記録29 こじらせてる

カンッと甲高い音が響く。

剣が弾かれた音である。


「クローチェの負けだな」


アルジェントがクローチェを見下ろしてそう言った。

クローチェの首筋にはピタリと刃が付いている。

クローチェとアルジェントは新生魔王城を巡りつつ、途中で試合をしていた。


「うぅぅ~!良いところまで言ったのにー!」

クローチェはそう言って、林檎色の瞳をウルウルさせながらアルジェントを見上げる。

「アルジェお兄様、もう一回!もう一回勝負!!」

「そう言って、三回も試合をしたじゃないか。いい加減諦めろ、往生際が悪いぞ。泣いたって無駄だからな」

アルジェントにそう言われて、クローチェは「うぅ~…」と唸りながら、それ以上何も言わなかった。


そして、そんな2人の様子を影から見る者がいた。

「ふふふ…『仕方がない。明日も試合してやろう…負けると勝つまで何度も食らいつくから、それが可愛くて、ついつい本気…いや、それ以上の力でクローチェをコテンパにしてしまう…それに、クローチェが瞳をウルウルさせて俺を見上げる姿…クッ、小動物みたいで可愛い…』あ~笑える。いつも通りこじらせていて笑える~」

そう言ってクスクス笑うのは、腰まである孔雀色の髪を持ち、黒曜石のような瞳を持つ少女。少女の身に纏う服には孔雀の羽が沢山あしらわれており、回りにはサッカーボールぐらいの眼球の様な球体がふわふわと幾つか浮いている。

そして、少女の名前は…


「ココ様?そこで何をしているのです」

ココと呼ばれた少女が振り返ると、すっかりメイド服に着替えたフィクがそこにいた。


少女の名前は、ココ・ロ・ミエールン

相手の心が読める魔族である。


「やっほ~、フィク。もう着替えたの?ドレス姿、良かったのに。……あぁ、なるほど。恥ずかしかったってわけねー」

「しれっと私の心を読まないで下さい…」

「え~だって私、心が読めちゃう魔族だもーん。勝手に読めちゃうもん。これってどうしようもないじゃん?」

つまり諦めろ、と言っている。

「そうでした。貴方はそう言う方でした…。それで…ココ様はこんなところでコソコソ何をしているのです?」

「アルジェント様の心を読んでるのー」

フィクは眉をひそめる。

「なんと不敬な…」

フィクがそう言うが、ココはニッと笑う。

「めっちゃ面白いよ、アルジェント様の心。フィクも知ってるでしょ?アルジェント様がめっちゃこじらせてること」


アルジェントはこじらせてる。これは、ほとんどの魔族が知っていることだった。


何をこじらせてるかと言うと…


「知ってますよ。アルジェント様は、姫様の事が好きなのに、全く素直になれず、意地悪なことをポンポンと言ってしまっていること…」

フィクがチラリと遠くに見えるアルジェントとクローチェを見ながらそう言った。



「はぁ…何か疲れたちゃった。あっちにガゼボがあるから、お茶にしない?ちょうど黒薔薇が綺麗に咲いてるんだよ。フィクー!フィク~~!」

試合の時に使った剣類を片付けたクローチェが、キョロキョロしながらフィクを呼び探す。

フィクは急いでクローチェの元へ駆け寄る。

「お待たせしましたっ…!お茶の準備ですね、かしこまりました。姫様達は先にガゼボでお待ちください」

そう言ってパタパタとフィクは去っていく。

クローチェはフィクに言われた通り、ガゼボに向かおうとした。

しかし、ガシッと肩を掴まれる。

「待て、クローチェ。まさか、そのままガゼボに直行する気か?」

クローチェを引き留めるのはアルジェントだ。

「そのまさかだけど…?あ、お茶飲みたくないなら、部屋に戻ってもらってもいいけど。アルジェお兄様が来ないなら、その方がゆっくりお茶できそうだし~…イタッ!?痛い!耳、引っ張らないで!!」

アルジェントはギュッとクローチェの耳を引っ張る。

「俺も疲れてるから、お茶は頂くぞ。それと…俺が言いたいのは、その頭のことだ!その乱れた髪のまま歩き回るのか?魔王の娘だと言うことを自覚しろ」

アルジェントにそう言われてクローチェは自身の頭…髪に触れる。

試合の際、動き回ったのでキッチリ纏めたはずの髪もあちこちほつれて乱れていた。


姫たるもの、このままにはしておけない。

しておけないのだが…


(困った…私、直せない…!いつもフィクに頼んでるから…!フィクを呼びたいけど、今、お茶の準備をしているだろうし…)

クローチェはぐぬぬ、と唸る。

このつよいくせ毛の髪をうまく纏めれるのは、フィク、リナリア、魔王代理だけだ。


そんな困った様子のクローチェを見て、アルジェントはため息をつく。


「仕方がない…俺が直してやろう」

「…え?アルジェお兄様…直してくれるの?てか、直せるの!?私がすごいくせ毛なの知ってるよね?見たことあるよね?直せるの!?」

「クローチェの寝起きの頭がすごいことは知ってる。俺はクローチェと違って手先がかなり器用なんでな、このぐらい朝飯前だ。ほら、あそこのベンチに座れ」

クローチェは近くのベンチにちょこんと座る。

アルジェントは慣れた手つきでクローチェの髪をいったんほどいて梳かしてから、髪を纏める。

髪が膨らみやすい所は編み込み、三つ編みをしてスッキリさせる。

さらに前髪まで三つ編みをして纏めてくれるではないか!

三つ編みの束を纏めてシニヨンの完成。

おまけでアルジェントがマーガレットを飾ってくれる。

鏡で自分の姿…スッキリ綺麗に纏められた髪を見たクローチェは瞳をキラキラさせた。


「か…か、可愛い!!すごーい!アルジェお兄様、器用すぎる!!」

嬉しさのあまり、その場でくるくる回って、ぴょんぴょん飛ぶクローチェ。

そんなクローチェを見てアルジェントは一言。

「馬子にも衣装だな」


クローチェはアルジェントのみぞおちを一発殴ってやろうとしたが、難なく止められてしまった。


そんな2人の様子を見て笑う人物がいた。

ココだ。


「クッ…ククク…うふ。ヤバイ、笑いが止まらな~い…!うふふふ…!!思ってることと口にすることが見事に真逆でヤバイ…あ~笑えるぅ。心の中では『クローチェがくせ毛で悩んでいるから、アレコレくせ毛の人におすすめの髪型を研究して、ついにその研究成果を見せる時が来たか…!』って姫様のこと好きすぎでしょ~!」

机があったらバンバン叩きたいところだか、机がないので、まわりに浮遊している眼球風の球体をバンバン叩くココ。

「ふふ、それに何が『馬子にも衣装だな』よ。心の中では『より一層、クローチェが可愛くなったな。それに、このクローチェの喜びよう…チョロいな。まぁ、こう言う所が可愛いんだがな』って…チョロいのはどっちだよ~」

笑いすぎて出てきた涙を拭うココ。


アルジェントはしばらく魔王城に滞在する。


「しばらく楽しませてもらうからね~アルジェント様」

ココは楽しそうに笑った。

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