第4話 戦車部隊の恐怖

 エン国軍・ヤタハン砦

 

「何、傀儡兵が全滅……」


 金髪碧眼の美青年の前で、傀儡兵はその目に相当する赤い石から光を放ち、木製のテーブルに映像を投影していた。そこには、ロブ村に送り込んだ傀儡兵が、村に至る途中で全て破壊され地面に伏している映像が映し出されている。

 この金髪の男、名をソダイといい、ヤタハン砦を任されている前線指揮官の魔族である。

 人間は幼少期に筋肉をつけ過ぎると背が伸びづらくなるというが、魔族は生まれもつ魔力が大きければ大きい程身体の成長がにぶくなると言われる。そして、四十を越える頃にはその成長は殆ど止まってしまい、その時の姿のまま数百年、或いはそれ以上の年月を過ごすことになるのだ。故に、魔族は年幼い姿であればある程力が強い。青年の姿のソダイは、さしずめ魔族としての個の力は可もなく不可もなく中ぐらい、と言った所であろうか。


「ふふ……そうかそうか」


 送り込んだ兵を全滅させられたというのに、この男の表情は余裕ありげであった。


「重戦車部隊を出撃させろ」




 エン国が北に兵を繰り出し人間たちの集落を襲うのには、二つの理由がある。

 まず一つは、魔族自体が人間を深く憎んでいるということ。これにはこの世界の創世神話が深く関わっている。彼ら魔族はジョカとフッキという二柱の神が泥から人間を作った時、余って捨て置かれた泥がマナに触れて変質したことで生まれたのだ。


 ――我々は、あの人間どもの残滓のこりかすだというのか。


 自分たちよりも劣った能力しか持たない人間が神による被造物で、自分たちはその余りから生まれたという創世神話が、元々プライドの高い魔族たちの心情にどれ程の傷を負わせたかは想像に難くない。故に、魔族たちは人間に対してひとかけらの情けもなく、一切の容赦をしないのである。

 もう一つの理由は、資源の問題である。彼らがいざ人間たちの住む北地に攻め込み占領下に置いてみると、そこでは魔鉱石が採掘できる鉱山が多く見つかったのだ。魔鉱石は人間にとっては無用なものに過ぎないが、魔族にとっては傀儡兵の動力になるのみでなく他にも様々な用途があり、魔族社会では大変に需要が高い。故に、彼らの侵攻は資源獲得戦争の側面も持っている。人間にとってはお世辞にも住みやすいとは言えない北の大地が、魔族たちにとっては資源の宝庫であるというのも皮肉な話であろう。




 トモエは荷支度を終え、村長の所へ挨拶に向かっていた。


「しつこいようで大変すまないが、本当に行くのかい?」

「心遣いはありがたいですが、これがあたしの決心です」


 村長は流石にまだ不安げな表情を隠していなかったが、さりとてもう引き留めるのは諦めていた。 

 トモエが頭を下げた、まさにその時であった。

 遠くに白く細長い煙が立ち上りたなびいているのが、村長の目に入った。その時、村長の顔色が、一瞬で変わった。


狼煙のろしだ……敵襲!」


 村長の一声で、村中に一気に緊張が走った。

 ロブ村は敵の襲来に備え、南の山に烽火ほうか台を設置し、そこから狼煙を上げることで敵の襲来を告げる仕組みになっている。見張り役は、村の男たちで分担して行っている。

 村民は、男も女も忙しなく動き回っていた。村の南側の平地に木製の拒馬きょば柵や矢避けの木板を互い違いに設置し、そこに弓を持った男たちが立った。危険な前列に立つのは年嵩の男たちである。自分の子どもが既に大きくなっているので、自分が死んでも残された子が家をまとめてくれるためだ。逆に、比較的若い男は村の中で待機している。前列を突破され、村になだれ込んできた敵と戦う役目を担っているが、できれば村のど真ん中で戦うような事態は避けたい。

 ロブ村にはエン国の侵略を受けて村が滅び、逃げてきた者たちが合流していて大所帯となっている。だがそれでも先の戦いで少なくない男たちが犠牲になっており、男手が足りているとは言い難いのが現状であった。


 太陽が、中天に高らかと昇っている。最前列の男たちは、全身を強張らせながら、武器を手に敵を待ち構えていた。戦いへの恐怖が脂汗となって流れ出し、首筋を、武器を持つ手を濡らしている。エン国軍と戦うのは恐ろしいが、さりとて自分たちが戦わねば無抵抗のまま鏖殺みなごろしにされるのみである。背後に背負う妻子のことを思えば、逃げ出そうなどとは思えなかった。

 その、男たちの耳が、音を拾った。大地が、震えている。その地鳴りと共に、黄色い砂塵を蹴立てながら、何かがこちらへ突進してきているのが見えた。


「……戦車チャリオットだ!」


 前列の男の一人が、金切り声で叫んだ。

 目の前から、四頭引きの戦車が横隊を組んで迫ってきていた。その数はざっと三十台程であろうか。馬は黄色い甲板を繋げた鎧甲に覆われている。

 馬によって牽引される車には三体の傀儡兵が乗り込んでいる。手綱を握っている中央の一体は御者として馬を操縦し、後方には左側に弩兵、右側には柄に対して直角に刃の付いたという長柄武器ポールウエポンを持った兵が立っている。武器を持ち攻撃を担当する左の右の兵はそれぞれ「車左」「車右」と呼ばれ、「参乗」と呼ばれる御者を含めた三人からなるユニットは戦車を運用する際の基本的な構成だ。

 最初に叫んだこの男は、つい最近滅びた別の村から逃げてきたという経緯を持っており、彼はその時に戦車に襲われたことがあった。その時の恐怖が、彼の脳裏に蘇ったのである。

 鎧を纏った馬たちが、地響きを立て、砂塵を巻き上げながら疾駆する。その様子は大いに威圧感を感じさせるものがあった。その様子に恐怖し怯え切った男たちが、とうとう耐え切れなくなった。勝手なタイミングで矢を放ち始めてしまった。だが、焦りからか敵を引きつけない内に射かけてしまい、矢は戦車よりもずっと手前の地面に突き刺さっていった。それらの矢を踏み折りながら、戦車は急接近してくる。

 戦車部隊の攻撃は、弩兵による射撃から始まった。だが、それらはあくまで牽制程度の効果しかない。走る戦車から射る矢の命中精度などは察して然るべきである。

 だが、真の恐怖はここからであった。戦車の前に立ち塞がる拒馬柵と木板、それらが戦車の突進によって一思いに跳ね飛ばされた。本来馬を食い止めるためのものであるはずの拒馬柵は、何の役にも立たなかった。それを見た村の男たちは一様に恐怖した。

 槍と盾を構えた男たちが前列に繰り出す。だが、彼らは重装備の馬の威容を前に、気圧されて腰が引けてしまった。やがて彼らは戦車と接敵したが、まるで相手にならなかった。ある者は槍を突き出す前に馬に跳ねられ、またある者は戈によってすれ違い様に首を刈り取られた。至近距離から弩で射られ倒される者もいた。


「エン国の誇る重戦車部隊に貴様らが敵うものか! はっはっはっ!」


 中央の戦車の左側に乗り込むスキンヘッドの男が、大口を開けて笑い声を上げた。重戦車部隊の指揮官であるこの男は魔族であるが、中年に近い年嵩の容姿故、魔族としての力は弱い。だがその代わりに、鍛え上げられた鋼の肉体を誇っていた。その証拠に、彼の手にはかなり張りの強い弓が握られている。このような強弓は剛腕がなければ引くことは叶わない。

 エン国の重戦車部隊。その強さの秘訣は、鎧の首の部分に十個程、首輪のように縫い付けられた魔鉱石にある。魔鉱石を縫い付けられた鎧は魔導鎧と呼ばれ、これに術者が魔術を施すことで任意の魔術効果を付与することができる。この馬の鎧に付与されたのは「硬化」と「装着者の身体能力強化」であった。これによって拒馬柵でさえも跳ね飛ばす打たれ強さと、重量級の鎧に覆われているとは思えない疾走力を得ているのだ。加えてこの馬を四頭引きにすることで、さらに速度を増している。

 重戦車部隊に対して、鎧も着けず、貧相な装備の村の男たちは全くの無力である。戦況は、このまま一方的な虐殺の様相を呈するかと思われた。だが、そうはならなかった。


「はああっ!」


 女の甲高い声と共に、先頭の戦車の車体が、一撃の下に粉砕されたのだ。乗り込んでいる傀儡兵は、武器を振るうことなく吹き飛んでいった。突然のことに驚いたのか、馬はパニックを起こし、いななきを上げて走り去っていってしまった。

 あの女が、戦場に現れたのである。

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