冒険者ギルドからの依頼2

 日暮れ時、馬車から降りた俺達はそれぞれ体を伸ばした。

 一面の原っぱ。

 今夜はここで野営をする予定だ。


「役割分担を決めようか。僕はテントの組み立て、アーバンは周囲の警戒、シャリスは夕食の準備、A君とBちゃんは……」

「俺達のことは気にしなくていい。勝手にするさ」

「そっか、じゃあとりあえずとりかかろう」


 と言うわけで俺とルカはそれぞれテントを組み立てる。

 どうやら向こうもモノポールテントのようだ。

 しかし、手入れをあまり行っていないようで、表面には泥や砂がこびりついてひどく荒れていた。


「A君のテントは綺麗ですね。買ったばかりなんですか」

「一年くらいだな。けど、使用頻度はかなり高い」

「それなのに汚れがないですよね」

「もちろん手入れをしているからだ。この際はっきり言っておく、道具を大切にできない者は一人前のキャンパーとは言えないぞ」

「きゃんぱー?」


 ルカはきょとんとした表情で首を傾げた。


 この様子だと俺の伝えたいことが伝わっていないようだな。

 ならば構わない。この旅でアウトドアの良さをたたき込んでやる。


 シャリスが薪に魔術で火を付けている間、フィネたんは手際よく野菜を切り、取り出したフライパンに油を敷いてシングルバーナーで炒め始める。ほぼ同時にもう一つのバーナーに鍋を置き、スープを平行して作っていた。


 手際の良さにシャリスが目を丸くする。


「もしかして噂になってるシングルバーナーって道具かしら。初めて見たけど、すごく簡単に火が付けられるのね」

「急いでる時は重宝するの。いちいち薪をくべなくても良いし、調理だけなら断然こっちが便利よ。そこまで高くなし割と長持ちするからお勧めのアウトドア用品かな」

「あうとどあ用品?」

「あ、そこは分かんないか」


 シャリスはフィネたんの料理を見ながら感心しているようだった。


 彼女がアウトドアを理解できないのも無理はない。

 なにせ概念が創り出されてまだ三十年も経過していないのだ。


 アウトドアを考え出したのはロバート・キースという探検家である。


 彼は世界を旅しながらとある考えにたどり着いた。

 人は高度な知識や技術を享受しながら同時に自然の中で生きることができる、と。

 そして、著書の中で新しい生活スタイルの提案を行ったのだ。


 自然を楽しむ。それこそが彼の伝えたかった一番の言葉。


 俺がアウトドアに目覚めたのも彼と出会えたからだ。

 この気持ちを表わすならきっと恩師がふさわしいに違いない。

 そう、彼は俺を変えた尊敬すべき人物なのだ。


「よし、次はっと……」


 テントを立て終え、折りたたみチェアを出してから焚き火台を設置する。

 手早く火を付けて水を入れたケトルを置いた。


 俺の様子をじっと見ていたルカとアーバンが呟く。


「なんだか僕達と違うね」

「よく分からねぇけど、なんかカッコイイよな」


 カップにコーヒーを淹れてフィネたんに差し出す。

 彼女は息を吹きかけてから啜った。


「今日はタープは立てないの?」

「片付けに時間がかかるからやめた。それに雨も降りそうにないしな」

「雲一つない星空だもんね」


 今夜はくっきり星が見えている。

 きっと明日は快晴に違いない。


 フィネたんは調理に戻りフライパンで炒め続ける。


 そこでシャリスがあることに気が付いた。


「ちょっと待って! それってまさかミスリル!?」

「あー、やっぱり気が付いちゃうよねぇ」

「あなた達、希少金属を調理器具に使用してるの!? 正気!? ミスリルで作った剣は家宝になるくらい高価な代物なのよっ!??」

「私のせいじゃない。あのキャンプ馬鹿が原因だから」


 おい、全部俺が悪いみたいに言うなよ。

 そりゃあフライパンは確かに俺がマイスにお願いして作ってもらった物だが、フィネたんだって『火の通りが早くて楽ちん~』とか言ってたじゃないか。


「で、でも、ミスリルって調理器具向きだと思うのよ。すごく軽いし頑丈だし、火の通りも早くて、油を敷かなくてもこびりつかないし」

「そうだとしてもミスリルをフライパンに……」

「これでも充分家宝にできるレベルだよ! 剣よりもこっちの方が断然いいから!」


 フィネたんがフォローを入れる。

 うんうん、彼女もそれなりに言えるようになってきたじゃないか。

 まさにその通りだ。ミスリルは調理器具になるべく存在するような金属。

 一つあれば一生使える超優れものだ。


 シャリスはルカ達に顔を向けるも『見なかったことに』と無言の返事を受けた。





 しばらくして焚き火を囲んでの食事が始まる。

 せっかくなので三人には俺達の方へ来てもらい五人で焚き火台を囲んだ。


「この焚き火台ってよく見ると機能性抜群だよね」

「囲われてるから風で消える心配もねぇ、網を置けば調理もできて、どこにでも置ける。こりゃあウチでも購入した方がいいんじゃないか」

「そうね、街に戻ったらアウトドア用品店に行ってみましょ」


 三人はすぐに道具の良さを実感してくれる。

 なんといっても現役の冒険者だ。彼らには旅はつきもの、抱えていた不満を解消してくれるアイテムを見れば欲しくなるのは道理だ。


 ククク、少しずつ洗脳してアウトドア沼に引きずり込んでやる。


「ところで話は変るのだが、その狙っている魔物とは他にどのような能力を持っていて、どのような形状をしているんだ」

「聞くところによると、蜘蛛とムカデを組み合わせたような外見をしているらしいです。それから口から肉を溶かす酸を吐いたり水系の魔術も使うそうです」

「名前はもう付いてるの?」

「サイレントキラーと地元では呼ばれているそうでね」


 コーヒーを啜りつつルカが教えてくれた。


 彼はまだ若干幼さが残る金髪の青年だ。

 顔に性格がにじみ出ていて温厚で優しそうな印象を受ける。

 けれども鍛え抜かれた肉体は頼りにできそうだった。


「作戦を考えておかねぇと不味いんじゃねぇの」

「そうだね。仕留めるのは僕らだから、お二人には追い込みを掛けてもらうべきかな」


 槍の矛先を砥石で磨くアーバン。

 少しくすんだ色の金短髪をしており、細い顎先には髭が生えている。

 垂れ目で常に睨んでいるような顔つきをしていた。


「事前に手に入れた情報では新鮮な肉より腐肉を好むそうよ。まずは餌で引き寄せて、そこから二人に弱らせてもらいつつ私達がやるのはどうかしら」

「そりゃあ妥当だな」

「うん、確実な方法をとるべきだよね」


 目元にかかる髪を耳にかけるシャリス。

 赤毛の長い髪をしていて、アーモンドのような大きな目とぷっくりと膨らんだ唇が目をひく。紫色のローブを着ていてもその大きな胸は隠しきれておらず、白く長い脚が裾から露出して色気を漂わせる。

 身の丈ほどもある長い杖は魔術師の証。


 シャリスはフィネたんに声をかけた。


「Bちゃんは私と同じ魔術師なのよね。見たところ杖は持っていないみたいだけれど、なくても戦えるのかしら」

「私は杖は必要ないの。あれって言うなれば拡散する魔力を収束させ、コントロールを補正する道具でしょ。私の場合その辺は出来が良いから持たなくても良いの」

「羨ましいわ。杖って結構邪魔なのよね。必ず片手が塞がれちゃうし」

「わかるー、だからすぐに捨てたのよ」


 女性二人は同じ魔術師なこともあって会話に花が咲く。

 こうしてみるとフィネたんはやっぱり裏の世界は似合わない子なのだ。


「あの、聞いてもいいですか」

「なんだ」

「テントにある赤いのは?」


 おっと、彼らはシュラフも知らなかったのか。

 この程度は冒険者でも常識になっていると思っていたのだが。


 俺はテントに行き、シュラフを持ち出した。


「これは寝袋だ。寒い場所での野営には欠かせない物だな」

「へぇ、なんだか芋虫みたいですね。それもアウトドア用品ですか」

「ああ、もし気になるならティアズの街にある店で、マイスと言う奴に会えば色々教えてくれる。どの品もそこそこ値は張るが、快適なキャンプを約束してくれるはずだ」

「依頼を達成したら行ってみようかなぁ」


 いいぞ、どんどん興味を持て。

 気が付けばすでにその足は沼に沈んでいるのだ。ふははは。


「暗殺者って聞いたからすごく怖い人をイメージしてたけど、話してみると意外に気さくで驚きました」

「だよなぁ、暗殺者ってみんなそうなのか」

「イメージ通りだと思うぞ。俺達が特殊なだけだ」


 ルカとアーバンは「それもそうだよね」「だよなぁ」などと見合って笑った。



 △△△



 翌日、俺達はサイレントキラーが出没するという村に到着した。

 村と言うよりは小さな街だな。なかなかに規模が大きく人口も千人以上。


 近くには大きな森があってそこから例の魔物が来るらしい。


 現在、ルカ達は村長からさらに詳しい話を聞いていた。

 俺達は終わるまで外でのんびり待つ。


「みんな暗い顔してるわね」

「生活が脅かされているんだ。そうなるだろう」


 通り過ぎる人々は浮かない顔をしている。

 家から飛び出そうとする子供を母親は強引に引き込みドアを固く閉めた。

 村の周囲を囲う外壁も補修作業が進められ、見張り台に立つ人間の数は多い。


 どうも餌場にされているようだ。

 数がどの程度なのかは不明。しかしここを一気に襲わないことを考えるに、まだ頭数はかなり少ないと思われる。新種と言うくらいだ、もしかすると一匹だけなのかもしれない。

 だが、最悪のケースは想定しておくべきではあるだろう。


 建物からルカ達が出てくる。


「お待たせしました」

「どうだった」

「聞いていたものと変らない内容でしたね。新しい情報は、夜行性で二匹確認されていることくらいです」


 すでにつがいがいるのか。不味いな。繁殖でもされればさらに手を焼く事態となる。

 案外今回の仕事は引き受けて正解だったかもしれない。

 隠密生の高い魔物などが巷で溢れれば、暗殺者は安心して潜めない。


「とりあえず夜まで待ちましょうか」


 ルカの言葉に全員が頷く。





 深夜となり、俺とフィネたんは森の中で身を潜める。

 草むらから覗いた先には、餌となる牛の腐肉が置かれていた。


「音はするか?」

「まだ近くにはいないみたいね」


 彼女の鋭い聴覚は半径一キロをカバーする。

 たとえサイレントキラーだろうと彼女からは逃れられない。


 作戦はこうである。俺達がサイレントキラーを誘き出し、弱らせつつ森から追い立てる。それを森の外の草原で待ち伏せしているルカ達が迎え撃ち始末する流れだ。


「来た」


 がさがさ、草むらを猛スピードで何かが走る。

 音源は二つ。迷うことなくこちらへと接近していた。


「きしゃぁぁあ」

「しゅるる」


 二匹の魔物が姿を見せる。


 それは頭部が蜘蛛の形状をしていて、胴体はムカデのように長くうねっている。

 全体は銀色、八個の目は紅い。それを見て何かと重なった。


「あいつ、私と同じだわ」

「改造された生き物ってことか」

「うん。多分そう」


 サイレントキラーは腐肉に近づき咀嚼を始める。

 だが、奴らはすぐに苦しみに悶え始めた。


 効いたようだな。毒キノコ入りの腐肉が。


「追い立てるぞ」

「分かった」


 フィネたんが魔針を投げる。

 逃げ道を塞ぐようにして炎の壁が出現した。


「きしゃぁぁあああっ!」


 二匹は移動を開始。

 思惑通り予定地へと向かう。


 しかし、なかなかの大きさだ。

 子牛程度なら丸呑みできそうな体躯をしている。


「だっ!」

「きゅぃいい」


 追いかけながら尻尾の辺りを踏みつける。

 フィネたんも針を投げて逃走経路がズレないように調整していた。


 確実にじわじわ弱っている。


「出た!」


 ようやく森を抜けた。

 サイレントキラーは立ち塞がるルカ達をその目で捉える。


「行くぞ!」

「「了解」」


 ルカの剣がすれ違い様にいくつもの足を切り落とした。

 遅れてアーバンが背中に着地、矛先を甲羅と甲羅の隙間に突き込み肉を断つ。


 もう一匹がシャリスへと向かう。


「きしゃぁぁああ!」

「サンドトルネード」


 撒かれた溶解液を砂の渦が防ぐ。

 強力な風は彼女を中心に巻き上がり魔物を天高く飛ばす。


 素早く杖を構え、次の術を放った。


「エアロアックス!」


 鋭い風の刃が宙を舞う敵を真っ二つにする。

 見事な手際だ。

 

 一方、ルカ達はもう一匹を着実に追い詰めていた。


「炎閃!」


 熱を操るスキルなのだろうか、ルカの剣が高熱に赤く輝く。

 敵の胴体が切断され魔物は悲鳴をあげる。


「とどめだ! 破点衝!」


 アーバンの会心の突きがサイレントアサシンの頭部を貫いた。

 直後に魔物は息絶え動きを止める。


 見物していた俺と相棒はあくびをした。


「始末だけなら俺達は必要なかったな」

「うん。想像していたよりもあの三人、強いわ」

「ま、とりあえず依頼は達成だ」

「早く水浴びしたい」

「俺は静かにキャンプがしたい」


 こうして魔物討伐はトラブルもなく解決した。


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