22:決戦前夜の時間は長い

【第134回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:煮えたぎる感情/おとぎ話の王子様

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


:::


「被害者が……いる?!」

 

 五月先輩はクリアファイルの中身を取り出す。中身は、SNSのメッセージ画面だったり、電子メールの画面が印刷されている。静留くんと分けて読むと、そこには、例のオッサンに受けたという被害のことが書いてあった。

 曰く、仕事のミスを隠す代わりに尻を撫でまわされただとか、飲み会のテーブル下で太ももをさすられたとか、だ。


「名前は明かせないが、工場のほうにもいてな。退職したひとの中にも」


 もちろん、こうやって第三者に見せることを了承してくれたひとだけだが、と付け加えて。


「工場勤務にも?」


 現金にも、煮えたぎる感情が浮かび上がる。あのおっちゃんに聞かせてやりたかった。あなたが分かってないだけで、陰でつらい思いをしているひとがいるんだと。


「どっ……どうやってこれを」


「……数年前から、飲み会や雑談、クローズドのSNSで、ぽつぽつと。親しくなったり、急に退職した人間から打ち明けられたりはしていた。だが、二人も分かっている通りの対応の会社だろ? そして俺自身も、静留の元彼女の一件が無ければ、男性への被害という面を考えなかったから……正直、今までどこか、別の世界の話だと思っていた節がある」


 五月先輩が、私に対してセクハラ防止研修をけしかけてきた背景の一つはこれだったのか。そして、皆が五月先輩に打ち明けていたことに驚きはしたが、同時に納得もした。冷静だからこそ、愚痴ったり、秘め事を明かすには最適な相手なのだ。本当は情の厚い、真面目なひとだから。


「これを了承してくれた面子も、困ってる社員がいると説明したら『力になりたい』と。中には、声を上げると言ってくれているひともいる。だから」


 そうして先輩は、運ばれてきたウーロン茶に口に付けた。


「これを根拠に、もう一度俺も話す。一緒にやれるか、静留。そして、小湊も」


 ちらりと、静留くんを伺う。彼は、紙を見ながらしばらく黙っていたが、ぽつりと言葉を落とした。


「……僕は、幸せものです」


 上ずった声は、先ほどまでの悲壮感がなくなっていた。


「合歓さんがいて、五月先輩がいて、そして、勇気を出して声をあげてくれたひとがいる。だから……お願いします、僕と一緒に、立ち向かってください」


 ――ああ、と私は胸の中に、言葉に出来ぬ感情が浮かび上がるのが抑えきれなかった。

 あの静留くんが。いつも他人を思いやって、目を気にして「自分」を押し殺すひとが。自分だけで逃げようとしたひとが「一緒に」と言えた。まるで、おとぎ話の王子様みたいに凛としていて、だからこそ、再び叩き潰されてなるものかと気持ちが湧く。


「うん、一緒に」


「ああ」


 自然と私たち三人は、手を差し出していた。手のひらを重ねて、大人なので小声で「おうっ!」と気合を入れた。



 一つ、仕事と関係ないのに過度な身体接触をされたこと。

 一つ、勝手に他人の性的指向についての決めつけをしたこと。

 主にこの二点に絞って、話すことに決めた。

 そして、静留くんが予想していた、先輩……名前は四十万しじまというらしいのだが、四十万氏の性的指向についてのことは憶測で話をしないようにと、五月先輩がくぎを刺した。

 静留くんが言うのは。あくまで自分が被害を受けたということで、相手がどんな指向であるかは問題にする必要はないのだと。これは静留くんも「アウティング」の問題として気にしていた部分ではある。

 そうこうして迎えたのが、またも週明けの月曜日だった。

 

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