経営難のアウトドア用品店

 がばっ、ベッドから勢いよく起きる。

 ちょうど外から朝の七時を知らせる鐘が聞こえた。


 寝起きは良い方なのでさっさと着替えて一階へと下りる。


 裏の井戸で顔を洗い歯磨きを済ませればリビングに移動。

 そこではすでにフィネたんが朝食を作っていた。


「おはよ。コーヒーでいいわよね」

「そうだな」


 席に着くなり焼きたてのパンとコーヒーが置かれる。

 いつもの朝の香り、さらに意識は覚醒する。

 こののんびりとした時間が俺は好きだ。


 対面にフィネたんが座り彼女はパンをかじる。


「今日はどっち方面の依頼を受けるつもりなの」

「前回がノスター方面だったから、今度は真逆のミッドナー方面に行くつもりだ」

「出発日は」

「依頼によるな。それにマイスから情報収集しないと」

「どうせキャンプのでしょ。暗殺者らしく標的の情報を集めろ」


 朝っぱらからフィネたんの説教が始まる。

 イズルは暗殺者としての自覚が足りないとか、なんでも実力でごり押しできると思うなとか、このキャンプ馬鹿とか。最後のは褒めてるな。


 朝食を済ませ身支度を調える。

 暗殺ギルドは基本二十四時間開いているが、新しい依頼が張り出されるのは朝の八時と決まっている。

 依頼達成にはしばらくの猶予があるので、まずは依頼自体を受けることが先決だ。

 割の良い仕事ほどすぐにとられてしまう。


 二人揃って家を出た。



 △△△



 酒場でミルクを受け取り裏に行く。

 小窓の前に置くと、扉が開いて老婆が顔を覗かせる。


「またあんたらかい。空のグラスで出せって何度言ったら分かるんだい」

「他の奴らはどうしてるんだ」

「ちゃんと大人しく飲んでるよ。ウチのミルクは濃厚で美味いって有名だからね」

「私、苦手なんだけど」

「だまらっしゃい! つべこべ言わず飲みな! げふっ」


 絶対嘘だな。老婆から強烈なミルク臭が漂っている。

 前にも言ったんだ、このやり方は無駄が多すぎるって。もっとこう簡単で効率のいいギルドへの入り方があると思うのだが。


「親戚に牧場経営している奴がいなければもっと楽できたんだけどねぇ。アタシらだって好きでこんなやり方してんじゃないんだよ」

「お疲れ様です」

「いいから飲みな」


 仕方なくミルクを飲み干す。確かに濃厚で甘味があって美味い。

 空のグラスを置くと隠し扉が開いた。


 二人で階段を下りるとフィネたんが疑問を口にする。


「このギルドってオババ三姉妹が運営してたっけ?」

「ああ、昔は腕のある暗殺者だったみたいだけど、引退してからはこっちに力を入れてるみたいだ。とは言っても……たぶんほとんどが作り話だろうな」

「そりゃあそうよね、暗殺ギルドだし。あの姿もほんとか怪しいわ」


 暗殺ギルドはこの国に無数にあるが、詳しいところは謎に包まれている。

 だが裏の世界ではよくあること。いちいち気にしていたらなにもできない。それに組織の陰に何が潜んでいるのかもおおよそだが予想はできている。このビステント王国が暗殺をフル活用して発展してきたと言えばなんとなく分かるだろう。


 金属製の扉を開けてギルドの待合室に入る。


 直後に針のような無数の殺気が放たれた。

 いつものようにそれを受け流し集まる面々に顔を向ける。


 首狩りのロナウド、毒姫のアンジェリカ、血爪のフォルクス、ドクロ墨のカイロなどなど。


 彼らは表で賞金がかかりそこそこ名が知られている。ただまぁ、殺し屋稼業なんてものは大勢に狙われることこそが誉れみたいなところもあるので自慢話にしかならないが。

 ちなみにここでの賞金最高額は首狩りロナウドの二千万ジルだ。

 ランクも常に十位以内を維持しており、紛れもなくこのギルドの最高戦力の一人である。


 ギルド内にはすでに三十人ほどが顔を出しており、依頼が張り出されるのを今か今かと待ちわびている。


 俺達は普段通りカウンター席に座り、ギルドマスターのアンネばあさんにドワーフ殺しをロックで注文。フェネたんは柑橘系のジュースを頼んだ。


「あんたのところに一人来ただろう」

「面倒だからさっさと始末したよ。なにか聞き出した方が良かったか?」

「いんやぁ、あんな下っ端締めたところで大した情報も持ってないだろうしね。それよか気になるのは、アレが余所から来た輩ってことさね」


 アンネばあさんはグラスを出しつつニヤリとする。

 余所、ってことは他国からか。俺はこの国から出たことがないから詳しいことは不明だが、他国にも腕のいい暗殺者はいるらしい。実際、国外出身で腕のいい奴を俺は見たことがあった。


「あんたとうとう国外からも狙われ始めたのね。さすがは次男」

「やめてくれ。好きであんな家に生まれたわけじゃない」


 フィネたんの横やりをいなしつつグラスに口を付ける。

 この世は本当に面倒ばかりで嫌になる。


 ギルド内がざわつく。どうやら依頼の張り出しが開始されたらしい。


 依頼を張り出している場所は壁にある掲示板だ。

 若い女性スタッフが数人で張り出し、終えると逃げるようにしてその場を後にする。

 集まった奴らは目をひんむいて依頼を凝視していた。


 一年くらい前まで醜い依頼の奪い合いがあったのだが、フィネたんが節度を守れとボコボコにしてしまったので今は全員が大人しい。

 そう、横にいる細腕の少女はこう見えて腕っ節がかなり強いのだ。


「これは拙者がいただいたでござるよ!」

「ロナウドてめぇ、スキルで姿消してやがったな!」

「ギルドでは私闘以外禁止事項はないでござるよ。拙者が【姿なき使者インビジブルスタイル】を使っても問題ないでござる」

「いいから返せ!」

「ニンニン、断るでござる」


 黒装束のロナウドと複数の男達との殴り合いが始まる。

 私闘禁止がここでの唯一のルールだが、あれはじゃれあいみたいなものなのでアンネばあさんも止めるそぶりを見せない。

 そろそろ俺達も依頼を探すとするか。


 掲示板の前ではすでに人がまばらとなっていた。

 まだまだ依頼は沢山あるので、その中でじっくり良さそうなのを探す。


「今回はミッドナー方面だったわよね」

「ああ、できれば面倒じゃなくて額面が大きくて殺すのに気兼ねしない相手がいい。それとキャンプが楽しめそうな場所かどうかも確認してくれよ」

「はぁぁ、注文が多いわね」

「仕事はついでだ! 目的はキャンプだからな!」

「キラキラした目でこっちを見ないで」


 俺とフィネたんは会話をしつつ依頼に目を通す。


 よし、今回もの依頼はないようだな。

 つまりのびのびとキャンプができる。

 彼女の方も狙っている相手がいないのを確認してから依頼の品定めを始める。


「これとこれはどう?」

「二つか。一つは小さな村からの依頼、もう一つは殺人鬼の始末。どちらもミッドナー方面だし、報酬もまあまあだな。オーケー、これにしよう」


 依頼を持って隣の部屋へと行く。

 そこでは受付カウンターが複数並び、スタッフが内容について説明を行っていた。

 俺は二枚をスタッフに差し出し、標的の詳細を聞く。


 問題なしと判断した俺は二つの依頼を請け負う。


 用が済んだ俺とフィネたんはギルドを出ようとした。

 そこで入り口近くで立ち話をしている三人組の声が耳に入る。


「あのザザ家の次男が現れたらしいぞ」

「天才って噂の? 嘘だろ?」

「いや、見た奴がいるんだよ。恐ろしいほどの速さで、あの赤獅子騎士団のメンバーを斬り殺したらしい。しかも堂々とレイブンって名乗りやがった」

「ザザ家は本気でヤベぇ、お互いに関わらないように気をつけようぜ」


 俺は歩き出し階段を上る。


 レイブンか……初めて聞く名だな。

 面倒事に巻き込まれなければいいが。


 ちょんちょん、背中をフィネたんがつつく。


「なんだよ」

「俺こそがザザ家の次男だ、って言わなくてよかったの?」

「わざわざ教える必要ないだろ。ただでさえウチは有名すぎる家なんだ。そこの次男なんて言えば、この街にとんでもない数の挑戦者が押し寄せるぞ」

「大変だねぇ強すぎるってのも」

「他人事だな」

「他人事だし」


 ザザ家とは――このビステント王国で居を構える殺し屋一族だ。

 この業界ではアンタッチャブルと評されるなど畏怖の象徴として特別視されている。

 だからなのか殺して名を挙げようとする輩が後を絶たない。


 そりゃあ隣国の王族を抹殺したとか、町を壊滅させたとか、国を滅ぼしたとか色々言われていればそうなるよな。


 で、俺はそこの次男。


 世間では殺しの天才と噂されており注目の的だ。

 もちろん個人情報は公開されていないので、ザザ家の次男がどこの誰なのかは分からない……はずなのだが、たまに先日のような俺にまでたどり着く輩がいたりする。


 ちなみに俺の正体を知っているのはフィネたんとオババ三姉妹くらいだ。


「それでどうするの。偽物」

「どうもしないさ。放置する」

「面倒なのね。いちいち処理してたら趣味のアウトドアをする時間がなくなるから、ここはあえて名を騙らせて無視しよう、とか考えてるんでしょ」

「ばかな……心を読んだだと?」

「このフィネアの心の目から逃れられると思うなよ」


 くっ、心なしかフィネたんから後光が出ている気がする。

 実は神だったのか。思えば彼女の作る菓子は美味すぎる気がしていたんだ。

 やはり人知を超えた力によってあれらは作られていたと。


「あうっ!」


 階段でフィネたんがこける。


「危うく騙されるところだった。お前は偽りの神だ」

「どうでもいいから手を貸せ」

「あ、すいません。そうですよね」


 手を差し出し彼女を立たせた。



 △△△



 二人でとある店へと向かう。


 このティアズの街に唯一存在するアウトドア用品店。

 街の隅にひっそりとあるこじんまりとした店だ。


 人気のない店のドアを開けると、カウンターで昼寝をするマイスの姿があった。


「マイス」

「あん? おお、イズルか」

「こんにちは」

「フィネの嬢ちゃんも一緒なんだな」


 褐色坊主頭の巨漢は寝ぼけた顔で上体を起こす。

 営業中に寝るなんて、すでに商売を諦めてるなこれは。


「コーヒーを淹れてやるから待ってろ」

「悪いな」

「お得意様なんだから当然だ。嬢ちゃんも同じでいいか」

「うん」


 しばらくして湯気の昇るカップが出される。

 カウンターの前に出された椅子に腰を下ろしコーヒーを啜った。


「次はミッドナー方面のミストレイクに行く予定だ」

「あの湖か……キャンプをするにゃあそこそこいい場所だぜ。釣り竿を持っていけば魚も釣れるし、珍しい動物や野鳥も見ることができる。野草はあんまりだったが、キノコは結構とれた覚えがあるな」

「キノコに関してはあまり自信がないな」

「分かってると思うが見たこともない物は触るな。記憶が怪しい物を食うな。確実に安全と言える物だけ調理しろ。じゃないと死ぬぞ」


 マイスが真剣な顔をするので黙って頷く。

 言うまでもないほどよく知られたことだが、素人が森で手を出してはいけないものの第一位はキノコである。


 キノコは種類が多く似た物が多い。

 とり慣れた者ですら間違って毒キノコを食べてしまうほどだ。

 決して自己判断で口に入れてはいけない。

 持ち帰って専門家に判別してもらうのが最も安全だろう。


「とりあえず現地では食べずに持ち帰るさ」

「それがいい」


 ニカッと笑って彼はコーヒーを啜る。

 すると何かを思い出したようにカップをカウンターに強く置いた。


「そうだ、お前に注文されてた道具ができたんだった!」

「もしかして鍋?」

「そうそう! ありゃあいい道具だぞ!」


 彼は店の奥に行き、急いで戻ってくる。


 カウンターに置いたのは黒い重厚な鍋だった。


 隅々まで確認してみるが注文通りの出来だ。

 さすがは元鍛冶師、たった一回の注文でここまで理想通りの品を作るとは。


「あー、確かダッチオーブンって名前だったよな。こいつで鳥の丸焼きを作ってみたんだが、短時間で中まで火が通っていて予想以上だったぜ」

「だろうな。なんせこれは効率よく熱することができる万能鍋なんだよ。あるのとないのとではレパートリーの幅が格段に違う」

「よく考えるよなこんなもの。やっぱお前、暗殺よりもアウトドアに才能があるんじゃないのか」


 マイスは感心したように鍋を眺めている。

 俺もそうだったらよかったのにとしみじみ思う。


「残念ね。イズルは暗殺の才能に関してはピカイチなの。アウトドアに取り憑かれてなければもう少しまともな暗殺者だったでしょうね」

「今でも普通の暗殺者だ」

「そもそもお前ら、暗殺してる時点で普通じゃねぇだろ」

「「ごもっとも」」


 二人で揃って謝罪した。


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