第7話 食事

 ひとしきり展示品を見終えてから博物館を出た二人は、その近くの喫茶店に入った。


「楽しかった?」


 エーデルは目の前の席に座るロバートへ問いかける。ロバートは、メニューを注文する端末から顔を上げ、エーデルの方へ顔を向ける。そして、にこりと微笑んだ。


「もちろん。興味深い資料を見ることが出来たし、何より君との初デートだ。楽しくないわけがないだろう?」


 相変わらずの気障キザったらしい言い方に、エーデルはぐっと眉を寄せた。そんな彼女の反応に、ロバートは小さく笑う。


「少し、気分を害したかな?」

「……そういうことは、本当に好きな、それこそデートをするような人に言うべき。言う相手は、私じゃないだろう」

「そうかな? 私としては、間違っていないと思っているんだが」


 未だ減らず口を叩くロバートに、エーデルは溜息しか返せなかった。

 二人はそれぞれ端末から食べたいものを選び、タップして注文する。それが終われば、頼んだ料理が来るのを待つ時間となった。

 エーデルは窓の外の景色を眺める。

 ホログラムで造られた樹木が、木陰で休むアンドロイドの頭上で揺れている。公園では、子どもとアンドロイドが楽しげに遊んでいた。平日なので、基本的に親は仕事だ。そのため子守りはアンドロイドが行なっている。睡眠学習装置が普及した昨今、学校に通う子どもはいないので、こういったところで子ども達は同世代の人間を知り、彼らと遊ぶのだ。

 人同士の関係性は、アンドロイドが生み出されたことでさらに希薄化した。これは一つの社会問題でもあり、同時に決して解決することがない問題だ。どうしても人間は便利な方へ流されゆく生き物であるから。


「……エーデル」

「……何」

「その、君と一緒にいて、私は色々なことを学んでいるよ」

「そう」

「あぁ。夢へ費やす影ながらの努力、それを実際に活かして追い求める姿。どれも素晴らしくて、私にはないものだ。だから、君はいつも輝いて見えているんだよ」

「……何、急に。その、怖いんだけど……」


 ロバートの饒舌な語りに、エーデルはただただ困惑気味に眉を寄せる。そうやって褒められる理由が、エーデルには分からなかった。ロバートは微笑む。


「言っておきたくてね。こういう機会でもないと、なかなか言えないだろう?」

「……それは、否定しない、けど……」


 もごもごと口を動かすエーデルに、ロバートはにこっと先程よりも笑みを深める。その表情に、彼女は小さく眉を寄せた。彼の瞳の奥にある感情は読み取れない。


「ほら、私も君にこういう言葉を投げたのだから、君も何か私に対して言うことや聞きたいことは、ないのかい?」

「……聞きたい、こと」

「なんでも構わないよ。……あぁ、あまり体のことを聞かれるのは、ちょっと。恥ずかし」

「私はそんなことは聞かない、興味もない」


 聞きたいこと、と言われると、エーデルは小さく目を伏せた。

 そんなもの、たくさんだ。どこから来たのか。なぜ携帯端末を所持していないのか。彼の言う「前の職場」とはどういう場所だったのか。どうして護身術以上のものを体得しているのか。他にもたくさんある。

 だがエーデルには、それを聞く気にはなれなかった。それに触れてしまったら、何かいけないような気がして。


「……それなら、一つ」

「お、何かな」

「前のボロボロの義手。あれを嵌めたのは、誰?」


 それはロバートの身辺で、エーデルがそこそこ気になっているところであった。

 技師の整備不良、あるいは不良品を売りつけたとも言い換えられるほど、初めて出会った時に装着していた義手は酷い有様であった。あの時のエーデルは治すことに一生懸命であったが、よくよく考えればおかしな点がある。

 巷で出回っているものよりも、明らかに粗悪な中古品。それを無理やり引っ付けたところを見るに、施術者は素人同然。そんな店がこのアルスリア国内にあるのか。


「あぁ……。あれは、確かに君のような素晴らしい腕を持った人間がやったわけじゃない。でも、早く手を打たないと私の腕の方が保たなくてね。君の言う、ボロボロの義手というのは、そこにそれしかなかったからだ」

「どんな場所だ……。スラムかどこかか……?」


 エーデルの問いかけに、ロバートはただにこりと微笑んでいた。そこへ、二人の頼んだ料理が運ばれてくる。


「ごゆっくりどうぞ」


 給仕をした女アンドロイドは、抑揚のない声でそう言い、頭を小さく下げてからカウンターキッチンの方へ歩いて行った。


「さぁ、いただこうか」

「……ん」


 こくりとエーデルは頷き、目の前のオムライスをスプーンですくう。上にかけられている薄く黄色い卵と、赤いケチャップをじっと見てから、それを口の中に入れた。

 外食は、父が亡くなってからは疎遠になっていたものだ。そもそも、ロバートが来るまでの食事は、経口栄養補水液で済ませていたのだ。


(つくづく、この男に生活の根底から変えさせられている……)


 目の前で美味しそうにカレーを頬張るロバートを、エーデルはじとりと睨むように見つめながら食事を続ける。彼は、彼女の熱い視線に気づき、ぴたりと手を止めてふっと笑いかけてきた。それによって、更にエーデルの眉間に皺が寄る。


「美味しくないのかい、エーデル」

「そんなことはない。そもそも、外で食べる料理が美味しくないはずがない」


 家の中で作る手料理とは異なり、外食する場において提供されるものは、きちんとした調理システムによって作られる料理だ。

 腕のある料理人の指定した量の調味料、具材、火加減などの情報を得た調理用AIが作る。そして、<最適化>を行なった後に提供される。不味い料理が出てくるわけがないのだ。

 エーデルは、無言でご飯を掬ったスプーンを口に運んでいく。ロバートはそれをじっと見つめ、ゆっくりと唇を動かした。


「……君は、優しいね」

「は?」

「賢い君だ。もっと色んなことを私に聞いてくると思っていた。私の、ことの」


 ロバートは言葉を濁したまま、じっとエーデルの目を見つめてくる。

 もっと深い部分を訊ねはしないのか。

 彼の目の語る言葉に、エーデルは小さく眉を寄せた。


「……君は、私のことを深く聞こうとはしなかった。だから私も君に聞かないし、君が何者であっても、気にしない。それだけだ」


 エーデルはそれきり、黙々とオムライスを食べ始める。

 ロバートは、彼女の言葉にぱちぱちと瞬きをしてから、口元を緩める。そして、彼女と同じく、黙々と食事を進めた。

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ただ君に夢あれ 本田玲臨 @Leiri0514

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