暗殺者のいる平凡な街

 俺達の暮らすティアズの街は、ビステント王国の片隅にある。


 そこそこの規模でそこそこの暮らしができる、至って普通のどこにでもある街。

 どこにでもある街なら当然、裏社会だって存在する。


 暗殺ギルド。そこは諜報、工作、暗殺を引き受ける裏の組織。

 俺達はそこでフリーの暗殺者として日々のんびりと活動をしている。


「今回は簡単だったわね」

「モランは隣町に行く際、必ずあそこで野営をするからな。待ち伏せすれば始末は簡単だ」

「いつもこんなのだったらいいのに」


 俺とフィネたんはティアズの街へと帰還する。

 見慣れた建物に見慣れた道。

 すれ違うのは大体冒険者か商人だ。

 街全体に活気が溢れ大勢の人が大通りを行き交っている。


 荷物を背負ったまま二人で酒場へと入った。


「いらっしゃい」

「ミルク二つ」


 マスターに注文をする。

 もはや飽きるほど口にした台詞だ。


「ぶふっ、酒場でミルクかよ」

「ガキは帰ってママのおっぱいでも吸ってな」


 酒場にいる冒険者が俺達を馬鹿にする。

 ごとんっ。グラスに入ったミルクが出された。


「ウチはガキを座らせるような店じゃねぇ。まっとうな大人の邪魔にならないよう裏で飲め」

「そうするさ」


 グラスを持って裏口から出る。

 酒場の裏は建物と建物の隙間にあり、高い壁で囲われていて外からでは覗けないようになっていた。

 俺とフィネたんはグラスを反対側にある建物の小窓の前に置いた。

 前触れもなく小窓の戸が開き、しわくちゃの腕がグラスを中へと引き込む。


 しばらくしてから建物の壁が開く。

 俺達は特に不思議に思うこともなく中へと入った。


 地下へと続く長い階段。


 その先には金属製の扉があった。

 扉ののぞき窓が開けられ、鋭い目が俺とフィネたんを確認する。

 直後に扉の施錠が解かれた。


 扉を開ければそこは暗殺ギルド。

 殺し屋しかいない地の底のふきだめだ。


 血と腐臭が漂うジメジメした石造りの大きな部屋。

 テーブルと椅子が乱雑に並び、二十人以上の男女が酒を飲み交わしながら、どう標的を殺したか語り合っている。

 奴らは俺達が入るなり視線を向けずに殺気だけを向けた。


「あいつらいつも威嚇するわよね。なんでなのかしら」

「さぁ、この世界の挨拶みたいなものだろ」

「じゃあ反対に威嚇すると泣いて詫びるのはどうしてなの」

「適度に威嚇してくれなかったからだろ」

「子供か」


 でも実際、ここにいるのは子供のまま大人になったような連中だ。

 上にいるようなまっとうな大人になれなかった奴ら。

 外道の類いにまで落ちた正真正銘の最低最悪の人種だ。


 俺とフィネたんは奥にあるカウンター席へ座る。


「依頼を達成した」

「はいよ。死体処理班がすでに確認済みだね」


 グラスを拭く黒いローブを着た老婆が笑みを浮かべる。

 酒の代わりにカウンターには、金の入った袋が置かれた。

 フィネたんが袋の口を開いて中を確認する。


「ちゃんとあるわ。次もあんな感じの割の良い仕事をくれるといいんだけど」

「んなこたぁ依頼主共にいいな。あたしゃぁ所詮は雇われなんだ、都合のいいようにどうこうできる権限なんてないんさね。フリーが嫌ならどこかのお抱えでもなりゃあいい、殺しが嫌なら貴族の愛人って手もあるさ」

「うへぇ、やぶ蛇だったわね」

「ふぇふぇふぇ、無闇につつくからそうなる」


 フィネたんが老婆と話をしている間、俺はその背後のランク板を確認していた。


 ランクは五十位まで表示されていて五位にフィネアが入っていた。

 俺はと言うと五十位。底辺である。


 ランク板は簡単に言えば殺しの順位だ。

 どれだけ依頼をこなしたかを競う順位付けである。


 俺の場合、依頼のほとんどをフィネたんで引き受けているので、こう言った結果になっている。

 正直どうでもいいので順位が低くても気にはしない。

 趣味のアウトドアさえできれば全てがどうでもいいのだ。


「フィネた~ん!」

「うぇ、あんた達また来たの」


 フィネアは十五歳ほどの美少女だ。

 それはもう人形のように美しい容姿をしている。

 だからなのかこのギルドではファンクラブが存在していた。


 その名も『フィネたんを応援する会』。

 俺がフィネアをフィネたんと呼ぶのも元を正せばこれが原因だ。


 強面の男共が息を荒くしてフィネたんを見つめている。

 こいつらフィネたんの実年齢を知ったらどんな反応をするんだろうな。

 失望するのか逆に歓喜するのか。たぶん絶望する気がする。


 ま、どうでもいいか。


「そろそろいくわよ」

「ああ」


 俺とフィネたんはギルドを出る。



 △△△



 街の居住区にある小さな家。

 そこで俺と相棒は同居している。


「疲れた。やっぱり家が一番ね」


 ドアを開けるなり真っ先に言う台詞は決まってそれだ。

 俺としては一週間でも数ヶ月でもキャンプをしていたいのだが、さすがに彼女にそれを強要することはできない。

 あくまでも仕事上の相棒だ。


 リビングの椅子に腰を下ろせばフィネたんが台所へ向かう。


「ちょっと待っててお茶淹れるから」

「気が利くな」

「ずっと見張りしてくれたでしょ。少しばかりのお礼よ」


 湯飲みでお茶が出される。

 紅茶ではなく緑茶というのが非常に好ましい。

 俺の場合お茶と言えば大体これだからな。


 彼女は正面に席に座り同じく緑茶を啜る。


「ところでそろそろランク上げたらどうなの。上位になれば評判も上がって好きな仕事だって選び放題なのよ」

「今のままでいい。そこそこ仕事のできる奴ってレッテルは便利だしな。それに報酬の面もお前の名前で受ければどうとでもなるだろ」

「呆れた。まだそんなこと言ってんのね」


 先にも言ったが俺はランクとか評判とかどうでもいい。

 暗殺業だって足を洗いたいくらいなのだ。

 やるべきことがあるので仕方なくこの業界に留まっている、ただそれだけ。


 しかしながら説教をする彼女だって同じだろうに。

 俺と同じく仕方なく暗殺業を続けている彼女なら気持ちは分かるはずだ。


「そりゃあね、私だってこんな腐った業界からさっさと抜け出したいわよ。でも腕があってそれを活用しないのはどうかと思うの。あんた、私のファン共になんて陰口たたかれてるか知ってる?」

「どんな陰口だ」

「寄生虫。腰抜け野郎。キャンプ馬鹿」

「最後のは褒めてるな」

「褒めてないわよ! ど阿呆!」


 褒めてないのか……俺を見事に表わした素晴らしい言葉だと思うのだが。

 だがランク五位の彼女の相棒が五十位ならそう言いたくなるのは分からなくもない。そして、それこそが俺の狙いだ。馬鹿にされる程度がちょうどいいのである。


「ああ、言いたい! イズルの正体! こいつがどれだけ変態的に強いのか! 私の相棒はすごいんだぞ、って自慢したい!」

「やめてくれ。ようやく居心地のいい環境ができたのに、相棒のお前がそれを壊してどうするんだ。俺はアウトドアさえできれば幸せなんだよ」

「このキャンプ馬鹿!」

「やっぱり褒め言葉だよなそれ」


 俺の態度に呆れ果てた彼女は「寝る」と言って二階の自室へと上がって行く。

 リビングに荷物がそのままなのでハッとした。


「キャンプはかたづけるまでがキャンプだぞ!」

「起きたらやるわよ!」


 ふむ、まだ基本精神はできていないようだな。

 一人前のキャンパーは道具を愛し、道具に何をしてやれるか考える。

 長く使うためにも後始末は手早く行わなくてはいけない。


 と言うわけで俺は俺の荷物を片付ける。


 裏にある井戸で鍋やフライパンを洗い、それから服を洗い、さらにブラシで靴の裏を磨く。

 テントのシートも汚れを落とし後は天日干しだ。


 心地のいいキャンプを送るためには労力を惜しんではいけない。


 やるべき事が終わってから庭でごろりと横になる。

 今日も良い天気だ。やっぱりあそこでもう二、三日過ごしたかった。

 川で釣りなんかしてみたかったな。まだ渓流釣りは未経験だし。


「お、帰ってたのか」

「ん?」


 見下ろす中年男性。

 褐色の坊主頭の巨漢はよく見知った相手だった。


「来てたのかマイス」

「暇だったからふらりと来てみたんだ。予定じゃあそろそろ戻ってくる頃だったしな」


 マイスは俺の隣で横になる。

 相変わらずの革の手袋に革のオーバーオール姿。

 元鍛冶師だけあってこれ以上にないほどぴったりとはまった服装だ。


「で、今回のキャンプはどうだった」

「言うことなしの二重丸だった。見たいものを見られて、キャンプ飯も美味くて、やっぱり川の近くはいいよ」

「ははははっ、だろうな。イズルは雨の日だろうと喜びそうだ」

「雨か。いいな、まだ悪天候でのキャンプは体験してないんだよ」


 マイスは俺の友人だ。

 彼はこの街でアウトドア用品店を営んでおり、俺よりもアウトドア歴の長い尊敬するべき人物である。すでにこの大陸の大部分を回っていて、彼に聞けば見所スポットを知ることができる。

 さらに元鍛冶師と言う事もあり、俺の要望するアウトドア用品の開発にも尽力してくれている。もちろん金はしっかり取るけどな。


「それで、本業の方はどうだったんだ」

「そっちも達成したさ」

「部外者の俺が言うのもなんだが、いい加減に足を洗ったらどうだ。イズルはそういうのに向いていないと思うんだがな」

「止めたくても止められないんだよ。事情があって」

「またそれか」


 彼は口を開こうとしてすぐに閉じる。

 良い奴だからあえて聞かないと決めているのだろう。


 だがそれでいい。知っても碌な事はないのだ。


「それで今日は何しに来たんだ」

「おっと、危うく忘れるところだった」


 起き上がった彼は持ってきた物を俺に差し出す。

 それは小さな金属の筒だった。


「こいつはな知り合いの魔導技師に頼んで造ってもらったお手軽調理器具だ。魔導具のランタンは知ってるよな」

「魔力で発光するやつだろ」

「ランタンは内蔵されている魔石を消費することによって光る。でだ、この調理器具も魔石が内蔵されててスイッチを入れることによって、中の魔術変換回路を魔石の魔力が通り抜け炎に変る」

「ようは好きな場所で好きな時に調理できるってことか」


 調理器具は別に珍しい物じゃない。金さえ出せば固定の大型コンロが手に入る。

 だが彼が言いたいのはそこじゃないだろう、いちいち焚き火をせずとも野外で調理ができる、ありそうでなかったアウトドア界の革命的道具が誕生したことを伝えたいのだ。


 そして、彼の興奮は俺にもよく理解できる。


「よし、早速使ってみるか!」

「そうこなくてはな」


 家からホットサンドメーカーを持ってくる。

 折りたたまれた金属の板を開いて、中に食パン、レタス、チーズ、マスタード、食パンの順で置いてもう一枚の金属板で挟む。


 マイスが加熱器のスイッチを入れ、口から勢いのある火が噴き出した。

 その上にホットサンドメーカーを置いてしばらく待つ。


「そう言えばこれの名前は?」

「まだ決めてないんだ」

「コンロ……って感じじゃないよな」

「炎系の魔術でなんたらバーナーってのがあるだろ。それをとってシングルバーナーというのはどうだ」

「ツーバーナーを作る計画が透けて見えるな」


 そろそろだな。まな板と包丁を持ってきてホットサンドを取り出す。

 こんがりと焼けたサンドを包丁でザクッと切る。

 半分を持ち上げればとろーりとチーズが糸を引いた。


「あむっ、サクサクだな」

「火力は申し分ない。これは売れるぞ」

「宣伝してやるからタダでくれよ」

「半額で売ってやる。こっちは経営難なんだぞ」


 と言うわけで金を払ってこのシングルバーナーは俺の物となった。

 売る物を売ったとばかりにマイスは笑顔で去って行く。


 いいものを手に入れたな。これで次のキャンプはもっと楽しめそうだ。


「そろそろ出てこいよ」

「いひっ、ばれてたのか」


 庭の隅から薄汚れた男がどこからともなく姿を現わす。

 右手にはナイフが握られており、強烈な血の臭いを感じる。


「ずいぶん探したぞぉ、まさかこんな田舎にいたとはなぁ」

「お前も有名になりたい口か」

「そうだよぉ、あの一族で天才と呼ばれているお前を殺せば、俺の名は称えられ一躍時の人だぁ。頼むよぉ、俺のために殺されてくれぇ」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと殺しに来たらどうだ」

「俺のスキルに恐怖しろよぉ、なんてたって――あれ?」


 男は力なく前のめりで倒れる。

 何が起きたのか理解できていない様子だ。


「力が……首から下の力が入らない……」

「ほら、返すよ」


 俺は小さな骨を顔の近くに捨ててやった。


「なにこれ……」

「お前の頸椎の一つだ」

「は?」


 背後に回ったことも気が付いていないようでは最初から相手にならない。

 頸椎を引き抜く際に神経を引きちぎったので、奴はもう二度と立つことができないだろう。


 このまま放置してもいいが、正体を近辺で言いふらされるのは困る。


 俺は静かに包丁を掴んだ。


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