記録19 お仕事のお供に、この歌声を

ステージの上で座り込んでいる、フォルティに近づく魔王代理。

目線を合わせる為に、しゃがみこみ、手を伸ばす。

そして・・・フォルティの髪を掴み上げて、顔を上げさせると同時に、グッと顔を近づける。


魔王代理は、クローチェには聞こえないように、でも、フォルティには聞こえる様に囁く。


「貴方、クローチェを妻にしたいなら・・・私を倒す事ね。私より弱い男には、娘は渡せないわ」

「・・・なるほど」

フォルティが一言、そう呟くと、魔王代理はにっこり笑った。

「理解が早いみたいで助かるわ。私を倒すまでは、クローチェを勝手にエスコートして、踊ったりとかしないで頂戴ね。それは、夫婦になってからして頂戴。今度、私を倒す前にそんな事をしたら・・・」

魔王代理は、掴んでいたフォルティの銀髪を離す。

そして、立ち上がってフォルティを見下ろす。

「ピンヒールで、貴方の顔面、蜂の巣みたいにしちゃうから?ふふ、余裕があれば、目玉もくり貫いちゃうわ」

「・・・肝に命じておこう」

フォルティはそう言って立ち上がる。

その時だ、ステージの後方にいるクローチェの元へ向かいかけていた、魔王代理がくるりと振り返る。

「あぁ・・・そうだわ。言い忘れてたわ!吟遊詩人さん、私を倒すのであれば、勇者と協力しても構わないわよ?ふふ、クローチェに好意を抱く者同士だもの。きっと息ぴったりの連携プレーが出来るわよ」

「・・・え?それって」

フォルティが言い切る前に、魔王代理はパチンと指を鳴らす。

「リンゼン、お願いね」

魔王代理がそう言うと、ステージ脇にひっそりと立っていた、何と言うか存在感の薄い小柄な女性魔族が、手に持つスイッチを押す。


カチッ


「あああ~やっと辿り着いたぞ~!ったく、蝙蝠とかに噛られた腕がいてぇ~」

「全く、フォルティってば!私たちのサポートをしないで、何でステージに行っちゃうのよ~!」

「フォ、フォルティ・・・ク、クローチェに変な事したらダメ、だからな・・・うぅっ疲れた」

丁度、フォルティのいるステージにボロボロの姿でやって来たリザシオンたち。

来たのはいいんだけど・・・


パカッ


リザシオンたちが立っている床が突然、消える。

「「「「え?」」」」

4人は唖然。

消えた床の代わりに現れたのは、底の見えない穴だ。


4人はひゅ~っと落下。

「「「「ぎゃあああ!」」」」

リザシオン達の絶叫が響く。


「え、えぇ!?お、お母様、ステージにいつの間にそんな仕掛けを!?そ、それにリンゼンさんもいつの間に!?」

クローチェはそろ~っと、ステージに突然現れた穴を覗く。

「うふふ、実はね、本当はそれはサプライズ演出で使おうと思ってたんだけど、勇者たちが来たから、リンゼンに急いで作り変えてもらったのよ~!リンゼン、急な仕事を引き受けてくれてありがとう」

魔王代理の秘書をしている、幽霊の魔族のリンゼンはユルユルと首を横に振る。

「いえ・・・魔王代理様のお役に・・・立てたなら・・・良かったですぅ・・・」

リンゼンは、今にも消え入りそうな、掠れ気味な声でそう言う。


「姫様!!御無事ですか!?」

「ひ、姫様~!!け、怪我とか、してないですかっ!?大丈夫ですかっ・・・!?」

フィクとルナーリアが、よいしょとステージに上る。

「フィク!ルナーリア!私は大丈夫っ!!2人の方こそ大丈夫だった!?」

クローチェも2人の元へ走り、三人は互いに手を取り合い、無事を確かめる。

「私とルナーリア様は大丈夫です。それより、姫様!先程、不審な銀髪の男と一緒でしたが、本当に無事なのですか!?何だか、勝手に踊らされたりしてましたけど・・・!」

フィクはあわあわとクローチェのあちこちを見る。

「大丈夫っ!うっかり、あの変な歌に合わせて歌ったりしたけど、五体満足、特に異常は無しっ!!」

クローチェがその場でぴょんぴょん飛んだり、くるっと回って見せればフィクもルナーリアは少し、安心した様だ。

そんな時だった。

パンパンッと、誰かが手を叩く。

そうすると、クローチェやフィク、ルナーリアを含めた騒々しかった魔族達が、一斉に静かになる。

それもそうだ。

この城を、魔族達を統べる御方が手を叩き、合図を出したからだ。


「さて、死者はいないみたいね。良かったわ。でも、怪我人がいるから、怪我した魔族は至急、城内の医務室に行って、治療をしてもらう事。重傷者がいる場合は、他の魔族達が医務室に連れていく事。それ以外の魔族達は、城内で勇者達によって破損した物がないか確認。説明は以上よ。さぁ!それぞれやるべき事をやって頂戴!」

魔王代理が一気にそう説明し、魔族達はそれぞれの仕事に取りかかる。

そこで、クローチェは手を上げる。

「あの、お母様・・・いえ、魔王代理様。私は何をしたら良いでしょうか?簡易ではありますが、私も治癒魔法が使えます。怪我した魔族達の治療をした方が良いか、城内の破損物チェックをした方が良いか・・・」

魔王代理はニッコリ笑う。

「クローチェには別の仕事を頼むわ」

「別の仕事?」

クローチェは首を傾げた。




「あ、お前、無事だったんだな~」

城内で破損物チェックをしていたスライムの魔族が、知り合いのヤギの魔族を見つけて、声をかける。

「お~君かぁ。こっちはステージの最前列の方にいたから、無傷だよ~」

「そっか。無傷なら良かったな~。けど、お前、手に持ってる紙を流れる様に食ってるけど・・・いいのか?」

「むしゃ?・・・はっ!なんて事だぁ~これ、破損物チェックリストじゃないかぁ。はぁ、もう一回、リストもらってくるかぁ」

「おいおい・・・大丈夫か~?破損物のチェックが終わったら、破損箇所の修理やら、強化対策やら、仕事が沢山あるぞ~」

「いやぁ、大変だなぁ。速く仕事が終わる様に、急いでチェックリストをもらってくるよ~」

スライムの魔族とヤギの魔族の会話が終わった、その時だった。


『あ~あ~・・・ん、これ大丈夫だよね。映像もOKかな~?』

突然、城内に設置されているスピーカーから、クローチェの声が。そして、液晶モニターにはクローチェが映っている。


「な、何だ何だ?何で姫様が?」

ちょっぴり困惑の魔族達。皆、スピーカーや、モニターの前に集まる。


『え~っと、今、お仕事中の皆さん!お疲れ様です!怪我された魔族さん達は、大丈夫ですか?たぶん、皆、何で私がこんな事をしているのかわからなくて、びっくりしてるよね?』

液晶モニターに映るクローチェは、いつものゴスロリ衣装には着替えておらず、まだ、ライブのときに着ていた衣装のままだ。


『今回は、今、お仕事を頑張ってる皆さんに、怪我をして今、治療中や、安静にしている皆さんに、歌を届けたいと思います!ほら、ライブの途中で勇者リ・・・リなんちゃら達が来て中断しちゃったでしょ?だから、ちゃんと最後まで聞いてほしいなって思って・・・』

そして、クローチェはすぅっと、息を吸う。

ちょっぴりクローチェの周りの空気がリンッと整った感じになる。


『今、お仕事を頑張ってる、皆とお母様にエールを込めて。怪我をした皆には、早く怪我が治る事を祈って!!』

クローチェは片手に握っていたマイクをギュッと握りしめ、本当は魔王代理と2人で歌うはずの歌を1人で歌う。



スピーカーからクローチェの歌声を聞いていた魔族達、モニターでクローチェの歌う姿を見た魔族達、皆、涙を流していた。

「うっ・・・歌声から、姫様の優しさがっ!」

「うぉお・・・!やる気が溢れてくる!ついでに感動の涙も溢れてくる!」

「姫様の歌を聞いたら、怪我の痛みがひいていく様な気がする・・・!嬉しさで涙がっ!」

そこで、1人の魔族が手を上げる。

「お前達!姫様の歌を作業BGMに、山積みの仕事を終わらせるぞ!」

皆、涙を垂れ流しにしながら、頷き、そして、仕事に取りかかった。



魔王代理専属の秘書であるリンゼンは、魔王代理の仕事場に大量の書類を運んでいた。

魔王代理の仕事場は、基本、綺麗に片付いてはいるが、やはり、机に積み上げられ書類の山が目につく。

そう、いつもは。


「失礼・・・しますぅ・・・」

掠れ吟味の声でそう言って、ソッと部屋に入るリンゼン。

そこでふと、気がつく。

(書類の山が・・・ない・・・?)

もちろん、全くないわけではない。幾つかは、書類の束が机に置かれている。しかし、あくまでも『束』であって『山』ではない。


「あら、リンゼン。運んで来てくれたの?ありがとう。重要な案件の書類があったら、今すぐに目に通すわ」

リンゼンに気がついた魔王代理はニッコリ笑う。

「あの・・・魔王代理様・・・」

リンゼンがおずおずと魔王代理に声をかける。

「どうかしたかしら?」

「・・・つい、さっきまであった・・・書類の山・・・どうされたのですかぁ・・・?」

魔王代理は一瞬、きょとんとした顔になってから、はっと何かに気づき、笑顔になる。

「うふふ。びっくりしちゃったでしょ?自分でも驚いているわ!そして、我ながら素晴らしい事を思いついたと思うわっ・・・!」

魔王代理はそう言って、ちょっぴり赤くなっている頬に手を添える。

まるで、恋する乙女の様に。


「クローチェの映像を、そして、歌声を城内に流したのは正解だったわ・・・!」


そう、魔王代理がクローチェに頼んだ別の仕事とは、コレの事なのだ。

もちろん、魔王代理の仕事場にも、モニターが設置されている。

つまり、魔王代理もクローチェの歌声を作業BGMにして仕事をした結果、あっという間に仕事が片付いたわけだ。


「確かにぃ・・・素晴らしい考えですぅ・・・魔王代理様はもちろん・・・私も、他の魔族達も・・・今までに無いスピードで・・・仕事を終わらせてますぅ・・・!」

リンゼンも、うんうんと頷く。

「これは、今後も定期的にクローチェの歌をスピーカーやモニターで流す必要があるわね。全ては、魔族達のやる気を引き出す為。そして、私の為ね・・・!」

魔王代理の瞳がキラリと光る。



その後、魔王城では月に一回、クローチェのライブがモニターに流れる様になったり・・・

ライブがあった日の魔族達は、素晴らしいスピードで仕事を終わらせたそうだ。

もちろん、魔王代理も。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る