第18話「海の底の灯台」

吹きすさぶ風の中 防波堤を歩く

テトラポッドの隙間から

波がひらひら手を振った

置き去りになった赤い浮き玉

一瞬さらわれてはまたとどまる

沖からは果てなく波が押し寄せて

見ているだけでのまれそうになる


海に張り出した遊歩道へ渡る

その先にある小さな灯台

海が見たいと云ったのは わたしなのに

あなたはぐんぐん行こうとする

たどり着く先は海原うなばら

あなたの選んだ道のように果てがない

イエス と思わないわたしに

あなたは見限るように背中を向ける


横風がなぶ

あなたが倒れそうになるから

シャツの裾を掴んだ

ごう 

風の音に耳を殴られ

まだ足りない気がして

背中に抱きついた


いつもより大きなあなたの背中

まるでこの海のよう

立ち止まっていたいのに

ごう 

また風が唸って

あなたは再び歩きだす


白い小さな灯台は

風をうけ 波を被る 沈黙のしるべ

そのふもとに 前髪をなびかせて目を細める青年


何を見ているのか

何処へ行くのか

あなたが地平線に吸い込まれそうで

また海を抱きしめた

顔を埋め じっと耳を澄ます

このままあなたの背中に沈んでいく

海底に落ちたわたしは

静かにゆらぐ藻屑もくずとともに

あなたを見上げる


羽根のようなシルエットが波に乗る

美しい弧を描く四肢ししのオール

しぶきに向かう意気揚々とした瞳


眩しいほどの揺らめきに酔う

その姿を追うだけで 時が止まり

踊るような残像がからみついて 動けなくなる


存分に渡れますように

存分に使えますように

その瞳の煌めきが 

いつまでも絶えませんように


いつしかそれが わたしの願いになり 

光になり 支えになる

ならば

あなたをいてあげよう


浮き玉がテトラポッドにとどまるのなら

わたしはここにとどまろう

海の底の灯台になって

あなたを照らし続けよう


あなたが迷っても 

立ち止まっても 行ってしまっても

ふいに 戻ってきて

また 行ってしまっても


いつもいつまでも 祈り続ける

永くゆるい光をたたえて あなたを迎えよう


ごう(GO)

あなたが言った

目の前に立ちはだかる紺碧こんぺきのうねり


ごう(GO)


わたしは

あなたの足もとを照らす ともしびになろう


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る