記録17 君の心を撃ち抜いて

目も覚める様な真っ赤な衣装を着こなす人物が2人、煌びやかなステージの上で歌い、踊る。


「触れたいでしょ?近づいてみて、魅惑の赤い果実、君を惑わす」

囁く様に、でも確かに聴いている観客たちの耳へ、心へ届けて歌うのは、異性同性、構わず魅了していく魔王代理だ。

そしてもう1人は・・・


「禁断の果実、口にしたら最後、君をドキドキさせちゃう、永遠に」

天女の羽衣の様なシフォンと真っ赤なタッセルがふわっと揺れる。

そして、林檎色の瞳がスポットライトの光を受けて、キラキラと宝石の様に輝いていた。

クローチェの歌と踊りは、フィクと魔王代理のレッスンの成果が現れていた。


「姫様~!可愛いです~!」

「クローチェ様~!こっち向いてー!」

観客の魔族たちは、感動の涙を垂れ流しにしながら、全力でペンライトを振りながら、クローチェの名前を呼ぶ。

もちろん、クローチェはちゃんとファンサを忘れない。

にっこり笑顔からのウィンク!

「「あぁああ!!可愛い!クローチェ様ぁあ!」」


人気はクローチェだけでは無い。

可愛らしいクローチェと対比になる存在、妖艶な魅力を持つ魔王代理も素晴らしかった。


「魔王代理様ー!素敵ーー!」

「魔王代理様ー!一生付いていきますー!」

魔王代理もまた、魔族たちからの呼び掛けに答えないわけがない。

ふっと微笑んでからの投げキッス!

「「ぎゃぁああ!!魔王代理様、死後も付いていきますぅうう!!」」


クローチェは楽しくて楽しくて、しょうがなかった。

(もっと、もっともっと!皆を笑顔にしたい!楽しんで欲しい!魔王城い~っぱいにこの歌声を・・・!!)

クローチェは歌う。

応援してくれる魔族たちの心に響かせて。

何処までもこの歌声が響く事を信じて。


だから、遠くにいる『あの人』にまで、その歌声は届いたのだ。


「歌声・・・?」


魔王城内を歩いていたリザシオンがふっと、歩みを止めた。

「ん、リザシオン、どうかしたか?」

隣を歩いていたアガットが、突然歩みを止めたリザシオンを不思議に思い、そう聞く。

「あっちの方から歌声が聞こえる」

リザシオンは、耳を澄ませて声が聞こえる方向を指差す。

「じゃあ、そっちに魔族たちがいるかもしれないわね!今日はどうしてか、魔族たちが全く見つからないから・・・さすが、勇者リザシオンね!魔族たちを真っ先に見つけるなんて!」

ミーチェはリザシオンを誉めつつ、我先にと、リザシオンが指差した方向へと歩む。


「この部屋からみたいね。それにしても・・・」

ミーチェは耳を澄ませて、部屋から聞こえる音をよく聞こうとする。

「アイツらは宴でも開いてるのか?随分、騒がしい音だな」

アガットの言う通り、扉越しから聞こえるのは、魔族たちの雄叫び。そして、軽やかなメロディーに乗せて女の人の歌声が聞こえる。

「ふぅむ。何か良いことでもあったのかな?」

魔王城内を探索している間、ほとんど黙っていたフォルティが首を少し傾けてそう言う。

そこで、アガットは鼻で笑う。

「ふんっ!だったら今すぐに破壊して終わりにしてやるぜ!」

アガットはずんずん歩き、扉の前で足をすぅっと上げる。

「おい、アガット。まさか、扉を蹴っ飛ばして入ろうとしてるのか?」

リザシオンは嫌な予感がし、アガットを止めようとするが・・・

「そのまさかだよっ!!おらぁああ!」

バッコーーーンッ!!

扉が吹き飛び、一気にリザシオンたちの視界に、耳に、全てが見えて聞こえるようになった。

魔族たちは勇者たちの事など気づいていない。それよりも、ステージで歌うクローチェと魔王代理の事しか頭になかった。


「私の愛で、君の心臓を撃ち抜いてみせるから。覚悟してね?」

クローチェは拳銃ポーズをして観客の魔族たちのハートを撃ち抜いた。

そして、リザシオンの心まで。


「ぐはぁっ!!」

リザシオンの心にクリティカルヒット!

リザシオンはクローチェの可愛さを過剰摂取し過ぎで、心肺停止状態になってしまった!

鼻血を垂らして、幸せそうな顔をして倒れている!


「「リザシオンーーー!?」」

ミーチェとアガットが同時に叫ぶ。

「わお。リザシオン殿、凄く幸せそうな顔ですね。俺、こんな顔のリザシオン殿を初めて見ますよ」

フォルティは呑気に倒れているリザシオンを観察していた。

ミーチェはあわあわと杖を取り出す。

「そ、蘇生魔法しなきゃっ・・・て、フォルティがいるじゃない。早速、貴方の魔法の出番よ!せっかくだし、この目で貴方の魔法を見てみたいわ!」

「あ、俺がやればいいんですか?」

ミーチェとアガットはうんうんと頷く。

「わかりました。それじゃあ、ギターを取り出してっと・・・」

ギターを持つと、吟遊詩人らしさがより一層出ていた。

すぅっとフォルティは息を吸う。

ミーチェとアガットはワクワクしながらフォルティを見ていた。

フォルティはどんな歌を、魔法を見せてくれるのだろうか?


「心臓動くったら~うご~く~♪ドキドキッと動いちゃ~う~♪」

ジャジャンジャ~ン!!


「「は?」」

ミーチェとアガットが呆気に取られる。


「はっ!僕はクローチェに心臓を撃たれてっ!あれ、生きてる?」

リザシオン、無事蘇生。

「う、嘘だろ。あんなふざけた歌でリザシオンが蘇生した・・・」

アガットはフォルティとリザシオンを何度も見てしまう。


そこで、1人の魔族が違和感に気がついた。

(なんか、変な歌が聞こえた様な?それに風が吹いてる?扉は閉めてたはずなのに?)

そろりと後ろを見てみれば・・・


「勇者が侵入してるぅううう!?」

その叫び声に、他の魔族たちも、クローチェも、リザシオンたちもはっとした。


「え!?勇者り・・・勇者り、リンゴ・・・だったっけ?」

クローチェは相変わらず、リザシオンの名前が思い出せない。

「ぎゃあああ!?勇者がなんでここにいるんだぁあ!?」

魔族たちはパニックで大騒ぎだ。

「クッ、魔王代理を倒す前に、この大量の魔族たちを倒す必要があるな・・・」

リザシオン、アガット、ミーチェは戦闘態勢になる。

しかし、リザシオンの隣に立つフォルティは、じっとステージを見たまま突っ立っている。

「ちょっと、フォルティ!これから戦闘よ、準備して!」

ミーチェがそう言うが、フォルティの耳には右から左へと流れてしまう。

「ステージに立つ、黒髪を三つ編みにした少女が魔王の娘か?」

唐突にフォルティがそう聞く。

「え、あぁ。そうだ、彼女が魔王の娘。名前をクローチェと言うんだ」

隣にいるリザシオンがフォルティの質問に答える。

「ふぅむ。クローチェ・・・と、言うのか。美しいな」

フォルティのその言葉に、リザシオンは目を見開く。

「フォ、フォルティもそう思うか!?クローチェは美しいと!」

リザシオンはやや興奮気味に言う。

しかし、次の瞬間、リザシオンは聞き捨てならない言葉を、フォルティの口から聞いてしまう。


「あぁ・・・是非、俺の妻になって欲しい」


「・・・妻?」

妻って、なんだっけ?

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