやりと照らしていたが、付近にもリィンの姿は見えない。

 声を張り上げてリィンの名前を叫ぶ。


 もしかしたら、外で灰になってしまったのでは……


 また脳裏に浮かんだ不吉な推測を頭を振って追い払う。


 どこだ? どこへ行った?


 焦って空回りしようとする頭を必死に落ち着かせる。そこで一つの可能性が浮かんだ。


 もしかしたら……


 思い当たる場所はそこしかない。そこならばリィンの足でも一時間ほどで着くだろう。

 私は魔導バイクにまたがると、昨日リィンと出会った森へと向かった。


※ ※


 森までの道中、リィンらしき動く者は見当たらなかった。私は魔導バイクを森の外縁に止め、駆け足で森の中へと入る。あの石碑に向かって走り出した。

 途中、何かが動く気配を感じたが、立ち止まってリィンの名前を叫んでも、それ以上の反応は無かった。リィンならば、覚束ない足取りで、あの可愛らしい姿を私に見せてくれるはずだ。


 それ以上調べる必要性を感じず、石碑へと向かう。

 開けた場所に出て石碑を見た時、私はこれまで感じたことの無いような安堵と愛おしさを感じた。


「リィン!」


 そう呼びかけると、石碑の前でぼんやりと立っていたリィンが、私の方へとその虚ろな視線を向ける。ゆっくりとこちらへと向かってくるのを待つのももどかしく、私はリィンの許へと駆け寄った。

 

「ここにいたんだね」


 リィンを両腕で抱きしめる。ドレスを通して、硬く冷たい感触が私の肌へと伝わった。リィンの艶やかな銀髪をそっと抱えると、その髪に何度も頬ずりをする。


 リィンを見つけることができた。


 その安堵感が、私に冷静さを取り戻させる。幸い、リィンの魔力は、昨日と比べて衰えているどころか、かなり増しているように感じた。私の仮説は、正しかったようだ。


「そんなにここが好きなのかい?」


 私は、リィンが見つめていた石碑をもう一度見上げた。


 この子にとって、この石碑がどんな意味を持つのか、想像はつかない。しかし、リィンの『生命』を永らえる方法が見つかり、それが私の抑えようもない欲情を満たしてくれるものであったことが、私を必要以上に舞い上がらせていた。


 もうリィンを離さない。私はこの子と一緒に暮らすのだ。


 アンデッドならば成長もしないだろう。リィンは、私の魔力が尽きるまで、つまり私に死が訪れるまで、この姿のまま、様々な境界線に存在する姿のままで私と共にいるのだ……


 私の魂が歓喜に震えている。人間社会では手に入らなかった心の充足が、ここで手に入ったのだ。

 頬に涙が伝う。しかしこれは、悲しみの涙ではない。絶望の涙でもない。


 そしてさらに思う。死んでからも、私とリィンは一緒でなければならない……永遠に。


 次にやるべきことが見つかった。そう、私がアンデッドになればいい。ただし、そのような呪文は、高位の死霊術ネクロマンシーにしかない。


「私はネクロマンシーを極めるよ。リィンの為にね」


 私がそう微笑みかけると、リィンはゆっくりと手を伸ばし、私の頬を流れる涙を指で拭った。


「リィンは優しい子だね。でも、これは悲しい涙じゃないんだよ」


 私はリィンを抱き寄せ、少し乱れていた銀色の髪を手櫛で整えた。そしてそっと唇を寄せる。リィンも、まるでそれに呼応するかのように唇を寄せてくる。その後しばらく、二人は長い長いキスをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る