9:わたしの彼氏は花が似合う

【第120回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:ちまたで流行りの

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


※妹からのお題「相手の写真を撮る」も含めた話


:::


 まだ夏の気配が残る九月。暑さの中、色とりどりの花が咲いている。

 ここは、私たちの住む市にある植物園である。SNS映えするとかなんとかで、ちまたで流行りの場所だ。ご多分に漏れず愛車(軽自動車)のるんるんドライブでやってきたのである。

 赤、紫、黄に、ピンクと鮮やかな花壇の前に立つのは、私のかわいい恋人だ。

 白い肌を焼かないためなのだろう、長袖の白いシャツに、茶色のスラックス。興味津々な顔をして花を愛でている様子を、私はぼーっと見つめていた。

「……なんつう天国かな、ここは」

 そう、天国である。花に囲まれた美青年である。美人がそこに立つだけで花がさらに美しく咲き誇っている錯覚が見える。

「合歓さん?」

「あっ、あの、見とれておりまして」

「綺麗ですよね、この花壇! ああ、もうヒガンバナの季節なんですね……」

 うっとりと赤い花(ヒガンバナと言っただろうか)を見つめて、恋人ーー静留くんは言う。

「ええと、見とれていたのはあなたのことでして、ええ」

 なにせ花と美青年(二回目)である。色素の薄い静留くんと、真っ赤なヒガンバナの組み合わせは、なんだかどこか危なげな雰囲気がするのはなぜだろう。

「まさか、そんな。恥ずかしいな」

 静留くんははにかみながら言う。それが更に私の脳天を直撃するもんだからたまったものではない。

 くあーーーっ、と声にならぬ叫び(とはなんとも矛盾だが)と共に天を仰ぐ。これが私の彼氏であるとか奇跡でしかない。

「ああ、ここにジニアがある。あっちにはサルビア」

 あちこちを歩き回って、くるくる回転して辺りを見回す様子は、本当に三十路の男性とは思えぬ可愛さ。

「妖精かな……?」

「えっ?」

「いやなんでもないです」

 口をついて出たファンシーさに自分で呆れながらも、それでもこの姿を覚えておきたくて、はっとポケットに入っているものを思い出した。

 写真に撮ればいい!

 すかさずスマホを取り出し、カメラを起動させる。普段なんの写真も撮らないものだから、ぐらぐら揺れる画面を見つめ、震える手で画面をタップしようとしたとき――画面の中の静留くんの表情が、変わった。

「へ」

 怯えている。と、わかったときには、彼の姿はフレームアウトしている。

「えっ、と」

 目視で彼を追いかけると、すごく気まずそうな顔をしていた。そして慌てて私の元にかけよると「あのっ……今、な、なにを撮ろうとしたんですか」と息も絶え絶えに尋ねられる。

「ええと、その、静留くんを――」

 綺麗だったからつい。と言おうとする前に「ごめんなさい」と固い声で遮られた

「写真、映りたくないんです」

 断固とした態度だった。なぜ、と理由を聞くのはためらわれる。なにせ、静留くんが断固拒否する原因と言えば、一つしかない。

 元カノとの間であったことだ。静留くんが泣きながら愚痴った中に出てきたことを思い出す。


 ――ベッドの上での、あられもない姿を撮られた。彼女が機嫌を損ねると、ネットにアップしてやると脅されたことがある。

 ――シャッター音が怖い。写真を撮るように構えられるのも苦手なんです、と。


「……ごめんなさい、合歓さん」

 写真を拒否されたことよりも、すっかりしおれた花のような静留くんがあんまりにもかわいそうで、私は首を振る。

「大丈夫、写真嫌いなひとっているもんね。私こそごめん。そうだ、あの花はなんて名前なの?」

 話題を変えようと、彼の手を取って引く。

「え、ええと、あれは――」

 少しだけ元気になった静留くんは、一つ一つ丁寧に花の名前を教えてくれた。


:::


 植物園をたっぷり楽しんだあと、帰路の車内。助手席の静留くんが「今日はありがとうございます」と言った。

「花ってどれもこれも一緒に見えたけど、全然違うってわかってよかった。教えてくれてありがとう。静留くんと一緒に見られてよかったよ」

 花の違いと同時に、お花畑や温室で植物に囲まれ笑う静留くんを堪能した私は満足していた。綺麗なものと綺麗なひとがいるのは素晴らしいことだ。心底そう思う。

「僕もです、合歓さん」

 やがて車は、静留くんの住んでいるアパートの前に辿り着く。ハザードを出して一時停止させ、車のロックを解除する。

 そう。まだ私たちは夜明けのコーヒーを飲んだことがない。夜になればきちんと家にお姫様をお送りするのがルールである。ああなんという涙が出るほどの清い交際!! このあとチューハイかっくらってやろう!! と心の中だけで思っていると「合歓さん」と名前を呼ばれた。

「ハイなんでしょう」といつもの調子で左を見やると、真剣な顔をした静留くんが私を見つめていた。

「いつも、僕のわがままを聞いてくれてるのに、すごくずるいって思われそうですけど……今、すごく言いたいので言わせてください」

「な、な、なんでしょ」

 いつになく真剣な声に、体が熱くなる。

「僕は、あなたのことが大好きです」

「だっ……」

 大好き、ですと!?

 いや、うん、お付き合いしてるんだから知ってるというか、いやそもそも私が押し倒した(未遂)からほだされて付き合ってるかもしれない、とは思ってる節があるのが事実なので。

 小湊合歓、今、すごく、うれしくて混乱している!

「へっ、はっ」

「まだ、その……き、きちんと次に進めるまで、もう少しだけ、待っててもらえますか」

 ぎゅっと手を握られた。――静留くんから!

「これが限界、なんです」と半分涙声が聞こえてきたので「いやああのっ十分です!! 大丈夫ですっ!!」と大声で叫んでしまった。

 ぱっ、と手が離れる。妙な空気になる前にと私は「じゃ、っ、じゃあ、おやすみなさい! 良い夢を!」とひっくり返った声で言い、外に出るように促す。

「……はい。合歓さんも、おやすみなさい」

 運転気をつけて、と一言残し、静留くんは車を出てエントランスに消えていった。


「はー……」


 しばらくエンジンを動かせないほど、私の心臓はどくどくと動きっぱなしであった。

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