新人からの挑戦状

 村で一泊しての帰り道。

 俺達はルカ達とずいぶんと仲良くなっていた。


「素人が暗殺者から逃げる方法はただ一つ。国外へ逃亡することだ」

「それはどうしてですか」

「まともにやりあってもまず勝ち目はない。だから国を出て別組織の暗部に保護を求めるのが常道だ。暗殺者には暗殺者と覚えておくと良い」


 ルカは熱心にメモを取っている。

 他に聞いているのはアーバンくらいで、シャリスとフィネたんはそろって昼寝をしていた。


「こんなこと僕らに話して良かったんですかね」

「別に困らないさ。要は国外に出るまでに始末をすればいいだけだからな。それに業界では常識だ」

「知らなかった……」

「それが普通だ。裏と関わりのない世界で生きてこられたって証拠だろ」


 馬車が揺れてフィネたんが俺の肩に寄りかかった。

 昨夜はあまり眠れなかったのだろう。


 サイレントキラーはある意味で彼女の兄弟のような物なのだ。


 エドワード・フランケルシュの創り出す改造生物には特徴がある。それは紅の目と白銀の毛、もしくは体色だ。あの魔物はフィネたん同様何らかの方法で男の元から逃げ出し、あの森にたどり着いたと考えるべきだ。

 と、するなら男の居所も遠くない場所にあることが予想できる。


「あの、こんなことを言うのは失礼かも知れませんが、A君は暗殺者であるべきじゃないような気がします」


 思わず笑いそうになった。

 マイスと同じようなことをいうんだな。

 きっとできた性格なんだろう。


「俺は生まれた時から暗殺者になるものと決められていた。それしか選択できる道が用意されていなかったんだ。だから日々毒物を飲んで過ごし、拷問に耐え、殺す事だけを考えて生きてきた」

「毒を……飲む?」

「まじかよ……」


 ルカとアーバンは絶句した。


 およそ常識的な幼少からかけ離れていることは理解している。けれど間違っていたからと言って今さら変えられもしない。

 少しくらいは感謝もしているんだ。

 他者とは違う道を歩んだからこそ今の俺があると断言できるのだから。


「ひどい。子供にそんなこと」

「勘違いするなよ」

「へ」

「俺は望んでそれらを受けているんだからな」

「!!」


 鋭く口角を上げる。

 ルカ達は冷や汗を垂らした。


 安易に共感できると思われては困る。

 お前達は表の世界の住人、俺は裏の世界の住人だ。簡単に出入りできないからこそ境界線は存在する。


 俺もまた深淵で生きるザザの一人。


「すいません! 余計なことを!」

「前にも言ったがあまり興味は持つな」


 その点、マイスは適切な距離を保っている。

 必要以上のことは聞かない、あいつのいいところはそこだよなぁ。



 △△△



 無事にティアズの街に戻り、ルカ達とは冒険者ギルドで別れた。

 ちなみにではあるが、この件で正式にサイレントキラーは新種の魔物として登録されるそうだ。

 あれらが二匹だけとは限らないからな。


 俺とフィネたんは路地裏に入り素早く着替える。


「覆面はもうこりごりだわ、熱くて死にそう」

「これくらいどうってことないだろ」

「なんでそんなこと言えるのよ」

「百度近くの部屋に裸で放り出されたことがあってだな――」

「もういい。頭がおかしくなる」


 聞いたのはそっちだろ。なんで呆れた顔なんだよ。

 おい、勝手に先へ行くなよ。待てって。


「これから家に帰るの? それとも報告?」

「ギルドへは明日伝えに行くつもりだ。それよりもマイスが戻ってきたら顔を出して欲しいとか言っててな。まずはそっちを優先しようかと」

「じゃ、さっさと行きましょ」


 マイスの店に顔を出す。

 奴は相変わらずカウンターで居眠りをしていた。


「来たぞ」

「お、おおおっ! 戻ったか!」


 彼は店の奥に入り、金属製の何かを持って戻ってくる。


「なんだこれ」

「さすがにイズルにも分からないか。くく、くははは! これは大発明だ、アウトドア界の常識を覆すぞ!」

「そんなになのか!」


 知りたい。どれほどの道具なのかを。

 教えてくれどうやって使うんだ。


「どうでもいいから早くそれがなんなのか教えてよ」

「嬢ちゃんはせっかちだな。よろしい。教えてしんぜよう」

「異様に機嫌が良いのが鼻につくわね」


 マイスを先頭に店を出る。





 俺達は街を出たすぐの草原で焚き火を始めた。

 どうも火にかける道具のようだ。


「俺は以前より外で米が炊けないか悩んでいた。自然の中で炊きたてのご飯が食べたい、そう思ってずっと開発を続けてきたわけだ」

「米ってマイスが主食にしている白いつぶつぶだろ」


 マイスはこの国の出身ではない。

 ここから東に行った先にある小国の出だそうだ。


 そこでは食事の際に箸という道具を使い米を主食としているとか。


 以前におにぎりという料理を食べさせてもらったことがあるが、確かにそこそこ美味しかった覚えがある。俺としてはパンの方が美味しい気がしたが、そこはまぁ知人として気を遣ってあえて口には出さなかった。


「これは飯盒と言ってな、外で米を炊くことができる画期的な道具だ」

「へー」

「故郷にも似たような物はあったんだが、機能面で多々不足していて持ち運びにも適していなかった。なにより大量生産が難しい代物だったんだ」

「ふーん」


 マイスは金属製の器に米を入れて水を入れる。

 何度かじゃばじゃば研いでから、蓋を閉めて飯盒を火にかけた。


 その間に彼はシングルバーナーでミソスープを作り始める。


 ミソスープはこの辺りでも、比較的食べられている料理なので特に珍しくもない。

 マイスは具材としてタマネギ、ジャガイモ、豚肉を入れる。


「飯盒から泡が出てるわよ」

「まだ蓋を取ってはいけないぞ。美味い飯を食べるには我慢が肝心」

「お米って面倒なのね」


 彼は浮き上がる蓋の上に重い石を載せた。

 吹きこぼれが収まりそこから強火で五分ほど熱する。


 火より離した飯盒をひっくり返ししばらく待った。


「できた。さぁ炊きたてを味わってくれ」


 マイスはほかほかの白米をスプーンでよそい、俺達へと差し出した。

 おかずはミソスープとマイスが持ってきたダイコンの漬物。


「美味しい! 炊きたてってこんなに違うのね!」

「確かにフィネたんの言う通りだ」


 ご飯には程よい塩気のスープと漬物が良く合う。

 これは考えを改めなければならないかもしれない。


「今回は特別価格で八割引で売ってやろう」

「結局金は取るんだな」

「でも欲しいと思わないか。これがあれば炊飯だけでなく料理も作れて器も付いてくる」


 飯盒には内蓋と外蓋が付いている。

 この二つを器として使用できることを考えると、どこにでも持って行ける一品として重宝できそうだ。

 なによりそのデザインが惹きつけられる。


「ぐぬぬ、買った!」

「毎度」

「イズルってアウトドア関連にほんと弱いわよねぇ」


 言うなフィネたん。

 自分でも分かっている。




 軽い食事を終えて俺達は街の入り口へと戻る。


「悪いが先に戻っててくれないか。野暮用があるんだ」

「うん、またあとで」


 俺は二人と別れ、できるだけ広い場所へと移動する。


 この辺りで構わないか。


「いるんだろ。姿を見せろ」

「なんだよぉパイセン。案外やるじゃないっすか」


 地面から姿を見せたのは新人暗殺者のバンだった。

 相変わらず奇抜な格好をしていていちいち目立っていた。


 体に付いた土を払い、腰にあるナイフを抜いて手元で回す。


「どうして俺に固執する。それとも他のランカーにも同じ態度なのか」

「気にくわないんだよ。クソ雑魚虫のくせに、妙に余裕ぶってる奴を見るとイライラするんだ」


 バンは腰を落としゆらゆら揺れる。

 蛇のような長い舌は獲物を欲しているようにうねっていた。


 奴の殺気は俺を包み周囲の温度を下げる。


「やめるなら今のうちだぞ。一銭にもならない戦いで命を落とすのは無意味だ」

「ぶふっ、勝てる気でいるのかよ寄生虫。一桁の相棒がいないとなにもできないくせしてよ。ご立派ですよねパイセン」

「……はぁぁ」


 溜め息が漏れてしまった。

 上位ランカーにならなければ面倒な相手に睨まれることもないと思っていたのだが。

 相棒の親衛隊やら勘違いした新人やら、どうしてこう面倒事に絡まれるのか。


 背負っていたリュックを投げ捨て頭をぽりぽり掻く。


「オイラを相手に素手かよ! 頭にウジ虫でも湧いてんのか!」

「御託はいいから殺しに来い」

「好きなだけ切り刻んでやんよ!」


 奴の足下の土に波が走る。

 まるで液体のような動きに俺は警戒した。


「ヒャッハー!」


 地面の上を滑ったバンは一瞬で俺の右肩を斬る。


 まるで水の上をスケートしているような動きだな。

 恐らく決められた範囲の土を自在に操るスキルとみて良さそうだ。

 その力で地面に潜っていたのだろう。


 バンは大きくカーブを描きこちらへと戻ってくる。


「そらっ!」


 鎖を投げたかと思えば俺の体に巻き付けて、さらに周囲をぐるぐると回る。

 何重にも鎖が重なり強固に動きを抑制した。


 面白い戦い方をする奴だ。こういうのは初めてだな。


「どうしたパイセン! もう終わりかよ!」

「いや、感心していたんだ。色々考えてるんだなって」

「馬鹿にしてんのか!」

「まぁな」


 俺は力任せに全身で鎖を引っ張る。

 バランスを崩したバンはこちらへと引き寄せられ、顔には想定外だと言いたそうな表情が浮かんでいた。


 ぶちり。


 鎖を引きちぎり、至近距離にいるバンの胸に指先を突き込んだ。


「あげぇ!?」

「相手はちゃんと選ばないとな」


 俺の腕はバンの胸を貫き手の中には心臓が握られていた。

 未だにビクンと鼓動を打っている。


 ずるりと彼の体が地面に落ちた。


「なんだよ……それ……ランクと実力が、釣り合ってねぇじゃねぇか……」


 彼はそれっきり喋らなかった。

 心臓を投げ捨てハンカチで血にまみれた右手を拭く。


 無駄な殺しは好きではない。


 だが、黙って殺されてやるほどお人好しでもないんだ。


「お前は幸運だよ。人のまま死ねたのだから」


 さて、こっちは片付いた。

 そろそろ見物客の相手をしよう。


 振り返ればそこには兄貴がいた。


「技は鈍っていないようだな。むしろ以前よりも鋭さが増したようだ」

「知ってるだろ。俺がどこから来たのか」

「一応はな。けれど、直接見たわけではない」


 適当な岩に腰掛け腕を組む。

 兄貴のことだ、ただ会いに来ただけではないだろう。


「頼まれていた例の者達の一人を捕捉した」

「!?」

「お前の予想通り国内に潜伏していたようだ。灯台もと暗しと言うべきか、ずいぶんと近い場所にいたことには頭を抱えたが」

「いいからどこか教えてくれ」


 兄貴の話した場所は本当にすぐ近く。

 殺人鬼が潜伏していたあのキャンプ場から目と鼻の先だった。


 しかもその相手はフィネたんの狙うエドワード・フランケルシュ。


 ようやく彼女に復讐の機会が訪れたのだ。


「明星の五聖人だったか、おじいさまが警告していただけのことはある。奴らは危険だ。すぐに排除しなければ危うい」

「危険性は兄貴よりも知ってるさ。あいつらは一度世界を滅ぼしたんだ」

「お前のことをあのペットは知っているのか?」

「いや、まだ教えていない。フィネたんには余計なことで悩ませたくなかったからさ。でもそろそろきちんと伝えるべきかもな」


 兄貴は伝えるべきことは伝えたと背中を向けた。

 五メートルほど進んで何かを思い出したのか振り返った。


「忘れていた。自分は今日にでも街を出る」

「帰るのか。それで満足したのか」

「うむ、アウトドアとやらはお前に致命的な影響を与えているようには思えない。本質は全く変っていないと判断した。故に観察を終え、自分は屋敷へ戻る」

「結構変ったと思ったんだがなぁ」

「同じだ。お前は何も変ってはいない。イズル・ザザのままだ」


 兄貴は去り際に「たまには家族に顔を見せろ」と言った。


 今のところ自由にはさせてもらっているが、そろそろ軽い近況報告くらいはしておかないと不味いかもな。

 ついでにフィネたんに実家を案内するのもいいかも。


 あそこはあそこでキャンプのし甲斐があるし。


 楽しみだなー。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る