第15話 イフト、検討中

「シルフィー! 転移魔法を! 早く!」

「分かってるってばぁ!」

 ついさっきまで転移魔法陣を切り裂いたばかりの剣を、再び振り上げて構える。

 シルフィーから発せられる新たな魔法陣を待っている時間がどうにも焦ったく、俺は頭上より高く掲げた両腕に力を込めて振り下ろした。

 風切音を立てながら刃が動き出した直後、目の前には淡く光る魔法陣が出現した。しかし、現れるのと同時に俺の剣が斜めにそれを横切ったことで、瞬く間に消えていく。

「次だ!」

 言い終わらないうちに、すぐさま直突きの構えを取りながらアタックベアを発動して、自身の攻撃力を高めた。

「遅い!」

「待ってってばっ!」

 突き出された切っ先に対して、魔法陣はまたしても遅れを取る形で出現し、あわや渾身の一突きは空振りになる寸前だ。

 フローア村に戻ってきた俺達は早速在宅勤務の冒険を繰り返し、気がつけば鉱山の冒険を終えてから十日が過ぎていた。

 冒険のスタイルはあいも変わらず、シルフィーが操る竜の目と転移魔法を要とする庭先での遠隔冒険。そしてサリナ先生のところで覚えてきた魔法と魔術による、セルフサポートの実践だ。

 現地に直接出かけていた頃は、一日一クエストが精一杯だった。

 それも当然だ。現地へ移動する往復の時間を考えれば、一つのクエストがそのまま一日作業となってしまう。それに請け負ったクエストによって準備も違うので、いくつものクエストの用意を常に持ち運びすることなど不可能に近い。

 これは俺達だけでなく、ほぼ全ての冒険者がそのようにしている。

 しかし、在宅勤務はこの流れを変えた。

 俺達は自宅の敷地から出なくても良くなったので、複数のクエストの用意を常に側に置いておける。しかも現地への移動時間などが削られた分、うまくいくと一つのクエストを終えるのに半日で終わることもある。

 一日二つ、おつかい程度なら三つのクエストがこなせることにも気がついた。

 冒険を終えた後の夜はいつもの酒場に出向き、腹を満たしながら次の日のクエストを吟味する。

 いつしか俺達は、新しい“毎日”の送り方が身についていたのだ。

 今もまさに本日二つ目のクエストを遂行中。時刻は間も無く日暮れで、クリアは目前。冒険が終わった頃には、メンバーの各々が風呂で汗を流し、そのまま酒場に出かけられるようなタイムスケジュールに乗っている。

 俺とブリオとマーブルは、出現する魔法陣をひたすらに叩き続けた。

「最後ぉっ!」

 シルフィーが珍しく大声を上げた。

 そして出現した、本日最後のターゲット。

 俺はその魔法陣を横一閃で切りつけた。

 魔法陣が消え去りながらも、剣はその勢いの惰性に乗ってしばらく宙を走り、そして地面に突き刺さった。

「終わりか」

「う、うん」

 竜の目の水晶を両手に抱えながら、シルフィーがその場に腰を突いてため息を吐いた。

「オツカレーシルフィー」

「うーん」

 マーブルが彼女に駆け寄って、水晶や杖など、シルフィーの装備を家の中に運び始めて労った。

 俺もすぐに倉庫からトンボを取ってくると、自分達が踏み散らかした庭の土を均す。こうして手入れをしておかないと、地面が凸凹のままになってしまって翌日の冒険に支障をきたしかねないのだ。

「イフト、俺がやっておこう。お前は先に風呂でも入ってこい」

「え? いいよ、まだ日暮れ前だし。それに、俺も相当散らかしているからさ」

 ブリオが何か言いたそうな顔をしながらも、「そうか」とだけ呟いて、自分も倉庫からトンボを出してきた。

 なんだろう、今彼は何を言いかけたのだろうか。

「サキにお風呂入ってもイイー?」

 俺とブリオがまだ庭先に出ているのを確認したマーブルが、シルフィーと一緒に部屋から顔を出しながら訊いてきた。

 俺とブリオが同時に了承の返事を送ると、顔を引っ込めて家の奥へと消えていく。

 実は最近少し気づいたのだが、シルフィーとマーブルがやたらと仲が良く見えるのだ。

 もちろん以前から仲が良かったのだが、ここのところはやけに度合いが増している。

「なあブリオ」

「うん?」

「もしかしてあの二人、一緒に風呂入ってるのか?」

「なんだ、イフト。若い娘の風呂事情なんぞに興味があるのか?」

 このオヤジは。言い方というか、発想の仕方ってものがまるでスケベだ。

「そうじゃなくってさ…………仲良しっていうか、やたらと親密になった感じがするんだよ、あの二人」

「ああ、まあな。風呂を一緒に入り出したのは二、三日前からだぞ」

「…………ブリオの方が若い娘の風呂事情に詳しいじゃないか」

「失敬だな」

 俺達は西日を浴びながらトンボを動かして、庭の土を均し続けた。

「まあ女の子同士、仲が良くなりゃ風呂も一緒に入るもんなのかな。楽しそうじゃん」

 俺がそう言うと、ブリオが再び何か言いたそうな表情で見てきた。

「え、何? 何か言いたそうだな」

「ああ…………いや、別に」

「なんだよ」

「…………俺と一緒に入ってほしいのか?」

「…………勘弁してくださ、い」

 ブリオから飛び出した予想外の一言が、俺の背中に冷たい汗を走らせた。


◆◆◆◆◆◆


 風呂で汗を流した後、いつもの通り村の酒場までやって来た俺は、テーブルに肘を突きながらジョッキに入った酒を飲んでいた。

「飯は何にする?」

「ん? んん、任せるよ」

 そう言うと、ブリオはまずジョッキの中身を一気に飲み干してから、おかわりと同時に肉料理を注文した。

 しかし、彼の注文を横で聞いていた俺は、テーブルから肘を離して彼を見る。

「おい、ブリオ。今いくつ頼んだ?」

「え、多かったか?」

 ブリオの注文した料理は全て肉料理である上に、量が四人前ほどあったように聞こえたのだ。

 何が問題なのかと言うと、今日、酒場に来ているのは俺とブリオの二人だけだからだった。

「食えるだろ? 俺より若いんだし」

 やはり年齢を重ねているだけあって、ブリオの頭の中には、若い冒険者は肉料理だけ食べていれば良い、何かを成し遂げたご褒美は焼いた肉をご馳走するものだ、という発想が根強くある。

 やはりシルフィーやマーブルがいないと、俺の胃袋は休まらないな。

「やっぱりあの二人も呼んでこよう」

「もう手遅れだ。二人は今頃自分達の手作りを食べてるよ」

 そうだ。てっきりいつものように酒場へみんなで来るものだと思っていたのに、あの二人は突然、料理の練習をしたいから自宅で食事を済ませると言い出したのだ。

 昨日までは一緒に酒場へ来ていたのに、いきなりどうしたと言うのだろうか。

 最近どうにもパーティー内に、微細だが変化を感じる。

 何が変わったのかと言われると、具体的に挙げることはできないのだが、それでも何か違和感があるのだ。

 そういったところをブリオは感じ取っているだろうか。

「イフト、まだそれ一杯目だろ? 飲まんのか?」

「え? ああ、ちょっと今日はペース遅いかな」

「おかわり頼んどくぞ」

 おいおい。呆れながらも俺は小さく頷いてから、ジョッキに入っている酒を一気に飲み干した。

 やがて料理がやってきたのだが、案の定テーブルにギリギリ乗るぐらいの量が並べられた。これじゃあさっきみたいに肘を突くスペースが無い。それどころかジョッキが置けない。

「頼みすぎだろ。残したらもったいないぞ」

「残すな、若いんだから」

 俺はフォークを握りながら、手近なところから食べ始める。

 黙々と口を動かしていると、ブリオこそフォークを持った手があまり動いていなかった。

「ブリオも食べてくれないと」

「ん、ああ」

「…………何か言いたそうだな」

 やはり何かあったのだろう。今日の冒険中はずっとそうだった。

 俺から話を振ったのが良かったのか、ブリオは二杯目の酒を間も無く空けようとしながら言った。

「なあ、イフト。こないだのシカゴから受けた話、どうするつもりだ?」

 その話は、是非とも四人揃った場所でしたかったものだ。それこそ今夜あたりどうかと思っていたのだが、生憎と女子二人は食事も自宅で、ということになってしまった。

 まあ、機会はまた伺うとして、ブリオには先に伝えておいても良いか。

「うん、受けようかなと思ってる」

「そうか」

「迷っていたけどね。俺達の戦い方改革が正しいのかと言うと、全部がそうではないはずだし、そんな中途半端なものを世間に広めて、もし失敗するようなパーティーが現れたらって思うと…………正直怖いかな」

「まあ、そうだな」

「だから今すぐじゃない。もう少し俺達のスタイルをブラッシュアップさせていく必要があるんじゃないかって思うんだ。今のままだと世に広められるかどうかも分からないけれど、それはもっと経験を積んでいくことで答えが見えてくるんじゃないかと思う。だから俺は」

「だからお前は…………その気持ちは分かるよ。分かるんだが」

 ブリオが俺の言葉を遮ると、少しずつ料理を口に運んだ。そうしながら、話の主導権はすっかり彼の方へと移ってしまった。

「少々考え過ぎじゃないか?」

「え? どういうことだよ?」

 ブリオの表情には、さっき家の庭で見せた時のような、そしてつい今し方話の前に見せたような、言いたいことをグッと飲み込んだ雰囲気が現れていた。

 しかし、今度はそれを飲み込みきらず、言葉にしてきたのだ。

「シカゴから話を聞かされた後、お前は今みたいに考えているんだ…………俺達のやり方を真似た冒険者達が命を落としては大変だ。だから、俺達が広めるやり方を、その技術力をもっと高いものに仕上げて、失敗しない方法を広めなくちゃいけない、と」

「ああ、その通りだ。でもそれが考えすぎってことか?」

「在宅勤務の精度を高めようとするが故に、よりスムーズな対処、より効率的な動き、より迅速な遂行を追い求めている」

「そうだよ、それの何が悪い!」

「…………それが結果的に、パーティーメンバーの負荷を上げている」

 ブリオの言葉の意味が分からず、俺は体を硬直させて頭の中を静かにさせた。

 彼の言った言葉を繰り返し、その意味を推し量ろうとする。

 だが、どうにも頭が働かない。

「俺が? みんなに要らない負担をかけてるってことか?」

「今のところ“みんな”ではない。だが、シルフィーには結構のし掛かっているぞ」

「シルフィーに?」

「俺達の今の冒険スタイルは、シルフィーの動きがもっとも重要なんだ。あいつのレベルが上がることによって、俺達は引っ張られるように成長していく。最初はそのバランスが取れていたんだ。在宅勤務というものに不慣れであったこともあり、俺達の働きはシルフィーの動きに引っ張られていた…………だが、それも時間と共に慣れてくる。シルフィーの動きに俺達がついていけるようになった」

 これは酔いのせいなのだろうか。さっきまでは働かなかった頭も、ブリオの言葉を聞けば聞くほどに、最初の彼の言葉が示す意味を導きはじめたのだ。

 これは酔いのせいなのだろうか。

 違う。これは、俺が思っていたこと、考えていたことをそのまま言葉にされているからだ。

 そして、話の先に待ち受けている危惧すべきことも、俺は薄々気が付いていたのだろう。

「在宅勤務に慣れて調子が出てきたところで、シカゴからの話があった。それがきっかけで、おそらくお前はプレッシャーを受けているんだ。そのプレッシャーが自分達のレベルアップを急かしている。さっきも言った通りの流れで行くと、俺達のレベルアップはシルフィーのレベルアップに引っ張られる必要があるんだが」

「…………シルフィーのレベルアップを急いだせいで、シルフィーに負担をかけちゃってたのか」

 ブリオは頷くこともせずに、ジョッキの中の酒を飲み干した。

「なあブリオ、今日、二人が食事に来なかった理由を教えてくれないか」

 ブリオが本当に言い出しにくかったことは、おそらくここだ。

「…………二人はお前のことを決して嫌っていないぞ。お前の考えは二人も気付いているし、賛同していた。あの二人もお前と同じように、レベルアップの必要性を強く感じていると言っていた…………ただ、シルフィーが少し休みを欲しがっている」

 厳しい言葉を浴びる中で、彼女は気丈に振る舞いながらもストレスを溜めていたのだ。

 それを晴らすためには、何か変化が必要だということ。

「マーブルはその辺りにいち早く気が付いててな。シルフィーと一緒に風呂入ったり、料理したり、若い女の子同士で出来る応援ってのもあるんだろう、俺はよく分からんが」

 まだまだ大量に残っている料理も、すっかり減らなくなってしまった。

 俺が一番気を付けていたことのはずだったのに。

 パーティーメンバーは友人に近いし、年齢の開きによっては家族のような絆を持つこともある。

 だが、他人である。そして同僚なのだ。

 一つ屋根の下で共に暮らす以上、そこだけははっきりと意識しなくちゃいけない。シルフィーとマーブルをメンバーに加えた時、俺が密かに決めたことだった。

 俺が作ったパーティーだ。俺が運営者で、他の三人との関係性は完全なフェアではない。そう思っている。

 だからこそ、メンバー達との距離感には気を付けてきたはずだ。時には上官として厳しく、時には家族として思いやる。

 長いこと仲良くやってきたせいなのか、それとも俺が人として、リーダーとして未熟なのか。俺自身の至らなさがパーティーをこんなにも揺さぶっていたなんて、全然気が付かなかった。

 非常に自分が恥ずかしく、情けない存在に思えてしまった。

「ブリオは、二人から話を聞かされていたんだな。だから、風呂を一緒に入る理由や料理の理由を知っていたんだ」

 俺達とは世代が違う人間なのだと、きっと俺は、いつからか彼をそんな風に思っていたのだろう。

 何を言っているんだ。俺こそ一番感覚がずれていたんじゃないのだろうか。

「さっきも言ったが、二人はお前のことを悪く思ってるわけじゃない。ただ、気晴らしが欲しいだけなんだ」

「分かった。大丈夫だよ…………今日、俺にこの話をしてくれたのも、二人と相談したのか?」

 そう言うと、ブリオが呆れたような表情で顔を歪めながら言った。

「馬鹿か! 仮に、あの小娘共がイフトを諭してくれだなんてぬかしたら、俺はあの二人を怒るぞ」

 それを聞いて、なんだか可笑しくなった。

 ブリオは女の子二人よりも、俺に対してが一番甘いし、優しいのだ。

 常に俺の味方でいようとしてくれるし、シルフィーやマーブルと違って俺に厳しく説教をできるのも、このオヤジだけなのだから。

「…………明日、シカゴへの回答をみんなに改めて知らせるよ。この話は受けようと思うって」

「そうか。まあ、リーダーはお前だからな。俺は構わんさ」

「その上で、ちょっとミーティングを開こう。全員のレベルアップを図る上での計画も練りたいし、シカゴへの決断に対する率直な意見も欲しい」

「俺はお前に委ねると言ってるだろう。それに、あの二人もイフトに任せると、すでに伝えてるはずだが?」

「でも、まあね…………俺って、あれこれ決断するのは正直苦手なんだよね」

「リーダーだろ、しっかりしろよ」

 ブリオが少し笑った。

 家族のように、でも家族じゃない俺達だ。そんなパーティーの責任は、俺に全てある。

 だから、全ての責任を背負うつもりで、いろいろなことを自分で判断してきたけれど、時には弱いリーダーを見せることも必要なのだろうか。

 真に良いリーダーとは何か。それを探すきっかけになった戦い方改革ってのは、全くもって不思議なものだと思う。

 こういう葛藤も、シカゴにそのまま聴かせたら面白いだろうな。

「さあ、とりあえず食え。もったいない」

「え、うーん…………」

 その時だった。

 店の入り口が勢いよく開き、シルフィーとマーブルが倒れ込むように飛び込んできた。

「オナカすいたー!」

「料理無理ー! 先生みたいにできないー!」

 二人は俺とブリオの座る席を見つけると、素早く着席して料理を食べ始めた。

 突然のことに俺もブリオも開いた口が塞がらないでいると、シルフィーが卓上の料理の残り具合を見て、俺に訊いてきた。

「こんなに料理注文しておいて…………イフト、あんまり食べてないんじゃないの?」

「ああ、ちょっとブリオと話し込んじゃって」

「もったいなーい。ちゃんと食べないと、明日の冒険もたないよ」

「…………うん」

 彼女のたった一言で、この席にある料理が全て食べられるんじゃないかと思うほど、食欲が湧いてきた。


<続>

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