記録30 バカばっかり

髪を綺麗に直してもらったので、クローチェとアルジェントはガゼボへ。

もう既にお茶の準備万端でフィクが待っていた。


「姫様…その髪、どうしたのです?」

フィクはクローチェの髪型が違うことに気づく。

「あ、コレ?髪が乱れちゃったからアルジェお兄様に直してもらったの!」

クローチェがそう言えば、フィクは慌てアルジェントにお礼を述べた。

アルジェントは「鳥の巣みたいな頭で辺りを歩かせるわけにはいかないからな」と言うと、クローチェは「そんなにボサボサじゃなかったってば!!」とアルジェントの背中をポカポカ叩いた。



2人の言い争いもほどほどに…綺麗に咲いた黒薔薇を眺めながら、お茶を楽しむ。

紅茶を飲んでホッと一息。

そこでクローチェは会話を切り出した。


「あのね、アルジェお兄様。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「…なんだ?」

「キラキラ~華やかで、エレガント!優美で荘厳!!みたいな曲って作れたりする?」

クローチェのその説明にアルジェントは呆れた顔をした。

「何なんだ…その知能の低さ丸出しのアバウトな説明は…」

アルジェントの言葉にムッときたクローチェ。机の下で足の蹴り合いが始まろうとしていた…が、フィクに止められた。


「それで…俺がやらないって言ったらどうするつもりなんだ?」

「自分で何とかするつもり!宮廷音楽家の皆と協力してね」

「ピアノをまともに弾けないクローチェが?宮廷音楽家達の足を引っ張るだけだな」

アルジェントの言う通り。歌うのはクローチェも好きだしそれなりだが、楽器はまるで駄目であった。すっかり苦手になってしまい上達の見込みは無しと言っても過言ではない。

「うぅ~…わかってるよ。足を引っ張るだけなのは…。でも、中途半端なモノは作りたくないし、今、図書館で色んな資料を借りて勉強中なんだから!」

クローチェはやる気で満ち溢れていた。


「魔族達の新しい娯楽開拓として映画を作るとか言っていたな」

アルジェントがそう言えば、クローチェは「くだらないとか思ってるわけ~?」と聞く。

しかしアルジェントは首を横に振った。

「いや、面白い試みだと思う」

「お…面白いと思う!?じゃ、じゃあ曲の件も引き受けてくれる!?」

クローチェが身を乗り出してそう聞く。

「…暇があったら考えてやる」

クローチェはその返答を聞いた瞬間、舌打ちした。

「チッ…アルジェお兄様に期待した私がバカだった」

「クローチェは元々バカだろう」

アルジェントがしれっとそう言うので、クローチェが紅茶をぶちまけようとしたが、フィクに止められた。




「あらまぁ~。フィクってば大変そうね」

「ホントだよね~!あのバカ2人の相手して大変そー」

「コ、ココさんっ…!姫様と、ア、アルジェント様のことをバカだなんて…!ふ、不敬ですよ…!!」

ガゼボの周りの黒薔薇やら植え込みの陰に隠れて、クローチェとアルジェントのやり取りを見ている3人。

リナリア、ココ、ルナーリアである。


ちなみに、ココの周りに浮遊しているボールサイズの目玉に触れている間は、ココと同じく相手の心が読めるようになるのである。

リナリアはココの目玉ボールに触れて、アルジェントを見てはニヤニヤと笑っていた。


「しかし…笑えるわね。呼吸するように心の中で思っていることと真逆のことをペラペラ言うんだもの」

「ねー!さすが、アルジェント様!『俺はクローチェより器用だ』って常に言ってる通り!器用だわ~さすがだわ~!嘘をつくのめっちゃ上手!」

リナリアとココがクスクス笑う後ろで、ルナーリアはオロオロしている。

「か、帰りましょうよ~…!ジロジロ見るのは、そ、そもそも心を覗くなんて不敬ですよ…!や、やめましょう?もうここまでにしましょう?」

しかし、リナリアとココは「わかってるー」と棒読みで言うばかりである。

アルジェントの心を読むのがすっかり楽しくなっていた。


「それにしても…何なの?あの2人。イチャイチャしてるカップルにしか見えないんだけど。姫様ってば、『アルジェお兄様なんて、クッキーを喉につまらせてくたばれ!苦しめ!』とか言ってアルジェント様に手からクッキー食べさせてあげてるわよ?アルジェント様の心の声も嬉しそうだし。口では『何するんだ、アホか?バカか?いや、クローチェはアホでバカだった』とか言ってるけど」

リナリアがそう言えば、ココはククク…と笑う。

「姫様、何だかんだでアルジェント様のこと、本当に嫌いじゃないもんねー。アルジェント様が意地悪なことを言うからつい反撃しちゃうだけで、信頼してるんだよねー」

ルナーリアもそれには同意する。

「そ、そうですね…。アルジェント様があんな風に姫様を意地悪するようになる前…幼い頃は、仲良しでしたものね…」

「そうそう。だからアルジェント様も、姫様のことを絶対に『アイツ』とか言わないで名前呼びしているし、姫様も普段は『アイツ』だの何だの言ってるけど、会ったら結局、姫様もアルジェント様のこと『アルジェお兄様』って呼んでるものね」

リナリアは頷きながらそう言った。



「そうなのよねぇ。2人とも実は仲良しなのよね」


突如、ココ達3人の頭上から声が!


「魔王代理様…!」

リナリアがそう言い、ルナーリアがヒッと短く叫び、ココはペコリと頭を下げた。


「ね~ね~、魔王代理様。何でアルジェント様を姫様の正式な婚約者にしないの?アルジェント様は姫様が大好きだし、強いし賢いし、婚約者に最適じゃん。姫様も、心を覗く限りアルジェント様に対して恋愛感情こそないみたいだけど、信頼はしてるし」

ココがサラリと魔王代理にそんなことを聞く。

「コ、コ、ココさん…!?ま、魔王代理様に失礼ですよ…!?ご、ごめんなさい魔王代理様!それに、アルジェント様と姫様の様子をこっそり見てしまって!!も、申し訳ありません!!」

小心者なルナーリアは全力で魔王代理に謝る。

魔王代理は「うふふ、そんな謝らなくても大丈夫よ」と言って、ルナーリアの顔を上げさせた。


そして魔王代理は理由を話し出した。

「何でアルジェントをクローチェの正式な婚約者にしないのか…それはね、ほら、アルジェントにはもっと素直になってほしいのよ」

「素直に?」

リナリアが首を傾げる。

「そう。好きならクローチェに直接言ってほしいのよ。もうっ!いつまで心の中に留めておくのかしら?クローチェは超がつくほど鈍感よ?好きなら好きってちゃんと言わなきゃ。ねぇ?」

魔王代理がそう言えば、ココ達は確かにと頷いた。クローチェは確かに鈍感だ。それも恋愛に関しては特に。

「それにね、アルジェントはクローチェより強いけど、私や彼…魔王様に勝てたことがないわ。大事な娘を任せるにはまだまだね。やっぱり私達より強くなくてはいけないわ」

「そういえばそうだったね。じゃあ、魔王様が封印から目覚めないと婚約の話は進まないってことか」

ココがそう言えば魔王代理は頷いた。



「さぁ、理由もわかったでしょう?そろそろ帰りましょう。アルジェントとクローチェの邪魔をしたら悪いわ。特にアルジェントはクローチェに会うのを楽しみにしていたんだから」

魔王代理はそう言ってココ達の背中を押して、クローチェ達がいるガゼボを後にした。


3人を見送り、魔王代理が何気なく窓を見れば、クローチェとアルジェントが時々ちょっかいをだしつつも楽しそうにしている様子が見えた。


ふと、先ほどココ達に話していたことを思い出す。


「一番の理由は…まだ、クローチェを手放したくないだけなのかもしれないわ」


特に、魔王…夫を封印されてしまってからそう思うことが増えた。

まだ、クローチェと一緒にいたいと。



「ごめんなさいね、アルジェント。そして、勇者リザシオン、吟遊詩人フォルティ…まだ娘は渡せないわ」


まだ、渡せない。だから、勇者と吟遊詩人のことは全力で叩き潰すし、アルジェントが実はクローチェのことが好きだと言うことを律儀にクローチェに伝える気もない。


「頑張って私を乗り越えなさい」


魔王代理はふふ、と静かに笑った。

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