第10話

 「……ねえ、もうちょっとこの乗り心地の悪さ、どうにかならないの?!」

 「文句は地面に言え」

 「もう」

 ため息をついて、外へと視線を移すシャハル。荷台は、凹凸の多い地面によって大きく揺れている。そんな荷台と一緒に、肩より上にある金色の髪が揺れる。

 「それより、良かったのか? 女の命の髪を切っちまって」

 「弓をひくとき、邪魔だもの。それに、短いのも、悪くないでしょ?」

 「がっははは! ほんとに、良い女だねえ、お前。到着は明日の昼ぐらいだ。それまで、怪我を悪化させないように、気を張っとけー」

 「安全運転を心がけてから、言ってくれる?」

 シャハルはそう言って、視線を上へとあげる。シャハルの瞳には、白一つない青が広がっている。そして、その青の真ん中には、眩しすぎるものが輝いていた。

 「……太陽、か」

 そう小さく呟いて、シャハルはそっと瞼を閉じる。その横で、ニグムも同じように瞼を閉じた。



 日は落ち、辺りは暗闇に包まれている。そんな中、道の横にある地面にバイクと荷台を止め、近くに薪日を集め、火をつけた。

 「あーあ、この年で野宿することになるなんて……。ねえ、ほんとに宿ないの?」

 「ない。ここは地方の道路。近くにあるのは、街ってより村だし、住民は二十いるかいないかだ」

 「はあ……」

 シャハルはため息をつきながら、荷台にいるニグムへと視線を移す。安静を大事にと言われているニグムを、無理に降ろすわけにはいかず、荷台にいるニグムを見て、もう一度シャハルはため息をついた。

 「飯があるだけましだろ」と、カルロソは通ってきた森で、捕まえた鳥とウサギをさばき、火にかける。

 「……どうも」

 「お前、ほんと生意気というか、礼儀知らずだな」

 そう言って、カルロソはシャハルに焼けた肉を渡す。それを、シャハルは「お褒めの言葉どうも」と、笑って受け取った。

 「シャハルはさ」

 「気安く呼び捨てにしないで」

 「……シャハルさんは、この後どーするんですか」

 カルロソは少しイラついた声で、片言な口調でそう尋ねる。

 「どうするって、ニグムを治しにいくのよ」

 「その後だよ。治して、どうするんだ? 丸一日歩いて帰って、のんびり暮らすのか?」

 「……」

 カルロソの問いに、シャハルの頭の隅に、あのアルマンの声が蘇る。

 『……ハ、ル……』

 シャハルは、ギュッと歯を噛み締める。そんなシャハルを見て、カルロソはため息をついた。

 「どうせ戻ったって、また狙われるだけだぞ」

 「狙われる? 誰に?」

 「あの男、二度目にお前等を襲ったとき、アルマンを二体に増やしてたんだろ。アルマン一体は、そう簡単には買えない。そもそも、人を殺したやつがノコノコと、店でアルマンを買うとは考えにくい。なら……仲間がいると考えていいだろう」

 「……っ」

 「そして、お前はあいつを殺した。そいつが戻ってこないとなれば、仲間は必ずお前を殺しに来るはずだ」

 「じゃあ、どうしたらいいのよ!!」

 「それをお前に聞いてるんだ」

 カルロソは、肉がついていない骨をシャハルへと向ける。カルロソの真っすぐな目が、シャハルの揺れる瞳を捕らえる。

 「お前は、くそガキだ。礼儀もクソも知らねえ。そんなガキが、アルマン一体を盾に、生き残れるとはとても思えない」

 「あんたには無い、弓と銃の技術があるわ」

 「そうだな。お前の弓の技術は、是非この目で一度見てみたい!」

 大きく頷くカルロソに、シャハルは鋭い視線を向ける。

 「……俺が言いたいのは、何も考えずに過ごすな」

 「何かを、考えろと……?」

 「ああ。どうしたいか、どうなりたいか、考えるのをやめたら、襲われたときお前らは死ぬ。マルーテに行くまでに、ハッキリとしたお前の考えを聞かせろ。答えがでなかったらその時は、俺がお前らを殺す」

 「……あんたにできるわけ?」

 「これでも、俺はお前と同じくらいの年にギルドに入った! それに、剣士としての腕は、ギルドのトップクラスだ。この腕を見込まれて、配達員をしている」

 「……トップクラスの剣士が配達員を?」

 「見習いなんかが配達員をやるとな、盗賊なんかに襲われたりしたら全部パーだ」

 肩をすくめるカルロソに、シャハルは「なるほどね」と、苦笑い。 

 「まっ、ニータとサラと同じくらいだと思ってるのなら、心外だな」

 「……肝に命じとくよ」

 そうニッと、挑発的に笑ったシャハル。そんなシャハルを見て、カルロソは口を大きくあけて笑った。



 「……なんで私がこんなことを」

 シャハルは、大きないびきを響かせているカルロソを横目に、薪日を太い木の棒でいじる。そして、数十分前のカルロソの言葉を思い出す。

 『俺は早朝運転しなきゃいけない。安全にマルーテに行くには、睡眠が重要だ。マルーテに向かってる間、お前は寝れるだろ? そんなお前が夜の見張りをするのは、当然の道理、だと思わないか?』

 「……思いたくもねーっつの」

 頬を膨らませながら、シャハルは荷台にいるニグムに視線を向ける。

 「……ねえ、あんたは、どうなりたい?」

 「……」

 「ニグム、あんたはどうしたい? どうなりたい?」

 シャハルは、ニグムに淡々と言葉を投げる。その言葉に、ニグムは何も答えない。

 「アルマンは寝ないことは知ってるわよ。何か言ったらどう?」

 「……お、れは、シャ、ハルを、まも、りたい」

 その言葉に、シャハルは目を丸くする。そして、そっと口元をあげた。

 「あんた……前も言ってたわね。そうね、私も……あんたを守りたい。あんたと……」

 シャハルは、思い浮かんだ言葉をグッとため、シャハルは「月が綺麗だね」と小さく呟いた。

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