第5話 戦車も拳で粉砕!

「あ、あんたはトモエさん!」

「やっぱすげぇ……あれを一撃で……」


 村を守る男たちの賞賛の声が、一か所に浴びせられた。

 戦車を破壊したのは、トモエの拳であった。彼女は片膝立ちの状態から立ち上がると、戦車を残骸に変えた自らの右の拳をふっと吹いて砂を飛ばした。

 だが、まだ一台の戦車を仕留めたのみである。他の戦車は好き勝手戦場を荒らし回り、虐殺の限りを尽くしていた。村の男たちは武器を手にしていながら、ろくな抵抗ができないでいる。

 そのトモエにも、二台の戦車が背後から接近していた。右側の戦車からは弩兵の矢が、左側の戦車からは戈の刃がトモエを狙う。だが……


「そんな攻撃、お姉さんにはお見通しよ!」


 トモエは、何とその場でバッタのように跳躍したのだ。身軽な格好をしているとはいえ、人間離れした跳躍力である。そして、隙を作った弩兵と戈兵に向かって、きりもみ回転しながら蹴りを食らわせ、その腕ごと武器を弾き飛ばした。

 トモエは地面に着地すると、その二台の内の左側を睨みつけた。左の戦車には車左、つまり弩を持つ兵が残っており、引き金が引かれて矢が放たれる。トモエは矢を掴み投げ返したが、その矢は何に当たるでもなく地面に突き刺さった。

 トモエはその戦車を追おうとした。だが、馬四頭に牽引される戦車は流石に速く、徒歩かちではとても追いすがれるものではない。


「ううむ厄介……」


 トモエの視線が左右に振られる。すると左方に、こちらへ向かって突進をかける戦車があった。トモエは素早く車に跳び乗ると、戈兵の胸に拳で穴を開け、弩兵を車台から投げ落とした。落とされた弩兵は手に持った弩ごと、後方から走ってきた戦車に潰され粉々になった。


「この戦車、あたしがいただく!」


 戈兵と弩兵を排除したトモエは馬の手綱を握る御者の胸に拳の一撃を食らわせ、その胸を貫いた。そして御者を車台から投げ捨て手綱を奪い取った彼女は、馬を操縦して別の戦車の背を追い、その車台に跳び移った。先程と同じように、車台の傀儡兵は彼女の拳の一撃で、粉砕されてしまった。

 このように、トモエは戦車から戦車に飛び移りながら、次々と戦車兵たちを拳で叩き潰していった。さながらその様子は、かの源九郎義経が、壇ノ浦の戦いの際に船から船へ跳躍したというものに似ている。尤もそれは義経のように敵から逃げるためではなく、寧ろ率先して敵を潰すための跳躍であった。

 トモエは戦場で八面六臂はちめんろっぴの大活躍をしてのけた。しかしその時、既に二台の戦車が村への突入を目指していたのである。


 この時、リコウは村の入り口に当たる場所で弓を持ち、剣を腰に帯びて矢除けの木板の後ろでじっとしゃがんでいた。できれば、自分が弓を引くことなく終わってほしい。そう願わずにはいられなかった。

 だが、その淡い希望を打ち壊す音が、彼の耳に飛び込んできた。


「この音……馬か!?」


 馬蹄によって大地が踏み鳴らされる音が、段々と近づいてくる。リコウは咄嗟に弓を番えて引き絞った。視線の先に見える敵影が、徐々に大きくなる。やがて、鎧で覆われた馬の頭がはっきりと見えるようになった。


「あ、あれは……戦車ってやつか!?」


 リコウは村の大人から、そのような兵器の存在を聞いてはいた。だが、今までそれを実際に自らの目で見たことはなかったし、当然戦ったこともない。それでも、やることは一つだけである。持てる武器で、敵を倒すことのみだ。

 敵をぎりぎりまで引きつけ、今だ、とばかりに、リコウは引き絞った矢を放った。リコウの手を離れた矢は、馬の顔面めがけて空を切り裂きながら一直線に飛んでいく。しかし、矢は馬を貫くことなく、その頭部を覆う鎧に弾かれてしまった。


「なっ……何て硬さだ」


 リコウの弓は強いが、それでも硬化の魔術を施された魔導鎧を貫徹することはできない。リコウは歯をぎりぎりと噛みしめた。


「クソッ……正面からじゃ駄目だ……」


 敵の戦車は、全力疾走で迫ってくる。弩兵が弩を構え矢を射かけてきたが、リコウはそれが飛来する前に左方にある針葉樹の影にさっと身を隠した。

 地鳴りが、近づいてくる。リコウの首筋には、滝のように汗が流れ出している。あれが村に突入してくるのは、絶対に阻止しなければならない。戦車が目の前を通り過ぎるその時、リコウは車台に乗っている傀儡兵に当たるように矢を放った。だが、高速で疾走する戦車に対して矢を命中させるのは容易いことではない。矢は車台をかすめて向こう側の地面に刺さってしまった。


「だ、駄目だ……う、動きが速すぎて狙いが定まらない!」


 戦車が爆走する先には、守るべき村がある。戦車は木板を跳ね飛ばして一直線に村へ突入した。そしてさらに悪いことに、後方から、もう一台の戦車がやってく音が聞こえた。すかさずリコウはそちらを向く。せめてこの一台だけでも仕留めたい。


「ガキャ! 死ねぇ」


 蛮声が、戦車から聞こえる。後方から来た戦車の車左は、弩を持つ傀儡兵ではなかった。そこにいたのは首の左側に黄色い紋章のある、スキンヘッドの厳めしい男であった。


 ――あれが指揮官か。


 リコウは瞬時に察した。あのスキンヘッドは魔族の戦士であり、この戦車部隊を統率する前線隊長だ。魔族と人間の容姿は殆ど変わらないが、判別の際の目印となる大きな特徴として、魔族には首の左右どちらかに紋章が浮かび上がるというのがある。

 スキンヘッドは矢を番え、迫りくる戦車の車台の上からリコウを狙っている。リコウは咄嗟に横へ飛んだ。この敵の放った矢はすんでの所で躱すことができたが、そこからリコウが体勢を立て直して再び敵を狙う頃には、既に戦車は走り去ってしまっていた。ここから狙っても、矢は当たらないであろう。


「村が……村が危ない!」


 リコウは走り出した。自分の後ろはすぐ村なのだ。たった二台とはいえ、高速で爆走する戦車を相手に村の者がまともに戦えるはずもない。

 そして案の定、リコウの恐れていたことは現実となっていた。


「何だこれ……滅茶苦茶だ……」


 馬の突進によって木板や拒馬柵が跳ね飛ばされ、畑が踏み荒らされ、家屋が破壊される。勿論黙って荒らし回られるわけにはいかない。村の者たちが弓や剣を手に取り、敢然とこれに立ち向かう。その中には若い男だけではなく、女たちも交じっていた。


「馬鹿め! 雑魚がいくら集まろうと重戦車に敵うものか!」


 スキンヘッドの笑い声が響き渡る。彼の言う通り、村の者たちはこれに全く歯が立たない。弓の狙いは定まらず、剣で接近戦を仕掛けようにも疾駆する戦車相手に近づけない。彼らは無残にも、車台から射かけられた矢に貫かれ、戈の刃に首を刈り取られ、馬の突進に撥ね飛ばされるのみであった。


「クソッ……止まれよ!」


 リコウは一台の戦車に向かって、その後方から矢を放った。当たらないかと思いきや、その矢は運よく弩兵の胸を貫いた。


「や、やった!」


 狂喜するリコウ。しかし、そこにもう一台の戦車が迫る。スキンヘッドが乗り込む指揮官車だ。スキンヘッドの隣の傀儡兵が振るう戈の刃が、この少年の体目掛けて振り下ろされる。


「――っ!」


 避けようとしたが、間に合わない。リコウは今度こそ、首を刎ねられるのを覚悟した。

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