第6話 アングヒル市立博物館

 アングヒル市立博物館は、エーデル達の住むレジデンスから無人タクシーを使って十五分ほどの場所にある。そびえ立つビルばかりが目立つアングヒルの中で、くすんだ赤煉瓦の建物と人工芝の小さな庭は、小さな公園が傍にあるとはいえ珍しいものだった。


「こんな場所があったのか……」

「管理局とは方向が真逆だから、気づかなくても無理ない」


 街灯の間に映し出されているホログラムの人工の街路樹とは違う。人あるいはアンドロイドの手入れが必要となる芝を、景観のためだけに生やしているところは、さすが市立博物館といったところだ。今の時代、天然物は高価なのだ。


「リアンも、連れてこられたらよかったんだが」

「……規則があるから、しょうがない」


 今日は、いつもエーデルの傍にいるはずのリアンはいない。彼は、家で電源を抜いて寝かせている。家の中でじゃれて、何か危ないことをしないようにするためだ。

 アンドロイドが一般家庭に普及したからこそ生じた社会問題がある。アンドロイドやロボットにこっそり「特注品」をはめこみ、店の情報を抜き取るという事件が多発した。特に飲食店で横行し、使われている調味料の成分や風味を計算し、自社に持ち帰ってこっそり味を盗むというのは、ニュースでも取り上げられたことがあるほどだ。当時は、人の失職問題と同じくらい世間を騒がせた問題であった。

 これを防ぐため、政府から『アンドロイドお断り』というホログラムシールが配布され、それを貼った飲食店には、特別な事情を除き、アンドロイドは入れなくなった。特別に金を払って店内にある保管施設に預けるか、そもそも入れてもらえない。

 博物館の場合は、アンドロイドやロボットが、万が一にも誤作動を起こして資料を傷つけないように、ということで、『アンドロイドお断り』のホログラムが貼られている。


「というか、これは国民なら知ってると思う、けど……」


 ちらりとエーデルはロバートを盗み見る。彼は、にこりとエーデルへ笑いかけてきた。

 何も言わず、二人は揃って館の自動扉をくぐる。入ってすぐの右手側。女性型アンドロイドが、二人へ微笑を浮かべて話しかけてきた。


「こんにちは、ようこそアングヒル市立博物館へ。ご利用は、二名様でよろしいでしょうか」

「はい」

「それでは、こちらの虹彩認証機を覗き込んでから、館内にお進みください。何か困ったことがございましたら、受付にいる私にお声掛けしてください。素早く対処させていただきます」

「あぁ、では車椅子を一台貸していただけるだろうか」


 ロバートの申し出に驚いたのは、エーデルだ。


「いや、それだと君の好きなように歩き回れないだろ。私は、館内のところどころに座る場所はあるから、それでいい」

「それでも歩くだろう? それに車椅子を押しながら見て歩くくらい、気にしなくてもいい。……それで、貸出はあるだろうか?」

「問題ございません。ただいま、ご用意に参ります。それでは機械の前に顔を近付けてから、館内にご入場ください」


 女性型アンドロイドは、そのまま受付の奥へと行ってしまった。エーデルは双眼鏡のようになっている機械に顔を近付け、数秒頭を動かさずにしておく。すると、電子音がピコンと鳴り、彼女はそっとそこから顔を外す。


「ほら、君も」

「ええとこれは」

「単なる年齢層把握の統計だよ。どんな年齢の人が来たか、っていうのを集計する為にやるだけ」


 おっかなびっくり、ロバートもエーデルと同じく機械を覗いてから、二人で出入り口を通る。

 すると、先程受付に居た女性型アンドロイドが車椅子と共に立っており、二人へ頭を下げた。


「ご返却は、こちらにおいていただいたら私が行ないます。それでは、お楽しみください」


 きちんと頭を下げて、彼女は元の位置へ戻って行った。ロバートは「ありがとう」と彼女の背に声を掛けて、エーデルへにこりと笑いかける。


「さぁ、どうぞお嬢さん」

「……お嬢さん扱いは止めて欲しいって言った」


 むっとしたエーデルに、ロバートは小さく声を出して笑い出した。


 薄暗い館内は、しいんとしている。平日の開館直後という時間帯だからか、人の姿は見当たらない。


「展示品は、アンドロイドのものが多いね。あと戦争関連のもの」

「アングヒル自体、そこまで歴史的なものが多いわけじゃないから。アールースにある国立博物館にまで行けば良かったかもしれないけど……。アングヒルからじゃ、少し遠くてね」

「いや、悪いと言っているわけではないんだ」


 ロバートは、しげしげと目の前の展示品を見る。

 アングヒルからは昔の遺跡も資料も、ほとんど出ていない。そのため、五十年ほど前まで起こっていた戦時中の手記や焼け野原の写真など、アングヒル市民が体験した戦争という観点から、展示がされている。その横では、アンドロイド・ロボットの歴史と称して、アングヒルがアンドロイド産業を確立していった歴史の展示がある。

 エーデルは、ここに博物館があることは知っていたものの、あまり内容に富んでいないことまでは知らなかった。奥歯を小さく噛みつつ、正面にある焼け焦げた手記を見ながら問いかける。


「こういうので、満足?」

「うん?」

「お世辞にも、アングヒルは歴史深い街ではないから。君の望んでいたようなものを提供できているか、分からなくて」

「あぁ、そういう……。そう、だね。充分楽しませてもらっているよ」


 そう言って、彼は掛けられているパネルやキャプションを見つめていた。エーデルはそんな彼の横顔を見つめてから、同じく目の前の品に目を向ける。

 アルスリア国と争っていたのは、南に広がる隣国のエ=ドユェ国。かの国との戦争は、宗教上の理由から勃発した。お互いに総力戦体制で臨み、数多くの人の命が国境付近の戦場で殺されていった。兵力が摩耗し、勝ち筋が見いだせなくなったその時、アルスリア国が人間の兵士の代わりに出撃させたのが、オートマタだ。

 蹂躙とも呼ぶべき彼らの大進撃は、エ=ドユェ国の領地を脅かした。だが、かの国も黙っておらず、飛行機を使った国への空襲やアンドロイド研究所へのスパイの送り込みなど、様々な手段で対抗した。

 そして今から約五十年前、お互いに何が理由で戦争をしているか分からなくなった頃。アルスリア国の女性活動家とエ=ドユェ国の女性活動家が戦争終結の抗議文を提出し、激しい戦争抗議活動を繰り返した。そして、その結果。お互いに干渉しあうことなく何も受け渡さないということを条件とした停戦協定が結ばれた。

 だが、今でも軍部は存在しているし、成人男子の数パーセントは軍人に志願するとも聞く。完全にわだかまりがなくなったわけではない。


「戦争というのは、本当に……恐ろしいな……」

「……そうだね」


 エーデルとロバートはそれきり言葉を交わすことはなく、ただ展示品に目を通していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る