記録28 アイツがやってくる

ガシャーン!


タイル張りの床に落ちたフォークが大きな音をたてる。


今は、魔王代理とクローチェは晩餐中だ。つまり、魔王代理が言っていた『大事な話』の最中でもある。


「お母様…私、そんな話を聞いていません…!」

右手の拳を小刻みに震わしてそう言うのはクローチェだ。

「それはそうよ~だってついさっき決まったことだもの。今、初めて貴方に伝えたもの」

クローチェの母である魔王代理はおっとりとそう言う。

「ですが…ですが!急すぎます!!私、嫌ですから!」

バンッとクローチェが机を叩けば、魔王代理の側に置いてあったグラスからワインが飛び散る。食器の下に引いてあるテーブルクロスは黒色なので、ワインが飛び散っても赤色はわからない。しかし、そのままには出来ないから洗濯をすることになるだろうな、と魔王代理は思った。

「落ち着きなさい、クローチェ。急なのはちょっとわかるけど…そんなに嫌がらなくってもいいじゃない?」

魔王代理はそう言うが、クローチェは険しい顔のままだ。

一体、2人は何の話をしているのか?

それは…


「嫌です!なんでアイツが泊まりにくるんですか!?ワケわかんない!日帰りでいーじゃん!?」

「クローチェ、アイツだなんて失礼でしょ?それと、口調。みっともないわよ~?」

クローチェはギリギリッと歯をくいしばる。


「アイツ…アルジェお兄様なんて、アイツで充分ですよ!いつもいつも…一言余計、いや、アイツが口を開けば私の事を馬鹿にする言葉しか吐かない…!」


魔王代理はちょっと呆れた顔をしてワインを飲んだ。


クローチェが言っていた『アルジェお兄様』正式名はアルジェント。御年二十歳。この人物こそ、魔王の弟の息子…クローチェにとって従兄弟であり、一時期クローチェの婚約者候補として名前が上がっていた人物である。



クローチェは嫌がるが、魔王代理は甥のアルジェントの事はそれなりに気に入っている。なので、アルジェントがこの魔王城に泊まりに来る予定は決行である。



そしてクローチェの抵抗は空しく、最悪の始まり…アルジェントが魔王城に泊まりにくる当日になってしまった。



魔王城の応接間に魔王代理とアルジェントがいる。

「久しぶりね、アルジェント。一年ぐらい会ってないかしら?」

「一年と3ヶ月ぶりに会います。それにしても…魔王城の大規模工事をしたと聞きましたが、ここまで大きく変わっているとは思いもしませんでした」

魔王の弟夫妻とアルジェントは、魔族の国の魔王城からさらに北に位置する地に住んでいる。

「ふふ、驚いたでしょう?ここまで大々的に変わったから、一度この魔王城に招待したいと思っていたけれど…まさか、遊びに来たら?って声をかけたらこんなに早く来ることになるなんてね。それも、迷惑でなければ泊まりたいって言われるなんて…」

魔王代理がそう言えば、アルジェントは少し口ごもる。

「久々に叔母上に会いたいのもありましたし…それに、まぁ…何と言いますか…」

ゴニョゴニョと口を濁すアルジェントだが、魔王代理は、アルジェントが何を言いたいのかわかっていた。


ふと、魔王代理は応接間の扉に視線を向ける。

「久々だから緊張しているのかしら?」

唐突に魔王代理がそう言うが、アルジェントに対して言っているわけではないのはわかる。

何故なら、視線がずっと応接間の扉に向けられているからだ。


「あの、叔母上…?」

扉の向こうに誰がいるのか…アルジェントが質問しようとすると、魔王代理が「入ってこればいいじゃない」と声をかける。


ギィ…と扉が開かれ、ちょこっと顔を覗かせるのはクローチェである。

どうやら、映画制作に向けて演劇の練習をしていたらしい。いつもはふわっとお下げの三つ編みも、一つ三つ編みにし、スッキリ纏めている。王子役なので、見に纏う衣装もゴスロリドレスではなく、パンツスタイルのようだ。


そしてクローチェは、アルジェントの顔を見るなり「チッ」と舌打ちをする。


「なーんだ、本当に来たんだ…。腹下して来れなくなれば良かったのにぃ~」

嫌みったらしくクローチェがそう言えば、アルジェントも険しい顔をする。

そして、椅子から立ち上がりツカツカと扉から顔を覗かせるクローチェに近づく。


バンッ!


勢いよくアルジェントが扉を開けば、クローチェの全身がよく見える。

クローチェは偉そうに腕を組んで仁王立ちしている。

そんな身長150センチのクローチェを見下ろすのは、身長180センチのアルジェント。

クローチェの三つ編みにされた黒髪とアルジェントの一つ括りにされた銀髪が風にふわりと揺れ、同じ赤い瞳が互いを映していた。


「ハッ!相変わらず可愛げがないな、クローチェ。いや…年々、年を取る度に可愛さが減ってるんじゃないか?」

アルジェントが皮肉めいた笑みを浮かべてそう言えば、クローチェはギリッと歯をくいしばる。

「アンタの脳ミソには嫌みしかないわけ?嫌み以外の単語を知らないわけ~?」

クローチェがアルジェントの足を踏みつけようとするが、あっさり避けられてしまう。

「クローチェはいつまでたってもお子さまだな。そうやってすぐに怒る。顔や態度にすぐ出る。もう少し落ち着けないのか?」

「その余裕綽々な顔、ムカつく~!」


クローチェの足元から魔力が溢れだし、揺らめく赤い炎が現れる。アルジェントも魔力が溢れだし、周囲の空気が冷える。


バチバチと火花が飛び散り、今にも戦いだしそうな2人…!


「ちょ、ちょっとお待ちください!姫様、アルジェント様!」

そこで止めに入ったのはフィクだ。いつものメイド服姿ではなく、クローチェと同様、演劇の練習をしていたため、簡素ながらもドレスを着ていた。

「姫様!アルジェント様を煽る様な言葉ばかり言ったら駄目じゃないですか!それとお二方…暴れるならここではなく、外でお願いします」

フィクのその言葉を聞いてちょっと冷静になる2人。溢れだしていた魔力は抑えられた。



「そうそう…クローチェ、アルジェントを案内してあげなさい」

魔王代理がそう言うと、クローチェはコテンと首を傾げる。

「どこを案内するんです?」

「どこって…この魔王城に決まってるじゃない。アルジェントの目的の一つは、新しくなった魔王城を見に来ることだったんだもの」

クローチェはあからさまに嫌な顔をする。

「私が嫌だって言ったらどうするんです?」

「私はまだ仕事があるから無理よ」

魔王代理はニッコリ笑顔でそう答える。

「え~…じゃあ、フィクとかに…」

クローチェがそう言いかけると、アルジェントが鼻で笑った。

「そういえば、クローチェは魔王城で迷子になっただけでなく、罠にかかって勇者の仲間の1人と閉じ込められたそうじゃないか。そんなクローチェに案内は難しいよな~?」

ブチッとクローチェの中の何かがキレた。


むんずとアルジェントの腕を掴み、引っ張る。

「おい、クローチェ。どこに連れていくんだ」

クローチェは張り付けたような笑みを浮かべる。

「アルジェお兄様、お疲れでしょう?お部屋に案内しますね。それで、鍵閉めるから、一歩も部屋の外に出ないでよね!!」

「なんだ、クローチェはそんなに俺と部屋で2人っきりになりたいのか?」

「は?アンタの耳、どうなってんの?その耳切り取ろうか!?」

「そうだ、クローチェ。部屋に行く前にあそこに行きたい。案内してくれ。あ、案内出来るか?」

「私のこと、誰だと思ってるの?」

「アホな姫」



ぎゃあぎゃあ言いながら、クローチェ達は応接間を後にする。

フィクも付いているから安心だろうと魔王代理は考え、仕事に戻ることにした。


ふと、魔王代理はアルジェントの口を濁していた言葉を思い出した。

『久々に叔母上に会いたいのもありましたし…それに、まぁ…何と言いますか…』


アルジェントが魔王城に来た理由。

新しくなった魔王城を見るため。

久々に叔母である魔王代理に会うため。

そして…

「クローチェに会うため。そうでしょう?アルジェント」

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