第9話

 朝日が窓から差し込む。その光にシハルはギュッと目を瞑り、そしてゆっくりと瞼をあける。シャハルの視界には、見慣れない天井、ベッド、部屋の風景、。ゆっくりと体を起こし、ベッドから降りようとすると、腕や肩、足、体のいたるところに痛みがはしる。その痛みに、ベッドから起きるのは諦め、部屋をキョロキョロと見渡す。

 「ここ、は……」

 必死に頭を働かせようとすると、ドアが開く音がシャハルの耳に入った。

 「おお、お嬢ちゃん、起きたか」

 「……中古屋のおじさん」

 シャハルはドアの方に視線を移すと、そこにはニグムを売ってくれたおじさんがマグカップを持って立っていた。

 「なんで……ここは……?」

 「覚えてないのか。あんたが、あのアルマンと一緒に傷だらけでここにきたんだよ。『ニグムを治して』って」

 「あ……」

 (そう、いえば……)

 うっすらと、そのときの記憶を思い出す。

 「それだけ言って、あんたは二日寝たきりだ。歩けるか?」

 「……えと」

 シャハルは、ハッと目を開けおじさんへと顔を向ける。

 「おじさん!! ニグム!! ニグムは?!」

 先ほどの痛みも忘れて、シャハルはベッドから降りようとする。しかし、床へと足をつくと、痛みがはしり、床に倒れる。それをみて、おじさんはシャハルの体をもちあげ、ベッドへと座らせる。

 「おちつきなさい、お嬢ちゃん。あのアルマンは」

 すると、おじさんの言葉を遮るように部屋のドアが開いた。ドアの方に視線を移せば、そこには肩に布を巻いたニグムが立っていた。

 「こらお前さん!! まだ動いたらあかん」

 そう声を荒げて、おじさんはニグムへと近づく。しかしニグムは、おじさんの言う事をきかず、シャハルへとゆっくり近づいた。

 「……シャ、ハル……だい、じょ、ぶ」

 その言葉に、シャハルは瞳が揺れる。そして、そっと微笑んだ。

 「うん、ありがとう。あんたは? 肩に布巻いてるけど……」

 シャハルがそうニグムの顔を覗き込むと、おじさんが「見ての通りじゃ」とハッキリ言った。

 「え……?」

 「ハッキリ言って、かなりヤバいぞ、このアルマン」

 おじさんの言葉に、シャハルは目を丸くする。

 「今はこうして、ゴミが入ったりしないようにするけど、このままじゃアルマンの中枢となる脳に影響して、最終的には……」

 「うそ、でしょ……。ねえ、おじさん治してよ! ここ中古屋だし、治せる道具いっぱいあるでしょ?」

 「残念ながら、治す部品がここにはない。それに、わしは所詮中古屋のおやじで、アルマンに関しては基礎知識しか知らん」

 「そんなあ……」

 シャハルが肩を落とすと、おじさんは「そうじゃ」と部屋のタンスから一枚の紙を取り出した。

 「ここなら、治してくれる。というか、ここしかない」

 そう言って、おじさんはシャハルにその紙を渡した。

 「なにこれ。えーと……アルマン売買店ノックス……? ってこれ、売買店じゃん! 修理所じゃないよ」

 「修理所は一番近くて、ここオルビスから一週間かかる都心にしかない。そこには、アルマンの勉強をしてる小僧がいるらしくてな、都心までなかなか行けない地方人のために、アルマンの修理もしてるらしい」

 「ふーん……小僧、ねえ。んで、この売買店はどこにって、マルーテ?! ここも丸一日かかるじゃん!」

 「一週間に比べたら早いもんじゃろ。お嬢ちゃんの足が治ったら、向かうといい」

 「治ったらじゃ遅い! なんとかして、今すぐにでも行きたいの!」

 そう体を乗り出して言うシャハルに、おじさんはぽりぽりと頭をかく。

 「そんなこと言われても、わしはこの店を離れるわけにはいかん」

 「……だよね」

 「はあ」と、シャハルがため息をつく。すると、下から「ごめーんくーださーい」と明るい男の声が響いた。

 「まあ、少し落ち着きなさい。焦ったら、怪我も治らん」

 おじさんはそう言って、部屋をでて、下へと降りていった。

 「……シャ、ハル、おれ、に、乗る」

 「……一日あんたの背中に乗って、着いたとしても、あんたの肩が悪化したら意味ないのよ。かと言っても、私の足も一日歩けないし……」

 シャハルがもう一度ため息つくと、大きな足音が部屋に近づいてきた。その音に、シャハルは耳を傾けると、「ちょっとあんた、いきなりなんだ」と焦ったような、おじさんの声がきこえた。そして、勢い良く扉が開き、視線を移せば、赤髪の大きなゴーグルをかけた男が立っていた。

 「お前が、シャハル・ティエラか?」

 「……レディーがいる部屋に、ノックもなしに失礼じゃなくて?」

 男に鋭い視線を向けるシャハルに、男は目を丸くして「がっははは!」と笑い出した。そして、シャハルに近づき、シャハルの頭をポンポンと撫でる。

 「気安く触らないで!」

 そう言って、シャハルは男の手を払った。

 「そのガッツ!! こりゃ、良い女だ!!」

 「……はあ?」

 「俺は、カルロソ・ジニーダ。ギルドに所属している剣士だ」

 “ギルド”という言葉に、シャハルはニータとサラを思い出す。

 「……悪いけど、あの二人なら」

 「ニータとサラのことなら、もう知ってる。あいつらが弱かっただけだ。気にするな」

 「なっ、そんな言い方ないでしょ!!」

 「じゃあ、お前は、自分が弱くてあいつ等を守れなかった、とでも言うのか?」

 「それは……っ」

 「あいつらは、お前に守ってくれと、頼んだのか? あいつらは、お前らを守ろうとしたんじゃないか?」

 その言葉に、シャハルは自分の前に立つ二人の背中を思い出した。

 そして、ギュッと拳を握る。

 「まっ、お前らは強かったから生き残った。その時の状況は、ギルドの中では推測しかできなくてな。それを聞きにきたんだが……」

 カルロソは、ニグム、そしてシャハルの足へと視線を移す。

 「……聞けそうな状況では、なさそうだな」

 「見ての通りよ。生き残っても、この様。アルマンは故障の寸前だし、治しに行きたくても、私の足は歩けない」

 「ふむ……なるほど」

 「笑いたければ笑えば?」

 カルロソは、腕を組み、「うーん」と考える。そして、「よし!!」とパンと手を合わせた。

 「俺が乗せてってやろう」

 「はあ?」

 「俺はこれでも、ギルドの剣士兼、配達員でな。他のギルドに薬やら、手に入れた薬草なんかを運んでるんだ。まっ、百聞は一見に如かずってな」

 そう言って、カルロソはシャハルを抱えた。それに、シャハルはギョッと目を見開く。

 「ちょっ!! 何してんのよ!! おろして!!」

 「生意気なガキだなー。まあ、大人しくしてろって」

 「大人しくしてられるわけないでしょ!!」

 シャハルの言葉に、ケラケラと笑いながら、部屋をでて下へと降りていく。そして、玄関のドアをあけると、そこには大きなバイクと後ろには荷台が繋がれていた。その荷台には、紙で包まれた大きな荷物が積まれている。

 「これ……は?」

 「言ったろ? 俺は、ギルドの剣士兼、配達員だって。今も仕事中でな。この荷物を、フピテールのギルドに運ぶのを頼まれていたところなんだ。そのついで、お前さん達を勧誘してこい、とも頼まれてたんだが」

 「……じゃあ、私たちをこのままギルドに、無理矢理連れて行く気?」

 「そう思ったんだけど、怪我してる弓使いと、故障寸前のアルマンを連れて行っても、意味がない。修理するのに、どこに行きたいんだっけ?」

 カルロソは、優しくシャハルを荷台へと乗せる。

 「……えっと、マルーテ」

 「マルーテは、フピテールの通り道にある。乗せてってやるよ」

 「……いいの?」

 「ああ。ただし、配達に関して俺は、できるだけ早く済ませたい。今日中に出発する。30分で用意しな」

 そんなカルロソの言葉にパアッと、シャハルは目を輝かせた。すると、横から、シャハルの鞄を持った、ニグムが立っていた。その鞄を受け取れば、いつも入れていたものが全て入っている。

 「……やるじゃない! 煙玉も入ってるし。あとは……そうね、おじさん、鋏と鏡、あるかしら」

 「鏡と鋏? それはあるが……」

 首を傾げながら、おじさんは店の奥から鏡と鋏をもってきて、シャハルへと渡した。

 「おじさん。確かニグムは、最近のアルマンでもできることは、一通りできるのよね?」

 「まあな。ちょっと喋れないだけだからのう」

 「よし。ニグム、お願いよ」

 シャハルはニッと笑って、そっと自分の金色の髪を耳にかけた。

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