第三話


「ここの近くに迷宮が一つあるのか」


 朝からネットで迷宮だの魔物だのについて調べていて分かったことが幾つかある。


 まず、日本中で迷宮が発見されており、その数はすでに五百を超えているそうだ。そして、俺が住んでいるこの市でも一つ発見されている。



「名前は『伊黒いぐろ迷宮』。市の名前をそのまま付けているけど少しカッコイイよな」


 そう、各迷宮は市区町村で二つ以上は発見されておらず、その市区町村名がそのまま付けられている。


 次に分かったこと、それは迷宮の構造についてだ。一部の例外もあるようだが大半の迷宮はどこかにある階段で最下層を目指す。そしてそこにいるボスを倒すことで迷宮クリア、と考えられている。

 考えられている、というのは誰も最下層まで行った人が居なく、推測で語るしかないからだ。


 ちなみに『伊黒迷宮』も最下層を目指す方式となっているそうで魔物の情報も公開されていた。昨日倒したゴブリンに王道のスライム、コボルドやオークも現れるそうだ。



「誰かが書き込んでたけどワイバーンもいるらしいな。その人は嘘つき呼ばわりされてたけど、用心に越したことはないからな」


 可能性は低いと思うが、本当にワイバーンやそれに近い存在がいるなら即撤退を考えたほうが良さそうだ。

 と、色々な情報が集まっていて気が付いたのだが、すでに迷宮には多くの人が挑戦しているようだ。



「あとは武器か…リーチは短いけど手近な包丁でいいかな」


 武器は重要な生命線だが、『伊黒迷宮』に現れる魔物は包丁でも対処できると書かれていたからな――ワイバーンが出ない限りだけど。





「よし、持ち物は包丁と携帯食料でいいだろ。あとは…これぐらいで大丈夫かな」


 運動靴を履いて玄関を出る。迷宮へと続いてる通りには、先日まではなかった活気がある。怪我が目立つ人も少なくはないし探索で死んだ人もいるだろう。それでも、どこか楽しそうだ。迷宮と魔物は人間に何をもたらしたのだろうか。

 突発的に起きた世界の変革、それは神によるものとも人為的なものとも言われている。誰が引き起こしたにせよ何らかの目的はあるだろう。『器用富豪』という強力なスキルを得た俺なら、その真意に至ることも出来るのではないか。



「いや、今はこの迷宮を探索することに集中しないとな」


 考え事をしている間に到着していたようだ。ドロップ品――死んだ魔物が落とす武器や特殊なアイテム――を換金する探索者ギルドが設置され、人で賑わう広場。その中央にゲームで見たような魔法陣が僅かに光っている。



「あの魔法陣の上に乗り『ワープ』と声を発すると迷宮に移動する、らしいな」


 これもまたネットから学んだ情報だ。先に述べたことをすることで迷宮内に移動する、そこから魔物を倒しながら最下層を目指す。そして、それを仕事にする者が『探索者』であり、魔物を倒すことで得られるドロップ品を換金してくれる『探索者ギルド』を利用して金銭を得る。



「よく漫画とかであるランクとかクエストは無く、ドロップ品の換金のためだけに存在しているっていうのも少し変だけどな」


 迷宮や魔物が現れ、世界が変わってほんの翌日、なぜか日本だけは多様な情報を集めたwikiが開設されたり、ドロップ品の相場なども決められるなど迷宮関係の整備がなされている。


 探索者ギルドはその相場に応じてドロップ品を買い取っているが、ドロップ品の用途は明かされていない。多くのものが高値で買い取られていることから何らかの用途があるのは確かだろう。

 とりあえず、異常なまでの早さで世界の変化に対応した日本に対して、疑念を持つ人は少なくはない。



「この変化を起こしたのが日本側の人間だってのは飛躍しすぎなのかな…」


 まあ、今から迷宮探索だ。魔物とどれくらい戦えるか、どれくらい下の階層まで行けるかを知りたいな。



「あとワイバーンがいるなら会ってみたいよなー」


 武器は包丁で心許ないけど、もしかしたらと期待している。この『器用富豪』なら、それこそドラゴンまでも倒せるんじゃないかって。



「じゃあ行くか…『ワープ』」


 呟いた途端、石レンガ造りの廊下に移動していた。道幅はおおよそ五メートル、高さは三、四メートルはあるだろう。



「広いのはいいけど明るさがな…数メートル間隔の松明だけって、奇襲されたらヤバいかも」


 松明による灯りは弱く、数十メートル先は薄暗くてほとんど見えない。恐らくこの薄暗い廊下が何十、何百メートルも続いており、突き当たりに階下に降りる階段か魔法陣があるのだろう。



「本当ならもっと周りの様子を見たいんだけど、目の前に見えるあれ、多分ゴブリンだよな」


 薄闇から緑色の小鬼が近づいてきている。それも複数体。迷宮では初戦だし油断せずにいこう。

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探索もボッチでいいです Valnd @wakame-blog

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