第12話

 「いやー!! ほんっっっとうに、申し訳ない!!」

 そう畳の上で頭を下げる、黒色の長髪を一つにまとめたおじさん。その隣にはぶすっとさせた先ほどの少年。そしてその正面には、同じくぶすっとさせ、左頬を赤くさせたシャハルとニグム、そして「いやいや、おもしろいものを見せてもらったよ」と笑うカルロソ。

 「俺は、この店の店長、リイバ・ノックス。んで、こっちのくそガキが、マヌス。俺の息子だ」

 「親父よりアルマンの修理の腕は良いよ」

 「まっ、見ての通りくそガキだ」

 そう笑うリイバに、カルロソは「どっかの誰かにそっくりだな」とシャハルに、ニッと歯を見せた。

 「ふん」と、そっぽを向くシャハルを、カルロソはもう一度ケラケラと笑った。

 「んで、そこのお嬢ちゃんのアルマンを治して欲しい、って依頼だったな。滞在予定期間はどんくらいだ?」

 「俺は、すぐでるよ。こっちのお嬢ちゃんは、治るまでいるだろ」

 「はい。この街に宿はありますか?」

 「あるが……修理代に、宿代ってなると、お嬢ちゃんが払える金額じゃねえぞ」

 「う……」

 「まあ、ここに泊るといい。少し埃っぽいが、布団もある。遠くで治るのを待つより、側で待つ方がお嬢ちゃんも安心だろ」

 「あ、ありがとうご」

 「はあ?! ふざけんな親父!! 俺は嫌だ!!」

 「ありがとうございます」と、言おうとしたのを遮るようにマヌスが声を上げる。その言葉に、シャハルは顔をしかめる。そして、大きくため息をつき、はっきりと口にした。「あんたさっきから何が不満なのよ」と。鋭いシャハルの目に、マヌスは一瞬体を震わせたが、すぐに負けないとでも言うように、シャハルを睨んだ。

 「俺は!! アルマンを傷つける奴がこの世でいっっっっっちばん嫌いだ!!」

 そう言って、マヌスは部屋を出て行ってしまった。

 マヌスの言葉に、シャハルは心の中で「なるほど」と自分が嫌われていることに納得した。

 「どうやら、マヌスに治してもらうのは無理そうだな」

 「別にあいつにじゃなくてもいいし」

 シャハルがそう言うと、リイバさんは「あー」と目線を逸らし、少し言いにくそうに話した。

 「悪いが……俺は、そこのアルマンを治せねえ」

 「……は?」

 「さっきマヌスも言ったように、俺も技術はあるが、あいつよりは一回りも下だ。そんで、そこのアルマンは俺の腕では治せる自信がねえ。確実に治せるのはマヌスか、都心に行くしかないだろう」

 そんなリイバさんの言葉に、シャハルは「……まじ?」と口をひくつかせる。そして、横ではカルロソは腹を抱えて笑っていた。



 「嫌だ」

 「お願いだって!!」

 「てめえなんかに頭下げられたって、お前のアルマンを治す気なんかねーよ! 売り払う、ってんなら別だけど」

 そう、舌を出すマヌス。「こんのくそガキぃ……っ」と拳を握るシャハル。外でそんな会話を広げる二人をカルロソはゲラゲラと笑っている。

 「おーい、シャハルさーん」

 「何?」

 「3日だ」

 「え……?」

 カルロソは、シャハルの前に指を3本立て、ニッと笑う。

 「ここにいられるのは、長くて一週間。それ以上は、配達に影響がでる。だから、3日以内にマヌスを説得しろ。できなかったら、すぐに足が治りつつあるお前だけでもギルドに連れて行く」

 カルロソは「それと」と付け出し、真っすぐな瞳でシャハルを見る。

 「3日後にお前の考えを行く。この前話したこと、覚えてるだろ?」

 シャハルはカルロソの言葉に、一度頷いた。そんなシャハルを見て、カルロソは「よし」と頷き、シャハルの頭を優しく撫でる。

 「んじゃ、頑張れよ。俺は観光でもしてるからよ〜」

 カルロソはそう軽く手を振って、街の方へと歩いて行った。シャハルは、チラリとマヌスの方に視線を向ける。ふとマヌスと目が合うが、マヌスは下を出して、そっぽを向いてしまった。そんなマヌスに、シャハルは舌打ちをした。

 「おーい、シャハルちゃーん」

 シャハルは声がした方へ体を向けると、リイバさんが弓矢と猟銃を持って手を振っていた。



 「いやー足が完治してないのに、悪いね」

 「いえ。狩りは得意なので」

 シャハルは弓を持ち、リイバさんは猟銃を持って森の中を歩く。

 (さすがに初めての森は、少し慣れないな……)

 そんなことを思いながら、シャハルは前を歩くリイバさんについていく。リイバさんが足を止め、右の方を指を向けると、そこにはウサギが一匹。

 「いける?」

 そう小声できくリイバさんに、シャハルはコクリと頷き、弓を引く。

 ゆっくりと息を吐く。すべて吐ききり、スッと息を吸い、グッと溜めた瞬間、矢を放った。

 その矢は見事ウサギに命中し、隣にいたリイバさんは歓声をあげた。

 「シャハルちゃん上手いねー」

 「まあ、毎日やってましたし。泊めていただける間、食料なら私が狩りに行くんで。なんなりと言ってください」

 「おっ、それはありがたい。俺はアルマンに関しても、こっちもあまり上手くねえんだっ!」

 そうニカッと歯を出して笑うリイバさんに、シャハルはクスリと笑みをこぼした。

 リイバさんはしとめたウサギの両手両足を掴み、「家に戻ろう」と言い、来た道を歩く。

 「マヌスのこと、悪いなホントに」

 「……いえ」

 そう視線を逸らして答えるシャハルに、リイバさんは苦笑い。

 「……マヌスは、アルマンが大好きなんだよ。俺の家は、代々アルマンの修理屋で、親父から技術を教えてもらったんだ。教えられてるところを、マヌスはずーっと見てたから、あいつも技術を身につけてな。字が読めるようになってからは、俺より腕をあげた」

 「……すごい、ですね」

 「ああ、すげえ。でもいつからかさ、あいつはアルマンの修理をしなくなったんだ。理由をきけば、『治してまた壊されるアルマンが可哀想だ』って」

 リイバさんの言葉に、シャハルは目を丸くする。

 「アルマンが大好きで大切なんだろうな。生まれたときから自然と周りには壊れたアルマンばかりで、それが嫌なんだろう。だからあいつは、治すよりも売り払ってもらって、治してまたアルマンを壊さない人に売りたいんだ」

 「……自分の都合ですよね、それ」

 「……ガキだからな、あいつ」

 そう苦笑いをこぼすリイバさんの後ろで、シャハルは「アルマン好き、か……」と小さく呟いた。

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