第27話 何がゆえかわからないが女子生徒は涙した。

「駿先輩!何をぼさっとしてるんですか!ほら早く走る!」

「は、はい!すみません玖瑠未さん!」

「口より足を動かす!ノルマの半分も行ってませんよ!!」

「い、いってきまーす!!」

一体なぜこんなことになったのだろうか。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


時は遡ること1週間前。

出場種目を決めた日の翌日の放課後、事件は起きた。

「駿先輩。今帰りですか?」

「そうだけど、なんか用か?」

「はい。駿先輩ってクラス対抗リレーに出ることになったんですよね?」

「それがどうかしたのか?」

「それでですね、もし先輩が嫌じゃなければ、くるみと一緒に練習しませんか?」

「練習?」

「はい。くるみもクラス対抗リレーに出るんですけど、最近走ってないから鈍っちゃって。だから一緒にどうかなって。」

「いや、俺は別に・・・」

玖瑠未がぐっと近づく。

「駿せんぱーい。くるみにかっこいいところ見せてくださいよぉ。」

さらに近づく。

「わ、わかったから、これ以上近づくな。恥ずかしいだろ。」

「駿先輩ったら照れちゃって~。くるみのことちゃんと女の子だって意識してるんですね~?」

「まあ、そりゃするだろ。」

実際、こいつは女子なんだから。

「あ、ああーそうなんですねー・・・。してるんだ。くるみのこと・・・」

モジモジ。

「おい、何を照れて――」

照れてる玖瑠未を見て俺は気づいた。

玖瑠未の『女の子として意識してる』ってことの意味に。

敏感な俺としたことが。

とりあえず話題を変えなければ。

「れ、練習するんだろ・・・?早く行こうぜ・・・」

「あ、はい・・・。では行きましょう・・・」


「あ!いた!駿!」

「やっぱ来てよかった。嫌な予感的中。」

「お。お前らどうした?」

ふみに陽花里だ。

「どうした?じゃないでしょ!玖瑠未とどっか行こうとしてたでしょ?」

「ねえ、駿くん。どこ行く気なの?」

「玖瑠未とリレーの練習だ。」

「そうですよ。だから先輩たち、邪魔しないでくださーい。」

「ううん。全力で邪魔して――」

「あれ、赤海。お前何でここにいるんだ?」

ふみ何か言いかけた時、担任の虹岡先生が来た。

「あ、に、虹岡先生・・・」

「お前、確か今日は借り物競争に出場する生徒の集まりがあっただろ?ここで何してる?」

「そ、それはですね・・・、えっと・・・、そう!この白谷陽花里に連れ出されたんです!」

「白谷?白谷はいないぞ・・・?」

「え?陽花里ならここに・・・ってあれ?」

そこにあったはずの陽花里の姿はなかった。

「もう始まってるぞ!ほら早く行け!!」

「は、はい!すみません!!くそ、陽花里やつ~~~!!!裏切ったな~~!!!」

ふみの全力ダッシュ。

ふみの声が遠くに消えていく。

最初に裏切ろうとしたのはお前だけどな。

「まったく元気な奴だ・・・。しかし、黒川はホント赤海と仲良いのよな。何お前ら、付き合ってんの?」

虹岡先生がいたずらに言う。中学生かよ。

「付き合ってませんよ。先生ってホントそういうの好きですよね。」

「好きか好きじゃないかなんて関係ないぞ。生徒の恋も応援してやるってのも教師の務めだ。じゃあお前らが付き合ったら速攻で教えろよ。」グッジョブ!

そう言い残し、先生は職員室へ戻っていった。

「まったくあの人は・・・。俺とふみがどうやったら恋人に見えるんだよ。なあ、玖瑠未。」

「・・・」

返事がない。

「玖瑠未?」

「あっ、あーすみません。ちょっとボーとしてました。じゃあ、行きましょうか。」

「あ、ああ、じゃあ行くか。」


「じゃあ駿先輩!とりあえず今日は校舎回り20周してみましょっか!」

「に、20周・・・?多すぎないか・・・?」

「20周で何をぶつぶつ言ってるんですか?たかが20周ですよ?距離にして10kmとかですよ?」

「いや多いって!俺たちが本番で走るの200mとかだよ?」

「まずは脚力と体力をつけるところからです。ほら、早く走る!」

「それでも、帰宅部に10kmは・・・」

「は!し!る!」

「は、はい!!」

「この練習は体育祭の前日まで続きますからね~!どんどん走る距離は伸ばします!」

「鬼か。」

黄山玖瑠未。

なるほど、鬼教官に豹変するタイプか。あはは・・・。はあ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


よって俺はかれこれ1週間毎日10km以上走らされている。

誰がいつもはあざとい小悪魔後輩が、こんな鬼教官に豹変すると予測できる?

「7周目よりタイム落ちてる!もう少しペース上げて!です!」

もはや敬語とため口が入り混じっている。

「は、はーい・・・!」


24周完走。距離にして12km。

「駿先輩、お疲れ様です。大丈夫ですか?」

「ああ、もうくたくただ・・・」

「私の膝まく――いえ、水分補給しっかりしてくださいね。」

膝枕って言おうとしただろ。

どういう切り返しだ。

てかそういえば、最近あざとくないような・・・。練習の影響か?

(あれ、あそこの陰に隠れてるのって・・・)

「駿先輩、ちょっとお手洗い行ってきますね。」

「ああ、行ってらっしゃい。」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


逃げられないよう、気づかれないように背後から忍び寄る。

「いちご?」

「ひゃっ!くるみ?な、何か用かしら・・・」

「何か用って、それはこっちのセリフだよ。ずっと駿先輩のこと見てたでしょ?」

「え!?な、なんでわかったの!?」

「わかるに決まってんじゃん!で、何の用?」

少し意地悪な質問。答えは聞かなくてもわかってた。

だっていちごはくるみと一緒の目をしてるから。片思いの女の子の目。

「駿兄のこと見てたの・・・。最近玖瑠未とずっと一緒にいるって聞いたから、様子見たくなって。」

「やっぱいちごって駿先輩のこと・・・」

これも聞かなくてもわかってた。わかってたけど、もしかしたらくるみが思ってるこのは思い違いかもしれない。いや、思い違いだったらいいな。

そんなかすかな希望が混じっていた。

「そんなの聞かなくてもわかってるでしょ?好きよ。」

やっぱりか。

しかし、こんなにはっきり言われるとは思はなかった。

「ス、ストレートだね・・・」

「まあ本気だからね。てかくるみはどうなの?」

「え、くるみ?」

「そう。くるみはあいつのことどう思ってるの?好きなんでしょ?」

「くるみは・・・」

くるみは、どうなんだろう。

確かにくるみは駿先輩のことが好き。この気持ちは間違ってない。

いちごはこんなに堂々と真っすぐに彼を想ってる。

赤海先輩に白谷先輩だってそう。

くるみは駿先輩の隣に立つのに相応しい人間なのかな。

赤海先輩や白谷先輩、いちごの方が相応しいのかな。

最近よく考えてしまう。

気持ちを整理したいがために考えるのに、考えるたびにぐちゃぐちゃになって。

恋したての頃は、話せるだけでも舞い上がっちゃってた。

初めてできた好きな人。毎日がとてもとても楽しかった。


もし彼と結ばれたらくるみはとても幸せだ。

でも、彼は?

くるみより可愛い子なんていっぱいいるし、性格のいい子もいっぱいいる。

くるみ以上に彼を幸せにできる人が他にいるのではないか。

くるみが隣にいることで、本来彼が得られるはずだった幸せを減らしているのではないか。

最近はそんなことばかり考えて、苦しんで、彼との距離は怖くて詰められない。


恋ってこんなにも辛いものなのかな?苦しいものなのかな?

恋って、幸せって、何なんだろう。

いっそのこと諦めて引いちゃった方が、楽なのかな。


「別にくるみがどう思ってたって私には関係ないけどね。でも、あんまりグダグダしてると何もできないまま終わっちゃうわよ?」

「何もできないまま・・・」

「そう。彼との距離は一定で、ただの友達止まり。そんなの私は嫌。恋人になって、結婚して、生涯を添い遂げたい。駿兄に好きって言って欲しいし、手つないだり、キスしたりしたい。好きな人とそんなこと出来たら最高に幸せじゃん?だから私は今、精一杯アタックして彼を振り向かせようとしてる。全力でやってればさ、もし私以外の子と結ばれたとしてもきっと後悔はしないから・・・。ま、まあ、駿兄と結ばれるのは私なんだけどね・・・!」

さらに続けていちごは言う。

「まあ、恋敵が何もしてこないなんて私にとっちゃ嬉しいことだけどね。でもさ、どうせ奪い合うなら、相手が本気じゃないと面白くないじゃない。てか、私たちは恋敵以前に、友達・・・でしょ?と、友達がしょぼくれた顔ばっかしてたら心配だし・・・」

「いちご・・・」

ああ、いちごはホントにしっかりしてる。

くるみは自分のことばかり。

他の子のことなんて考えていなかった。考えられなかった。

ホント自分が情けなくて嫌になる。

「わ、私はもう帰るわ!駿兄の顔も一目見れたしね!じゃあ!」

「あ、じゃあね。」

「また聞くわね。『彼とどうしたいの?』って。その時には答え、出せてるといいね。」

そう言い残し、いちごは帰って行った。


彼とどうしたいか。その答えは出さずにいる。

でも彼にどうなって欲しいか。その答えなら容易に出る。

くるみは彼にめぐる幸せが少しでも多くあって欲しい。

だからくるみは―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おかえり。」

「た、ただいま。」

「ん?なんか暗い顔してるけど、どうした?」

「別になんでもないですよ・・・」

「なんでもなくはないだろ。顔色悪いぞ?」

「気のせいですよ・・・」

「気のせいじゃねえよ。何か悩みでもあ――」

「ホントに何でもないですってば!」

「えっ、あ・・・、そっか。ふぉ、ごめん。」

「あ、いえ、くるみこそ大きな声出しちゃって・・・」

「いやそんな、謝んなよ。てか、あ、明日の練習もこの時間だよな?」

「いえ、練習は・・・今日でおしまいです。」

「え?」

「き、聞こえませんでしたか?練習は今日でおしまい・・・。もう先輩は十分やりましたから。」

「でも最初は前日までするって・・・」

「き、気が変わったんです・・・」

「玖瑠未、やっぱり変だぞ・・・?ホントに何もなかったか・・・?」

「もう!だからないですって!お願いだから、もうくるみに優しくしないで・・・」

帰ってきてからずっと下を向いていて、表情が見えなかったが、玖瑠未の顔から雫がこぼれたのが見えた。

玖瑠未は、泣いていた。

「ご、ごめんなさい・・・。ぐすっ、くるみ、用があるので帰りますね・・・じゃあ・・・」

俺はただその場に立ち尽くしていた。


この日から約2週間、体育祭の日まで俺は玖瑠未と会うことはなかった。

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