第11話

 日が上り、朝の光を浴びながらカルロソはグッと腕を伸ばす。気持ち良さそうなカルロソを、目の下に隈をつくったシャハルは精一杯睨む。

 「朝飯は、途中の村からパンとウサギを交換してもらおう。ほら、変な目してないで、早く荷台に乗れ」

 「……覚えてな、ちくしょう」と、シャハルは小さく呟き、重い足取りで荷台へと乗った。そんなシャハルを見て、カルロソはきこえないように小さく笑い、バイクを動かす。

 周囲が緑が続く道のり。その途中に、家は一つもない。上を見上げても、青で染まっていて。気持ちいい風が、シャハルの金色の髪を揺らす。その風に、シャハルはそっと眠気に誘われて。ゆらゆらと体が揺れ、コツンとニグムの体に頭が当たる。シャハルは、ゆっくりとニグムに体をあずけ、そっと瞼を閉じた。

 ──夢をみた。私と、アッシャと、ニグムの三人でご飯を食べていた。みんな笑っていた。そんな……もう二度と、叶わない夢を。

 ゆっくりと瞼をあければ、荷台は止まっていて。

 「おっ、起きたか。ちょうど今、ウサギとパンを交換してもらったところだ。食え」

 そう言って、シャハルに長いフランスパンを渡す。

 「……ジャムは?」

 「んなもんあるか!!」

 小さくため息をつき、シャハルはパンを受け取る。そして、堅いパンをかじる。

 「……かたい」

 そう不満そうに言うシャハルに、カルロソは「我慢しろ」と言い捨て、おっと、明るい声をあげた。

 「ガキ、見えたぞ」

 「え?」

 「マルーテ」

 カルロソの言葉に、シャハルは思わず立ち上がり、前を見るとそこには確かに、賑やかな街が広がっていた。気持ちいい風と、綺麗な街にシャハルは目を輝かせる。

 「初めてか? 他の街を見るってのは」

 「うん!!」

 そう笑うシャハルを見て、カルロソは微笑み、「……んじゃ、急ぐぞ」と言ってバイクをはしらせた。

 


 街に入り、カルロソはバイクのスピードを緩める。そして、キョロキョロと周りを見渡す。

 「とりあえず、人にノックスの場所を聞いてみよう。あっ、おばちゃーん! ちょっと聞きたいんだけど」

 カルロソは通りすがったおばさんに、腕を真っすぐ上に伸ばして声をかける。すると、おばさんは立ち止まり、「なにかしら」と首を傾げる。

 「アルマン売買店ノックスの場所教えて欲しいんですけど」

 「ああ、ノックスさんね。この大通りを真っすぐ行って、街を抜けたすぐ左手にあるわ。……荷台にいるお嬢さんは……」

 「このアルマンの所持者です。アルマンの修理に、オルビスから来たんです。俺はオルビスのギルドの者で、フピテールまで配達に」

 「そ、そう……治してもらえると、いい、わね……」

 歯切れの悪い言い方に、シャハルは眉をひそめ首を傾げる。カルロソも不思議に思いながら、「どうも」と一言頭を下げ、バイクをはしらせた。

 「なーんかありそうだな」

 「……行ってみないと、何もわかんないよ」

 そう小さくつぶやき、シャハルは揺れる荷台から周囲を見る。賑やかで、レンガでできた家が並ぶオシャレな街並。しかし、それに似合わず、周囲の人はシャハルを見て、コソコソと白い目で見ている。そして、そんな目を見てシャハルは、あることが頭に引っかかった。

 街を抜けると、おばさんの言った通り、左手に『アルマン売買店ノックス』と書かれた大きな板が、家に飾られていた。そして、家の周りには、椅子やテーブルが値札と共に置かれている。

 「ここ、だな。足の具合はどうだ?」

 「……歩ける程度なら」

 「そうか」

 そんな会話をしていると、店の中から「うるせー!! くそ親父!! 悔しかったら俺より技術挙げて見ろ!!」なんていう、少年の荒い声がきこえた。そして、扉が勢い良く開く音と共に、少年が飛び出してきた。少年はシャハル達を見て立ち止まる。そして、肩に包帯を巻いたニグムを見て、目を鋭くし、ズカズカとシャハルへと近づく。

 「な、なに……」

 目をくりくりとさせた、黒色の短髪にゴーグルを首から下げて、作業着を着ているシャハルよりも年下だとわかる少年。そんな少年が荷台に乗り、シャハルと目が合った瞬間だった。

 ──パチン。

 そんな音が、綺麗な青色の空に響いた。その音に、カルロソは目をまん丸にしていて。そして、左頬を真っ赤にさせたシャハルも、目をまん丸して、ゆっくりと少年の方へと顔を動かす。

 左頬がじんじんと痛みを感じ、ようやくシャハルは今の現状を理解した。

 左頬をこの名前も知らない、年下に見える少年にひっぱたかれた、と。

 「あんた最低だ!! この街から出て行け!!」

 そんな少年の言葉に、シャハルは先ほどまでと同じように目を丸くしていたが、さすがに額に怒りマークをのせ、目を鋭くさせてただ一言。

 「はあ?」と。

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