7.5:気持ちいいことなんだと思うんだけど【R15】

※マスターベーション(自慰)の要素を含むので、個別にR15のセルフレイティングを付けてあります。

【第118回 二代目フリーワンライ企画】#深夜の真剣文字書き60分一本勝負(2020-06-20 のお題)

使用お題:買った覚えのない○○/いい子にしていたら












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 いい子にしていたらご褒美あげる。

 なめて、触れて、待って、そして耐えて。

 ほら、と与えられる快楽に、頭の中が吹っ飛んでいく。ああ、はあ、とか、卑猥な悲鳴しか挙げられなくて、それまでの疑問や鬱屈もすべてを吹き飛ばす。後ろにねじ込まれる無機物のそれディルドの冷たい感触でさえ、彼女の愛情だと思わなければ、は身を任せることはできなかった。


 気持ちいい、と思うしかできない。それがなにをして与えられるものかも分かっているというのに。

 これじゃあ駄目だ、となけなしの気持ちを振り絞って逃げた。だけど、気持ちよいことと、それに付随する暴力と支配欲が彼女の中だけじゃなくて、僕自身にもあるのだと気づいた瞬間。誰にも触れてほしくなくて、誰にも触れたくなくなった。


 だけど、そうしなくても良いと言ってくれるひとがいることを知った。

 ――今は、それに甘えている自分がいる。



:::


 先日酔っ払った勢いで買ったものが届いた。

 買った覚えのないものだ、と言いたくなったが、残念ながら酔っていても覚えているものでして。

「防水……なんだな……」

 丸みを帯びたフォルムは、一見すればおしゃれな雑貨屋にあるかもしれない形状。だがその正体は、いわゆるぶるぶる震える大人の玩具――というよりは、昨今は「マスターベーション」という名称で呼ぶ行為のための道具だ。

 高校時代より、男ともだちとの密談でたまに教えてもらえる「自慰」のことを、私が知らぬわけではない。

 だが悲しいことに、立派なイチモツを持たぬ私には想像もつかぬ世界だった。男ともだちの「床オナ」「片栗粉」「カップラーメンの容器」だのといった発言は未知の世界であり、棒を持たぬことをこんなに後悔したことはない。

 棒! 棒があれば! 彼らの密談の仲間になれたのに!

 かといって私はやはりどこまでいっても女の体であり、凹凸でいえば凹である。お試しに一発、とは、さすがの私も「妊娠」という可能性に恐れをなしてしまい、未経験のままである。畜生、男はいいな。ドーテー捨てたところでなにがあるってんだよ……と毒づきたくなるのだが、それは大概、なにかしらストレスのあるときだ。

「ヒューマンエラーのばっかやろーーーーーーーーーーー!」 

 私の勤める工場は、オートメーション化された部分もあるとはいえ、最後の検査は結局人間がやることになっている。

 夏の熱さが原因か、はたまた、受注が少なくなったための気のゆるみか、頻発にミスが起こっている。新人を育成する立場になりかけている自分としては、後輩の失敗は自身の失敗……みたいな雰囲気になっているのだ。

 後輩は悪くないだろう。「以後気を付けます」って言ったところでそれでミスが防げるならこんな苦労はしていない。

 人間間違えるものだ。正しい人間なんていやしない。

 だがそれが「小湊リーダーとしての見解を」なんて言われたところで!!! どうなるんだよ!!!

 そんなときに、ふらふら見かけたネット記事。

『セルフプレジャーは己の心を整える手段である』

 アルコール9%のチューハイをかっくらっていたのもタイミングだったのか。癒されるならそれがいい! と勢いのまま注文したのが目の前にある丸い物体だ。

 さすがにご対面してしまうと、さあどうやって使えばいいものかと悩んでしまう。取り急ぎ、風呂の時間がせまっていたことを理由に手のひらに乗せて連れていく。

 あらかじめ説明書をガン見して覚えていたスイッチを押すと、ウィィィン、と水の中に波紋が浮かぶ。意を決して秘密の花園(比喩表現)に当ててみると、普段感じるのとは違う刺激が走り「うひょおっ」と声が出る。

 これがあれか。所謂バイブ……すげえ……と思いつつ、手は自然に奥へと力を込めていく。驚きと共にあらがえない心地よい感覚が体中を駆け抜けて、思考回路が一瞬白くなった。

「あ……」

 風呂場に自分のものとは思えぬ艶めいた声が響いた瞬間、反射的に手を離してしまった。

 なんと恐ろしいものを手にしてしまったのだ。

 だが独り暮らしというのは気楽なもので、男友達の苦労談(家族が……的なアレだ)は気にする必要がない。誘惑とは恐ろしいもので、離したはずの手は再び丸い物体に伸びてしまう。


 あー。人間、快楽に弱い意味が分かる。

 愚かだなあ、と自嘲気味になっていると、ふと、これが物体ではなく、ひとの手であったらという妄想にスライドした。

 ほら、男ともだちも言っていたではないか。グラビアだのアイドルだの、はたまた街で見かけた女の子だの――架空の(妄想の中なので架空だ、と彼は言い張った)「相手」を想像するのはいいぞ、と。


 喉がごくり、と大きく鳴った気がした。

 私ならば、彼しかいなかった。決して現実では汚すことのできない、お触り厳禁な彼――。


「ごめん」


 妄想するなら、どんなイケメンでもなく、漫画の王子様でもなく、君が良かった。

 それは免罪符にはならないと分かっていても。


:::


「優しくするから」

 きっと彼なら、いの一番にそう言ってくれるだろう、と思った。痛いことはしないよ、大丈夫。そんな幻聴が聞こえてくる気がする。

 彼ならどんなふうに、この綺麗でも整ってもいない「女」として価値のない体を触るんだろう。

 あの手で、あの声で、シーツの上でなにをしてくれるんだろう。言ってくれるんだろう。

「合歓さん、好きだよ」

 体を触りながら、聞こえもしない声が脳裏に響く。

 そんなの幻想でしかない。だって彼は、セックスはしたくないと涙を流していたのだから。

 体を重ねることへの恐怖。元彼女に、道具や薬を使って支配される無力感。

 体を任せることが、彼女への信頼になると「信じて」痛くても嫌でも言えなかったことの苦しさ。

「本当に僕は、愛されていたのかな。あのひとには僕は、人形だったのかもしれない」

 ――酔っぱらった静留くんが吐き出したことを思い出して、奥の奥まで入れようとしていた手を止める。

 


「……彼女失格かもね」


 気持ちよさのために、彼の心を殺すのか。

 だったら、望まないほうがいいんだろうな。

「さすがにちょっと、むなしいかも」

 気持ちいいのにね。それは真実なのに。分け合いたい相手は、そんな所にはいないのだ。

「セックスって、気持ちいいことなんじゃないのかな」

 体の気持ちよさを求めることと、相手を愛することは重ならないんだろうか。

 考え始めると、やっぱりわからなくなって。


「でも、私は静留くんの手があったかくて好きだな」


 たとえ私の大事なところを触らなくたって。快楽を与えなくなって、彼のことが好きで、一緒にいたいのは変わらない。

 でも、だけど。望んでしまう自分の欲望が見えた気がして。


「ああもう!!」


 ざぶん! と湯に潜る。あたたかいお湯の中で、ほんの少しだけ自分の汚い欲望が溶けだす気がした。

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