第14話 パイオニア

 鉱山でのクエストを終えてから二日過ぎた日の朝、俺達は荷物をまとめてサリナ先生の家の玄関をくぐった。

 初日は新しい技術の習得。二日目は覚えたての魔法を使っての実践。それに加えてボス戦も経験できた。修行合宿のような意味合いで挑んだ今回の遠征は、結果は上々。新しい発見もあって有意義なものになったのではないだろうか。

 ちなみにボス戦の翌日は、再び遠隔冒険にて鉱山内の残留モンスターを排除して回り、結果は見事にクエストクリア。そのままサリナ先生の手料理で楽しい夕食を味わった。

 随分とサリナ先生に甘えてしまったが、そのお礼を充分に伝えてから、俺達はようやくフローア村に帰ろうとしていた。

「ナンカもう帰るのツマンナーイ」

「つまんなーい。もっと先生と冒険したーい」

 子供みたいにワガママを言うシルフィーとマーブルは、サリナ先生の腕にしがみつきながらグズグズと身を捩っている。二人に挟まれたサリナ先生もまた、機嫌の良さそうな笑みを浮かべて二人の頭を撫でていた。

 まるで子供だなと、呆れながらその様子を見ていた俺だが、サリナ先生をパーティーに加えての冒険は悪くなかった。戦い方改革における新しい可能性を拡げてくれることは間違い無いだろう。

 本音を言えば二人が駄々をこねる通り、俺ももう少しここに留まって、在宅勤務を進めてみてもいいとは思うのだが。

「おい、イフト」

「んー?」

「そのー、なんだ、俺は他の魔術も使えるようになったら便利かなと思うんだが、ん?」

「ブリオ…………昨日は結局、覚えた魔術だって一度も使ってないだろ」

 その、なんと言うか。ブリオ、お前もなのか。

「イフトさん、私は構わないので、もう少しここで冒険を続けたらいいのに」

「いやぁ、それもいいなと思ってはいるんですが、留守中の家を知人に任せてきてしまっているのもあるので、一旦戻ります」

 知人とは酒場の主人だ。予定通りに帰らないと、彼に不要な迷惑をかけることになる。

 それに、ファレンシアは距離的にも比較的近所の場所だ。こうした遠征を定期的に企画することもできる。

 そうだ、何も今回だけの経験では無いのだから。また来ればいい。

「皆さんの戦い方改革、少しだけですけれど、ご一緒できて楽しかったわ。ぜひまた仲間に加えて欲しいものね」

「ええ、もちろん。いつでもどうぞ」

 俺は荷物を詰めた革袋を肩にかけ、不満そうな表情を浮かべている三人を追い立てるようにしながら歩き出した。

 シルフィーとマーブルは少し進むごとに後ろを振り返って手を振り、ブリオも名残惜しそうにチラチラと視線を後方へと送る。

「おい、先生に謝礼は渡したか?」

「ああ、もちろん。要らないと言われたけど、無理やり受け取ってもらった」

 すると、今度はシルフィーが会話に口を挟んできた。

「なんか気前よく払ってたけど、帰りの運賃はちゃんとある?」

「そいつを受け取りに行くよ。ギルドからクリア報酬をまだ受け取ってないんだ」

 そして俺達は、ファレンシア中央広場の一角にある冒険者ギルドに向かって歩を進めた。

 時刻的には、通り沿いの店が営業を開始しようと準備をしている頃。広場に着けば、ギルドも戸を開いて冒険者達を迎え入れ、賑やかになっている頃だろう。混雑の中では、報酬受け取りまで少し時間がかかるかもしれないな。

 道中、シルフィーがフォスター達の具合を気にするような発言をした。最初こそ憎い奴らだったかもしれないが、やはり彼らの様子が心配のようだ。

 だが、それに関しては特に心配もいらないと思っている。さすがに負傷したメンバーの回復はまだ時間がかかるだろうが、冒険復帰はそれほど遠い話でもなさそうだ。

 そして何より、彼らは若さ故の勢いと無鉄砲さがあるものの、根は決して悪い連中ではなかった。あれくらいのことで折れるようなことは無いだろう。

 しきりに「大丈夫かなぁ?」と言うシルフィーへ向けて、俺は明るい調子で返事をしていた。

 そんな時だった。

「イフトパーティーの皆さんですか?」

 後方から声をかけられて、俺達は一斉に振り返った。

 そこにあったのは、見知った青年の姿だった。

「あの、ちょっとお話ししても良いでしょうか?」

 にこやかに微笑む黒髪の青年。歳はマーブルと同じくらいにも見える優男で、珍しい服装をしていた。

 紺色のジャケットの下には純白の前留めシャツ。首元を結んでいる縦の帯はなんだろうか。上着と同じ生地で作られたロングパンツにも真っ直ぐに折り目が入っていて、パーティー用の正装に通じるフォーマルな雰囲気が感じられた服装だった。

 振り返って彼の顔を見たシルフィーが、先ほどから目を大きく見開いて、両手で口元を押さえている。どうやら言葉を失っているようだ。

 そう、彼のことならシルフィーが一番知っているだろう。なんと言っても彼は、シルフィーが憧れる人なのだから。

「私、シカゴ・コンテスタと言います」

「知ってるよ。戦い方改革のセミナーをしていたシカゴさん」

「あ、そうです! イフトさん、確か以前に講演会来てくれましたよね?」

 覚えていたのか。彼の言う通り、俺が戦い方改革セミナーに参加した時、質疑応答のやりとりで少しだけ言葉を交わしたことがある。

 だが、まさかこうして面と向かって話をする機会があるとは思わなかった。

 顔にこそ出さないが驚いている。それに、シルフィーは耳まで真っ赤にした恍惚の表情を浮かべ、ブリオとマーブルは口を開けて事態の顛末を見守るように立っていた。

「えっと、何か御用ですか? 今日もセミナーを?」

「いえいえ、今日はそういった予定はありません…………ただ、昨日ブラックウィドーの方々にあなた達の話を聞きまして」

「ブラックウィドー?」

 なんだったか。聞いたことあるような無いような言葉に、俺は首を少し傾げた。

 すると、俺の表情を見て心境を察したシルフィーが、鼻息も荒く話に割って入ってきた。

「ほら! 一昨日助けた冒険者パーティーの! フォスター達のだよ! ね、シカゴさん!?」

「そうです!」

 シカゴとの短い会話が出来ただけでもよほど幸せなのだろう。シルフィーの顔が完全に緩んでいる。

 俺達の冒険者人生を変えた識者も、若い女子からアイドル扱いされてはマスコットみたいなものじゃないか。シルフィーのデレデレした姿に半ば呆れながら、俺はジェスチャーを交えて言った。

「話ならギルドで聞かせてもらえたらと思うんだけど、どうかな?」

「ぜひ、よろしくお願いいたします!」


◆◆◆◆◆◆


 ギルドの二階には、ブリーフィングなどに利用することができる貸し会議室がいくつかある。

 昔、パーティーメンバーがまだブリオしかいなかった時には、他の少人数冒険者と即席のパーティーを組むことも多かった。冒険先や各自の役割を決めるためなど、そういった時に何度かここの会議室を利用したことがある。

 少し懐かしい気持ちを抱きながら、俺は部屋の中にあるイージーチェアへ体を沈めた。

 ここの会議室を利用する際は、部屋の外にあるパントリーが自由に使える。気を利かせたシルフィーが、全員分の紅茶を用意してくれたのはありがたい。

 いや、気を利かせたと見せかけた彼女の狙い、と言うか心情はなんとなく分かった。

「シカゴさん、お茶どうぞ!」

「ありがとう…………君って、よく僕のセミナーに参加してくれているよね?」

「ええっ! 覚えててくれたんですか!?」

 わざとらしい。毎回、最前列に齧り付いているくせに。

「いつも真剣に聞いてくれているからね。でも、実際に戦い方改革を実践してくれている人ってなかなかいないんだ。だから君がこのパーティーで実践してくれているのはすごく嬉しいよ」

 普段のシルフィーとは違う、“女”を全開にしていくシルフィーの様子には、ブリオばかりかマーブルも目を点にしている。俺も開いた口がなかなか塞がらない。

 彼女にとってシカゴ・コンテスタは憧れの人。そのきっかけとなったものは何だったのだろうか。思想か、容姿か、はたまた両方かどちらでも無いのか。

 一つだけ言えるのは、シカゴが俺達に話したいことがあると言っていたことが、次第に忘れ去られているということだ。

 二人の話の切り方には注意を払わないと、シルフィーの反感を買いそうだな。

 シカゴと言葉を交わすたびに興奮していくシルフィーの隙を窺い、会話が一瞬だけ切れたところで俺が口を挟んだ。

「さっき言っていた、戦い方改革の実践者が少ないってのは本当か?」

 まずは二人の会話に混ざることから。徐々に主導権を握る作戦だ。

「あ、はい! そうなんです」

「意外だな。うちのシルフィーをはじめ、あなたのセミナーに感銘を受けている冒険者は結構いるんだと、こないだのセミナーのときに感じていたんだけど」

 シカゴは笑いながら首を小さく横に振って、「実はそんなに簡単ではなくて」と言葉を発してから、一口紅茶を啜った。

 シルフィーは、自分の入れた紅茶がシカゴに飲んでもらえたというだけで、身体をのけ反らせた。そして倒れゆく体は、待機していたマーブルがすかさず支える。

 そんな彼女らのチームプレイをよそに、シカゴは続けた。

「戦い方改革を実践するには、実はいくつもの壁があるみたいなんです」

「壁って言うと…………例えば方法が分からないとか?」

「それもあるでしょうが…………一番多いのが、パーティー内で理解を得られないことですね。世の冒険者の皆さんは、そのほとんどの方が今までの冒険スタイルを捨てきれないと言いますか…………捨てなくてもいいんです、少しでも変えてみようという気持ちがあればいいんですが」

「要するに、やり慣れたスタイルからの変化を拒むんだろう」

「その通りです」

 俺がチラリとブリオを見ると、彼は眉間に皺を寄せながら俺を睨み返し、「ちゃんとやってやってるだろ」とこぼした。

 シカゴの言う壁は、俺達がつい最近乗り越えたばかりのものだ。遠隔冒険に必要なスキルだとか、魔法や道具の話をする前に、誰もがぶつかる壁は身内の説得。

 確かにその通りだろう。熟練の冒険者が得体の知れない冒険スタイルを受け入れ難いのも、至極納得のいく話だ。かと言ってフォスター達のような若者ばかりの集団では、経験値が足りず、機転を効かせることも難しいまま危険な手探りが続いてしまう。

 これは冒険者の話に限らず、全てに通じる話だと思った。

 今までのやり方というものは、積み重ね、繰り返すことで磨かれて、高まって安定感を増していくものだ。そうして手に入れたものを一旦置いておき、新しいことを始めると言うのは、実はとても勇気がいる。

 冒険者は特にその傾向が顕著に現れる職業かも知れない。わずかなミスが取り返しのつかない事態に繋がりかねない時ほど、過去の経験値がものを言うのだ。先人の残した知恵と記録が脈々と受け継がれてきたわけで、古いスタイルは決して間違っていないのだから。

 この、過去のスタイルが間違っていない、と言うのがまたネックになる。

 シルフィーが在宅勤務を始めた時、俺達は不思議に思いながらもそのやり方をとりあえず受け入れた。

 今改めて考えてみれば、よく了承したものだと思う。

「だから、あなた達が実践してくれているという事実だけでも凄いことなんです。イフトさん、ご自分の仲間達を見てください。あなたを含めて、これほど職業が明確に分かれていて、年齢がバラバラな冒険者が手探りで新しい冒険スタイルを実践している。これってなかなか出来ないことなんですよ」

 確かにそうかも知れないな。俺達は、数多の冒険者パーティーの中でも非常に稀有な存在なのだろう。

「イフトさん」

 シカゴの身がぐいと前に出てきて、表情に何か強い石が現れたのを感じた。

 どうやら意外に早く、シカゴの本題を引き出したみたいだ。

「イフトさん達の戦い方改革を、世界に広めませんか?」

「…………は!?」

 そう言うシカゴの目に映るものは、何だったのか。俺達が戦い方改革を広めた世界が映っていたとでも言うのだろうか。


◆◆◆◆◆◆


「じゃあ、良いお返事を待っていますね!」

 そう言ってシカゴはギルドから出て行った。

 シカゴにいつまでも手を振るシルフィー以外、俺を含めた三人は茫然と立ち尽くしていた。

 先ほどの会議室でシカゴに投げかけられた“とある取引”。これの処遇をどうするべきか。

 利用時間制限さえなければ、もう少し会議室を使わせてもらいたかった。これはパーティー全員で再検討が必要な議題だ。

「おい、イフト」

「分かってるよ」

「なんか知らんが、話がでかくなってないか」

「分かってるって」

 お昼前のギルドは、早朝の混雑も落ち着いて多少は静かになってきている。

「とりあえず、クエストの報酬を受け取ってくるから待っててくれ」

 そう言うと、俺は三人に背を向けてギルドカウンターまで歩いていった。

 それにしてもシカゴの持ちかけた話はなかなか突飛なものだった。こうなったのも元を辿れば、フォスターが必要以上に鉱山での出来事を周囲に言いふらしているせいだ。間違いない。

 彼なりに俺達を慕ってくれているからこその行動だろう。素直に感謝してやりたいものだが、どうにも別の感情がふつふつと湧き上がってくる。

 そう思いながらもギルドの中に戻ってきた俺は、窓口カウンターを見回してみた。人が少なくなっているだけあって、カウンターも空いている窓口の方が多い。

 そんな中で、一人の受付嬢が身体を大げさに揺らして手招きをしていた。その様子にすぐ気がついた俺は、真っ直ぐにその受付嬢のところまで進んでいく。

「イフトさん、おはようございます!」

「おはよう、ルーナ。報酬を受け取りに」

「聞きましたよっ!」

「え?」

「時代の最先端を行く在宅勤務でクエストを華麗にこなした挙句、ブラックウィドーまでも救ってしまうだなんて…………ああ、イフトさん達の真価にいち早く気が付いていた私としては、非常に鼻高々です!」

「あのさ、その話って」

「フォスターさんから聞きました!」

 あいつ、一体どれほど言いふらして回っているんだ。

 シカゴに続きルーナまでも。なるほど、このうんざりするような感情は怒りに変えてもいいんだ。その際の矛先は、もちろん奴だな。

「ところで、先ほどまでは何の話をしていたんですか?」

「…………気付いてたのか」

「当然ですよ。シカゴさんと二階に上がっていくのも見てましたから」

 まさか部屋の中の会話までも筒抜けではあるまいな。多少の疑念を抱きつつも、俺はルーナの言葉を無視して報酬受け取りの手続き書に視線を落としてペンを走らせた。

「えー、教えてくれないんですかー?」

「取引を持ちかけられただけだ。まだ受けるかも決めてないからな」

「なんだろう? 戦い方改革のモデルプレイヤーになってくれ、とか?」

 俺の手がピタリと止まった。

「え、マジ?」

「…………ま、まだ返事はしていない」

 そう、返事はしていない。

 していないのだが。

 在宅勤務、遠隔冒険の様子と成果をシカゴと共有。そしてその成果などは、王国発信の情報として広く報道される。

 見返りとしてはクエストクリア報酬とは別の、モデル料。

 家にいながらにして、冒険者の務めが果たせて、尚且つそれ以外の収入が入るのは確かに魅力的だ。

 だが、俺達もまだまだ発展時途上の在宅勤務。これを世間に公表するというプレッシャーは意外に大きい。

 気負うことはない。自分達の新しい挑戦を、ただ人に話して聞かせるだけだ。そう自分に言い聞かせてみたが、簡単に踏み出せない理由がある。

 俺達の進む道が正解なのかどうか、それは誰にも分からないということだ。

 人に知れ渡るように情報を流すのならば、正確なもの、正解のものを送りたい。シカゴのセミナーで感じた通り、若い冒険者達の安心安全に繋がってほしい。

 そんな大事な想いに対する回答が、正解のあやふやなもので良いのか。

 フロッグラグーンに飲み込まれた冒険者、絶望に打ちひしがれたフォスターの表情が脳裏に蘇り、決心を余計に惑わせる。

 ダメだ、今考えても答えは出ない。

 止めてしまった手を再び動かし、クエストのクリア報酬を受け取ると、俺は足早にギルドを出て行った。


<続>

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