8:わたしの彼氏は無防備だ

【第119回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:今回ばかりは

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


;;;


「今回ばかりは、我慢できないかも……」

 今、夕方17時を回った時分。目の前には、再生の終わったDVDのメニュー画面。そして、膝の上に転がる静留くんの頭。

「……いやいやここは、耐えろ、耐えるんだ小湊合歓ッッ!」

 すやすやと寝息を立てている彼は、私の葛藤には一切気づいていないだろう。

 いつも通り、週末おうちデート中である。静留くんが好きだという映画を一本見せてもらうのが今回のメインイベントだった。

 モノクロの無声映画、知り合わなければ見る機会もないその作品は、正直彼の解説がないと私には理解出来ない代物。そのうちに、彼の口数が少なくなり、気付いたらこっくりこっくり、船をこいでいた。そして、避ける暇もなくこちらに倒れ込んできて、今に至る。

 原因は分かっていた。一週間前、社内で使っているシステムで原因不明のエラーが出て、彼の所属するIT戦略部は午前様の日が続いていた。ようやく解決したのが昨日である。

 つまりは疲労と寝不足だ。なんつう働き方をさせるのだ弊社よ。つーかデスクワーカーにそこまでさせるのかよ。あんだけ工場のやつらに労基法を守れだのなんだのうるさい癖に。

 おっと、わが社への恨みが出てしまった。

 それはさておき。無理してこなくても、とは思ったのだし、その通りに伝えていたのだが「大丈夫だから合歓さんと一緒にいたい」と言われてしまえば断れなかった……というか、そんないじらしいことを言ってくれるのがうれしくて舞い上がったというのが本音だが。

「あのー、静留くん。あのー、お帰りになります?」

 ゆさゆさと身体を揺らしても「んん」と言葉にならぬ声が出るだけで、起きる気配はない。

 担ぐにしても、いくら細い静留くんとはいえ身長もあるので、悲しいかな小太りで体力のない私はお姫様抱っこも出来かねる。くそ、やはり脂肪を筋肉に変えなければならない。できないけど。

 さてどうしよう、と考えを巡らせていると、はっと気づく。

「……これは、お持ち帰りならぬ、お泊りコース?!」

 おお、なんという魅惑の言葉。お泊り!

 そう。起こせないなら寝させておけばいいのだ。どうせ明日は日曜日である。

 いつもならば、夕食を共にして、愛車(軽自動車)でご自宅までお送りするのだが。

「お、起こすのも気が引けるんだな……だから……このままでいいんだな……」

 膝に頭を預けて眠る静留くんの顔をまじまじと見ながら、言い訳を呟く。

 細くてさらさら、柔らかい髪の毛は、スーツの襟にかかるくらいの長さがデフォルト。伏せられたまつ毛は、下手なつけまつげとやらより長くて魅力的。無意識だろう、少し口をすぼめた表情もあどけなくて、無防備で。のどぼとけがたまに上下する動きで、やっと彼が成人男性なのだと意識できるくらいに――かわいい。

「こ、今回ばかりは、我慢ができ……でき……」

 あーーーーーーなんつう無防備! 無防備すぎる! 今ならなんかやっちゃっても大丈夫じゃないかなんて魔が差しそうっていうか今さした。

「さ、先っちょだけ……先っちょだけだから」

 指で頬っぺたをなぞる。柔らかい肌と体温があたかかくて、ああ生きてるなあなんて思う。口づけを落としたらどうなるかなあ、なんて思って――やめとけお前、彼をどうするつもりだ、と一応天使の格好をした「良心」が頭の中で囁く。

「やめときます、やめときますよっ。どーせ……あし、足がっ、しびれ……」

 びりびりびり、と足にあらがえない痺れが走る。そう、膝枕をし続けたために足がしびれたのだ。

「あっ……あっ……」

 ほれみろ罰が当たった。とりあえず、静留くんの頭が落っこちないように気を付けながら、足の痺れをやり過ごす夕方だった。

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