21:わたしの先輩はヤリ手であった

【第133回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:大変長らくお待たせしました!/眼鏡を外す


#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


::::


 ついに迎えた月曜日。いつも通りの仕事をこなす中、頭の片隅では恋人のことで一杯だった。

 静留くん、大丈夫かな。

 金曜の夜、彼は総務のセクシャルハラスメント対策担当者に話す決意をした。不安はぬぐえない様子だったが「今は、この仕事を辞めたくないです」と彼は心を決めてくれたのだ。

 朝にもメッセージアプリで「頑張ってみます」と送ってくれた彼だ。おそらく、行動に移っている(もしくは、移ろうとしている)だろう。

 そしたら、私もなにかしら証言ができるはずだ。呼び出しはまだだろうか。

 時計の針が進むのが、こんなに長く感じる日もそうそうないな、と思った。

 そうこうしていると、午前中の短い休憩時間になる。いつものように休憩に入ると、ふと雑談の内容が耳に入ってくる。


「――『機械の扱いが上手くない奴は、女の扱いも下手だ』って言ったら『それセクハラじゃないですか』ってさ。ただの冗談なのにさあ、参っちゃうわ」


「だよな。昔はよかったわ。そんなん気にしなくてよかったし。おおらかだったし平和だったなあ」


 話しているのは、一旦退職し、パート勤務になっている古株の社員だ。平均年齢六十代前後の彼らは技術も知識もあり、仕事面では頼りになる大先輩諸氏であり「おっちゃん」と読んでそれなりにコミュニケーションはあるものの、世代間のギャップはなかなか埋まらない間柄でもある。


「おおらか、っすか」

 

 うっかり口をはさむ。すると彼らはあいまいな表情を浮かべ、私を見る。


「合歓ちゃん、変わりもんのアンタにはピンとこねえかもしれんけどなあ。なんでもかんでもやれセクハラダー、パワハラダーって言われたらさ、なにも言えなくておっちゃんは苦しい訳よ。なんなら今は男が男の尻を触ってもセクハラなんだって? ケツの穴がちっせえよなあ。男でおっ勃つかよ」


 ケラケラ笑う諸先輩方を眺める。半年前くらいの私なら、なんの感慨も無く「そうっスよねえ~」と流せていた話の筈だ。しかし今は違う。

 その「おおらか」なせいで、どっかのだれかがなにも言えずに苦しんでいるのを分かってしまった。

 ああこれ、私だから言ってるんだよな。「下ネタ女」の私だからか。

 珍しく、腹の虫の居所が悪いぞ。だが一応、ここでわめき散らしてもマイナスにしかならないことくらい、分かっているつもりだ。


「……おっちゃんでおっ勃つやつも、よしんばおったかもしれんねえ」

 

 そんなことあるわけねえだろ、男だぞ。と相変わらず笑ったままのおっちゃんらに背を向けたとき、休憩終了の合図が鳴った。

 ジワリと心の中に不安が広がる。ああ、こんな会社だったんだよなあ、と。



「……そんな事実はない?!」


「そう、主張されまして」


 金曜日の夜、帰りに静留くんと私は、市内の小料理屋に居た。

 ――今日は静留くんのセクハラに対抗するための作戦会議なのだが、招集をかけた張本人である五月先輩は現れない。

 先週、被害を会社に相談することを決めた時、念の為に五月先輩にも相談していたのだ。

 仕方ないので、ノンアルコールの飲み物と適当な料理を注文し、先輩を待っていたのだが。急かして静留くんから聞き出した途中経過は散々なものだった。

 静留くんは勇気を出して対策担当者に話をしたらしいのだが「加害者側と思われる先輩」に事情を聴いたところ、そんなことはないと先輩は主張したのだという。


「『誤って触ってしまったのかもしれませんが、当方にそんな趣味はないので濡れ衣です』って」


「なっ……いけしゃあしゃあとっっ!? ちょ、ちょっと待って、私、見たって言ったのに」


 月曜日の午後、呼び出されて私も総務の担当者に目撃証言をしたのだった。嫌がる彼に必要以上に近づいて、業務に関係ないプライベートなことを聞いていたはずだと。


「……たぶん、うちの部長が口添えしてるんだと思います。先輩は部長の腰巾着みたいなひとで、重宝してるので。セクハラうんぬんでトラブルになるくらいなら、もみ消した方が良いと判断したんだと思います」


 僕は部長とはあまりソリが合わなくて、と付け加える。


「せ、折角入れた社員をなんだと思ってるんだIT戦略部?!」


「あまり言いたくないのですが……部長は、他部署の五月先輩があまりお気に召さないみたいで。五月先輩の紹介で入社した僕のことも気に入らないのだと」


 五月先輩は、生産管理部の社員ではあるものの、他部署との連携を大切にしているひとだ。部署の垣根を越えた付き合いもし、ギスギスしがちな現場と事務方とのつなぎ役にもなってくれている。

 静留くんと付き合うきっかけになった部署入り乱れの飲み会も、そういえば五月先輩が企画したものだった。

 私は付き合いが長いのであまり気にしたことがなかったが、たしかに彼の冷静かつ独断的な部分が気に障るひともいるだろう。


「手を広げすぎている五月先輩が気に入らないって、前に愚痴ってましたし。一応、副部長が僕のことを評価してくれているので、部署内ではなんとか仕事ができてるんですけども」


「くっそ、敵はあのセクハラクソ野郎だけじゃなかったのか……!」


 なんということだ。会社自体は嫌いでなかったのに、これではセクハラ防止研修とはなんだったのかと腹が立ってくる。

 静留くんはかわいそうに、食べ物はおろか飲み物にすら口を付けていない。

 どう声を掛けていいものか悩んでいると、ふっと人の気配がした。


「待たせた、すまない」


 良く知った声に二人同時に顔を上げると、そこには五月先輩がいた。

 性急な様子で席に付くと、先輩は眼鏡を外しておしぼりで顔を拭いた。おいおい、イケメンが台無しだよ。

 

「大変長らくお待たせしました! くらい言ってくれてもいいもんですけども。それより大変オッサン臭いしぐさをしてどうしたんですか先輩」


「目の疲れが……そんなことはどうでもいいんだ。待たせてすまなかった。ようやく有利な情報が手に入った」


「有利な?」


 ふー、と一息ついた先輩は、カバンからクリアファイルを取り出す。


「静留以外にもいたんだよ、セクハラ被害者がな」


 

 

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