第8話

 「なあ、ニグム、上を見ろよ。星の海だ」

 「ほ、し……?」

 「ニグムって名前、星からとったんだぞ。俺が太陽で、シャハルは月」

 「……」

 「……星はさ、月を寂しくさせないために輝くんだ。夜になったとき、寂しくないように一緒に、側にいる。だからさ、もし、俺に何かあったら……ニグム、シャハルの側にいてくれ。約束な!」

 


 「はっ!! 守る? 足を怪我した小娘と、肩が壊れたアルマンに何ができる!!」

 男の荒い声に、シャハルはギュッと唇を噛み締める。

 (この男の言う通りだ……っ。私の足、ほぼ動けない……っ)

 グッと、シャハルは拳を握る。すると、ポタリと、シャハルの拳に雨が当たった。雨が強くなる中、ニグムの小さな呟きがシャハルの耳へと届く。

 「お、れ、こわれ、る、覚悟、ある」

 「……っ」

 ニグムの言葉に、シャハルは顔をあげる。すると、ニグムの頬からは、一筋の雫が通っていた。

 シャハルの強く握られた拳が、そっと緩まる。

 (ああ……私は、なんてバカなんだろう……なんで、あんなことを言ってしまったんだろう……)

 『……あんた、傷つくって感情もないの?』

 シャハルは、昨晩自分がニグムに言った言葉を思い出す。そして、そっと唇が震えた。

 「……ごめん、ごめんね……。悲しくないわけないよね。寂しくないわけないよね。あんたもアッシャと……ずっと一緒にいたんだもんね」

 ギュッと、拳を握り、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がる。

 「あんたも……っ、悔しくてたまらないよね……っ」

 「……」

 「ごめんね、わかってなかったのは、わたしの方だ。あんたのこと、わかってなかった」

 シャハルは、昨晩ニグムからもらったミルク、そしてニグムの言葉を思い出す。

 『……おれ、ここ、にいる。ここ、好き』

 ギュッと、シャハルは唇を噛み締める。

 「戦うから」

 「……」

 「私も、戦うから。一緒に、戦うから。だから……っ、生きよう。生きよう、一緒に」

 「……いき、る……」

 「あんたが私の前を守るのなら、私はあんたの背中を守るから」

 シャハルは、強く拳を握る。そして、左胸へと、強く押し当てた。


 「私は、シャハル・ティエラ!! アッシャの仇をうつため……っ。そして……ニグムの背中を守るため戦う弓使いよ!!」


 雨が降り続く中、シャハルの言葉が響きわたる。

 「ククッ、粋のいいガキだなあ。でも、その足とアルマンで何ができるっ?!」

 「……できるわよ。あんたとそこのアルマンを殺すくらいわね」

 「あ?」

 シャハルが小さく「ニグム」と声をかけると、ニグムはシャハルの方へ振り向く。

 「……これから話す作戦をよくきいて。チャンスは……一度しかないわ」

 シャハルはそう言いながら、そっと近くで雨が降る中、消えそうな炎を見た。



 「ニグム、頼むわよ」

 「まか、せろ」

 「それじゃ……狩りを始めようか」

 そう言うシャハルの額には汗を流れる。そして、懐から煙玉を出し、地面へと投げた。シャハルの足下には、煙が抜けたカプセルが転がる。

 「また煙玉か!! もう効かねえよ!!」

 男は荒い声で、笑いながらそう言って、「アルマン、煙を消せ!」と指示をだす。すると、アルマンは、口を開く。すると、開いた口にニグムの剣が刺さる。

 「なにっ?!」

 ニグムが剣を抜けば、アルマンの口は電気の音を出していた。

 (あれで、煙玉は簡単に消せなくなる……。それと……)

 シャハルは、煙が抜けたカプセルを手にとりながら、足を引きずりながら家の近くの樽へと近づく。そして、樽のふたをあければガソリンが満タンに入っていた。

 「よし……あとは」

 そう声を出すと、シャハルの腕に銃弾が擦る。

 「……っ」

 シャハルは銃弾が撃たれた方へ視線を向けると、煙はすでに薄くなっており、そこには男がこちらへと銃を向けていた。

 「おいおい、何する気だ、小娘」

 「……ちょっと、火遊びをね」

 そう言って、シャハルは懐から煙玉を取り出す。

 「また煙玉か! そうはさせねえよ!」

 銃を構える男に、シャハルは口元をあげる。そして、煙玉を自分の足下へと投げた。すると、煙がシャハルを包み、男の目にはシャハルの姿が煙と一緒に消えていく。

 「煙で身を隠す気か……っ」

 シャハルは煙が抜けた玉を手にとり、その中にガソリンを入れる。そして、自身を包む煙が消えていく。そして、シャハルは「ニグム!!」と声をあげる。すると、ニグムは剣を引き、アルマンから離れていく。それを確認し、シャハルは男とアルマンの上へとカプセルを投げる。そして、すぐに銃を構え、カプセルを狙って引き金を一回、二回と引く。すると、弾丸はカプセルに当たり、カプセルが割れれば中に入っていたガソリンがアルマンと男へと降り注ぐ。

 「この匂い……っ! ガソリンか!」

 男はハッと、アルマンへと視線を向ける。アルマンの体には、全体的にガソリンがかかっており、そして体の関節が所々剣によって広げられていた。

 「悪いけど……これで、チェックメイトよ」

 そのシャハルの言葉に、男はシャハルの方へと視線を移す。そこには、火のついた弓矢を持ったシャハルの姿。そして、シャハルが弓を引けば、弓矢はアルマンの口へと。すると、そこからアルマンの体は燃え始めた。

 「はっ! アルマンに炎が効かないのを知らないのか!」

 「知ってるわよ。でもそれは、表面の話。口からガソリンが入り、そこに火を通せば……」

 シャハルの言葉に男は次第に目を見開き、ゆっくりとアルマンへと視線を移す。すると、アルマンの体は次々へと崩れていった。

 「き……さまああああああ」

 男がシャハルに銃を向けた瞬間、男の胸に、火のついた弓矢が突き刺さった。

 「兄の、アッシャの仇、討たせてもらったわ」

 その言葉と同時に、男の体は燃え始め、悲鳴が響き渡る。シャハルはゆっくりとアルマンへと近づく。

 「……あんたが本意でやっていたのかは知らないけど、あなたを生かすわけにはいかなかった。ごめんね」

 そう言って、燃えるアルマンに背を向けると、アルマンの小さな声がシャハルの耳へと届いた。

 「……ハ、ル……」

 その小さな言葉に、シャハルはゆっくり目を見開き振り返る。しかし、アルマンの体は全て崩れ、燃え尽きていた。男の方も、もう悲鳴すらきこえず、真っ黒に染まっていた。

 雨が止み、そっと雲から太陽の光が射す。そんな中、シャハルはやけどによって赤くなった右拳を、ギュッと握った。

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