23:汚れ役は私の仕事でしょう

【第135回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:ナンセンス/使い古された言葉


#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


:::


「だからね、その、もう当事者同士で話してください」


 うんざりした表情で、セクハラ窓口担当の男性……佐藤は言った。

 月曜日の午前中である。総務の隅にある、パーテーションだけで仕切られた簡易的な会議スペースに、私と静留くん、そして五月先輩は座っている。もう一回資料を見せて話を、と切り出したら、開口一番言われたのがあのセリフだ。


「四十万さんへの事実確認はもうしたでしょう。彼もね、そんなことしてないって頑固なんですよ。だからもう、私から話してもなしのつぶてなんで」


 ちらちらと時計を見ながら佐藤氏は話す。早く話を切り上げたい意思を隠そうともしない。


「そんな。こちらの言い分は……」


「うちもね、最初こそ記録残さなきゃいけないんで話を聞きましたけどね……なんだその、ええと、彼が明確に性的に乱暴されたとかだったら話は別ですけど、そういうことじゃあないんでしょう」


 それは、と静留くんが言いよどむ。


 だからね、佐藤はため息をつく


「だったら当事者同士で誤解を解いてもらうのが一番だと私は思うわけです。まあ、四十万さんの様子を見てると、話ができるかは――」

 

 語尾を濁すと「たかだかスキンシップ程度で……私も忙しいんですわ」と本音が漏れ出たらしく、佐藤氏は慌ててうやむやな表情をする。ですが、と食い下がろうとする五月先輩だったが「君、生産管理部の五月くんだよね? こういうことしてて大丈夫?」と話をすり替えてくる。


「出世頭って聞いてるよ? でもね、こんなことにかまけてるとすーぐ追い抜かれると思うんだよね。ああ、そっちの小湊くんは現場大丈夫なの? 良くないと思うね、リーダー候補が抜けてるのは」


 ナンセンスにもほどがある! 私たちのことはなんら関係がないはずなのに。「なにを」と反論しようとした瞬間、私たちの顔など見ていない佐藤氏が「時間です」と冷ややかに言った。


「相談時間は三十分でっていうお約束でしょう。正直今日は予約もなしに話をしたんだから、それだけでもありがたいと思ってください。ではこれで私は失礼します」


 ちょっと、と引き留める間もなく、佐藤氏は足早に立ち去ってしまった。



「な、な、なんじゃありゃ~~~~!!」


 食堂の一番端っこに座り、机に突っ伏して叫ぶ。

 時は昼食時。我ら三人は定食を囲んで再びの作戦会議である。


「なぁにが相談窓口だよあんなのハリボテじゃんかなにが『当事者同士で』だよ使い古された言葉過ぎてこれのどこがISO基準の工場だよ!」


 ISOは関係ないと思うが、という五月先輩のツッコミも、いつもほどのキレがない。


「……正直、最初もあんな感じでした。それをなんとか粘って、四十万先輩への聞き取りをしてもらったようなもので」


 ごめんなさい、と静留くんが謝る。


「謝るのはおまえじゃない。しかし、あそこまでずさんだとは」


 せっかく用意した資料もロクに見ずに突っ返された五月先輩は、珍しく頭を抱えている。


 私はというと、これ以上口が空いていると罵詈雑言が飛び出しかねないので、ふさぐために定食のご飯を掻っ込んでいる。

 二人もしぶしぶ食べ始め――とはいうものの、特に静留くんはほんの少し食べただけであとは手を付けてもいない――とりあえず昼飯を終わらせた。


「……どう、しましょう」


 乗り込んだ先で出鼻をくじかれ、静留くんは意気消沈している。五月先輩はなにやらスマホで連絡を取っているが、その横顔は険しい。


 ううむ、モヤモヤ、むかむか。

 お茶を一気に飲み干し、私は覚悟を決めた。


「静留くんにこれ以上負荷をかけるのは忍びない。五月先輩は出世に傷が付く。ならばこの私が、汚れ役をやるのが最適」


「合歓さん?!」


「乗り込んでやろうじゃないですか、敵の本陣にね。『当事者同士の話し合い』に、私がその四十万氏を引っ張り出す!」

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