冒険者ギルドからの依頼1

 暗雲たれ込む荒野に爆発が起きる。響き渡る怒声と悲鳴、轟音。

 降り注ぐ無数の青い閃光、漆黒のボディスーツを身につけた俺は、砲撃を掻い潜りながら足を速める。


 敵は数十万もの黒い人型だった。


 青い目をぼんやりと光らせ、意思のない人形として地平線を覆い尽くす。


 全てが絶望的。圧倒的破壊の権化としてそれらは存在していた。


 俺は乱れる呼吸も気にせず敵の胸にある核だけを潰す。

 針で糸を縫うように移動しながら、ひたすらに手刀で貫き続けた。

 体中に青い血が付着、指先は酷使し続けたせいで血がにじむ。


 もうこの攻撃は使えない。次だ。


 黒い人型へ手を向け砂へと変える。

 それでもせいぜい数百を消した程度、敵の総数を考えれば微々たるものだ。

 焼け石に水、そう考えてもこの状況ではやるしかない。


 ぴぃいん。無数の糸が敵を細切れにする。


「ここはもういい! お前はやるべきことをしろ!」

「けど兄貴!」

「一族の切り札として役目を全うするのだ!」

「っつ」


 スーツを着た兄貴が行けと叫んだ。

 彼の顔は青い血に濡れ長く美しい髪もぼさぼさ。

 疲労が蓄積して疲れを感じさせていた。 


 俺は後方へと下がる。


 走り続ける大地には無数の死体があった。


 それら全てはともに戦った仲間だ。


 いや、およそ友と呼べるような者はいなかっただろう。

 俺の中には友情や親愛などと呼べる感情は今のところ存在しない。


 だがしかし、それでも戦友と呼ぶにふさわしい者達なのは確かだ。


 目指すのは堅牢な城塞。

 あそこにさえ行けば。


 閃光が俺のすぐ近くで着弾する。


 衝撃で吹き飛ばされ激しく地面に叩きつけられる。


 あと少しで……。


 ぼやける視界で城塞を見つめながら意識は遠のく。





 目が覚め、勢いよくベッドから体を起こした。

 全身には汗が噴き出している。


「またあの夢か」


 窓を見れば朝日が照らし小鳥がさえずっている。

 平穏そのもの。夢とはかけ離れた世界だ。


 部屋を出て一階へと下りる。


 裏の井戸で水を頭から浴びて、熱を帯びた頭や体を冷やした。


 まだ肉体は戦闘時の興奮状態にあった。

 夢とは言え感触も痛みも現実同然に受けていた。

 無意識にスイッチが入ってしまうのは仕方のないこと。

 数分経過してようやくスイッチがOFFになる。


「まったく……アウトドアをしながら生きたいだけなんだけどな」


 ぼやいてからくしゃみをした。



 △△△




 ギルドへ顔を出した俺達は静けさに顔を見合わせた。

 また手を焼く依頼でも出たのだろうか。


 気味が悪いくらいにどいつもこいつも大人しく席に座って酒を飲んでいる。


「なんなのかしら」

「さぁ」


 揃ってカウンター席へ腰を下ろせば、アンネのばあさんから声をかけてきた。

 やっぱり依頼を処理して欲しいって話なのだろうか。


「どうしてこうなってるか分かるかい」

「さっぱり」

「長男さね。ふらりと現れたと思えば、高難易度の依頼を片っ端から受けて達成しちまいやがった。想像していた以上の実力差に、みんな劣等感を抱いてんのさ」

「あー、そういうことか」


 兄貴が来たのか。

 で、ここの奴らは上も下も落ち込んでると。


 馬鹿だな。ザザは血筋も教育も殺しに特化した殺し屋一族だぞ、そもそも生き物としての格が違う。

 人と怪物を比べても意味はないのにな。


「ところで俺のことは?」

「言ってはないみたいさね」

「じゃ、いいや」


 面倒事に巻き込まれないならどうでも良い話だ。

 兄貴は兄貴でやりたいようにすればいいし、俺は俺で好きにやらせてもらう。

 お互いもう管理されていた子供じゃないんだ。


「長男のおでましだよ」


 ギルド内に動揺が広がった。

 その原因となる人物は入り口でたたずんでいる。


「ふふふふ、今日はイズルが来ているのか」

「うげ」

「満面の笑みね」


 兄貴は俺を見つけるなりニヤリとする。

 しかも隣の席に座るのだ。


 ギルド中から視線が注がれる。


「こっちに来るなよ」

「自分とお前の仲ではないか」

「仲良くねぇし」

「つれないな」


 アンネのばあさんがカウンターへ大量の袋を置いた。

 兄貴がこなした依頼の報酬らしい。


 あれだけあればアウトドア用品買い放題、ごくりと喉が鳴る。


「欲しいのならやる」

「いらないって」


 兄貴は金の入った袋を抱えてギルドを出て行く。

 どうせ家に全て収めるのだろう。


 あいつは俺とは違い、無欲であり、一族にとことん忠実だ。

 それが良いか悪いかは分からないが、兄貴の長所であり短所でもある。

 俺にベタベタしなければかなり扱いやすいのだが。


 兄貴が去ったことでギルドに僅かだが活気が戻った。


 しかも同業者達が俺を羨望のまなざしで見ているではないか。


 たぶんザザの長男と対等に話をしている姿を見て、実はすごい奴だったのではとでも思っているのだろう。

 気味が悪いから止めてもらいたい。


「調子にのるなよ……雑魚パイセン」


 新人のバンは憤怒の表情で俺を睨み付けていた。


 あの雰囲気だと近いうちに何か仕掛けてくるかもしれないな。

 ランカーがランカーを消すなんて日常茶飯事。

 この業界はいつどこで誰に狙われるか分からないのである。


「そうそう、あんたらに引き受けてもらいたいがあるさね」

「私達に?」


 アンネばあさんは一枚の依頼書を差し出す。

 受け取った俺は目を通した。


 依頼主は冒険者ギルド、とある魔物の討伐を助力して欲しいらしい。


「冒険者に同行するのか。普通に考えて不味いよな」

「私達って建前上、いないことになってるし」

「そこは暗黙の了解さね。あっちのギルドだって、そこを承知の上であえて依頼を出してきてるんだ」

「それだけ危険な仕事……なのか」


 この国では暗殺ギルドは存在しないことになっている。

 冒険者ギルドが表なら暗殺ギルドは裏の、薄暗い部分を引き受けるこの国の闇。

 通常、この二つのギルドは互いに関わることはない。


 それでも依頼を出してきたことを意味するのは、冒険者だけでは手に負えないと判断されたからだ。


 何事にも特例が存在する。


 例えば以前にあった殺人鬼の依頼。

 あれは冒険者では処理できない判断されたからである。もちろん殺人鬼が言ったように、駆け出し冒険者達に勧めていた手前もあるのだろう。冒険者ギルドとしては隠したまま処理したかったに違いない。


 それに冒険者は魔物討伐を専門とする狩人であって、人と戦うことに慣れた者達ではない。暗殺などは完全な守備範囲外のことなのだ。


「どうして私達なの。普通に張り出せばいいじゃない」

「この依頼は一般人と関わる仕事さね。同行する奴らを平気で殺しちまうような阿呆を送り出せるわけないだろう。その点、あんた達はこの中じゃあまともな部類だし、変に怖がらせるようなこともないだろうからね」

「無意味に殺しをするような人達はここにはいないと思うけど……」

「あたしもそう思いたいが、たまに我慢できずにやっちまう子もいるからねぇ。今回は確実に安全なのを選んだのさね」


 始末の対象は魔物、報酬も悪くない額だ。

 気になるのは同行すると言う冒険者。


 アウトドアに興味を持ってくれる者達だと嬉しい。


「引き受ける」

「あいよ。それで、どっちの名前で受けるんだい」

「今回は俺でいいよ」


 こうして俺達は新たな依頼を引き受けた。



 △△△



「ねぇ、これってどう見ても怪しいわよね」

「気にするな。誰も見てない」

「見てるわよ! すんごい見られてるから!」


 街の中を黒の覆面を付けて歩く。

 念の為に服装も変えて、茶色いフード付きマントも羽織っておいた。


 互いのマスクの額部分にはアルファベットが刺繍されている。


 イズル→A

 フィネたん→B


 これから俺達は互いに『A君』と『Bちゃん』と呼び合う。

 面倒ではあるものの、冒険者は非常に顔が広い職種なので、きちんと対策をしていないとあっという間に噂になってしまう。

 おまけに彼らは口が軽い。端から信用しないのが一番だ。


 周囲に見られつつ堂々と冒険者ギルドへと足を踏み入れる。


 大勢の冒険者達の視線が一斉に集まった。


 俺は気にせず受付に声をかける。


「地下から来た。討伐協力の件だ」

「は、はい! 少々お待ちください!」


 職員の女性が席を立ち奥へと駆け込む。


 地下は隠語で『暗殺ギルド』の意味を持つ。

 大部分の冒険者は理解できず不思議そうな顔だ。


 ただし、一部の熟練者は知っていたらしく引きつった表情となった。


 戻ってきた職員が三人の冒険者を呼ぶ。


「この方達が今回協力してくださります。くれぐれも無礼な発言はなさらぬように」

「分かっています。僕らもそこまで恐れ知らずじゃありませんよ」


 爽やかな青年が俺に右手を差し出す。

 後ろには痩せ型の男とグラマラスな肉体の女性がいた。


 この三人には俺達が何者なのか知らされているのだろう。


 使い込まれた武器や隙のない動きから腕が立つことは見て取れる。

 ギルドとしても失いたくない人材と推測する。

 今回の依頼は、彼らを守りつつ問題の魔物を退治することが主体と考えてよさそうだな。


「A君だ。こっちはBちゃん、短い間だがよろしく」

「……か、変った名前ですね」

「偽名だ」


 彼の右手を掴んで握手した。



 △△△



 ごとごと馬車が揺れる。

 今回の為にギルドから借りたらしい。


 ひとまず現地に着くまでに数日かかるので自己紹介をする。


「僕はこの『炎ノ翼』のリーダーを務めているルカです。そっちにいるのがメンバーのアーバンとシャリス」

「うっす」

「よろしくね」


 メンバー構成はこうだ。

 リーダーのルカは剣士。

 副リーダーのアーバンは槍使い。

 シャリスは魔術師。


 三人とも腕は良さそうな印象だ。仲も悪いようには見えない。

 たぶん、良いパーティーなのだろうな。


「ギルドからはどこまで聞いている?」

「暗殺ギルドからとしか……まさかそんなものがティアズの街にあったなんて初めて知りました」

「老婆心で言うが、関わるのは今回だけにした方がいい」

「はい」


 裏の世界に表の世界の住人が関わるべきではない。

 逆も然りなのだが、アンネばあさんの頼みとなると断りづらい。

 彼女にはずいぶんと世話になっている身分だ。


「仕事の話をしよう。討伐する魔物は?」

「最近よく出没する新種です。すでに何人もの冒険者や近隣の住人が犠牲になっていて、恐ろしく気配を隠すのが上手いようです。ギルドマスターと話し合った結果、隠密には隠密ということで依頼を出しました」


 暗殺に特化した魔物になるのか。

 正面からぶつかることを得意とする彼らには対応の難しい相手。

 しかも専門の俺達に頼むほどとなるとかなりの厄介さとみるべき。


 さりげなくフィネたんに視線を向けたが、彼女は微動だにしない。


「すー、すー」


 違う。こいつ寝てるぞ。

 普段は歩いての移動だから油断してるな。


「寝るな!」

「あうっ」


 頭にチョップを入れる。


「たたなくてもいいじゃない!」

「標的の詳細を聞いてるところだぞ」

「その前から寝てました。話はイズ――A君が聞いておけばいいでしょ」

「今、名前を言いそうになったな! 気をつけろよ!」


 互いに立ち上がり構える。


 あーだこーだと言い訳をする小娘め。

 今日こそ我が鶴の構えで思い知らせてやる。


「私の虎の構えに一ミリの隙もなし」

「「むむむむっ!!」」


 ばちばち火花が散る。

 さすが我が相棒、並々ならぬ実力。


「あは、あはは、変な人達が来ちゃったかな……」

「こいつらちゃんと役に立つのか」

「暗殺者だしそれなりにできるとは思うけれど。少し心配ね」


 三人のぼやきが聞こえたが、俺は目の前の猛虎に意識を集中させた。


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