第11話 ダメ人間が良いことすることを一般的に「映画版ジャイアン現象」と呼ぶ#2

 禅とユノが門の方に近づいていくと大きな爆発音が轟いた。それによって、辺り一面に砂煙が舞って、門の一部は火柱が上がっている。


「おいおい、まさかアレがアド......あど......なんだっけ。アンドロメダか?」


「アケアドスですよ。地竜アケアドス。岩山背負ったような背中が特徴的な四本脚の竜です。『地竜』とつくだけに飛ぶことは出来ませんが、竜であることには変わりないのでこのままでは甚大な被害を及ぼします」


 門の煙が晴れてくる。すると、その煙の影が段々と濃くなり、やがて巨大は口から煙を垂らすちょっとした山のような竜がゆっくりと接近してきていた。

 その迫力はかなり遠くいる禅たちの背後にいる冒険者たちに強烈な印象を与えていて、半ば放心状態でその姿を眺めている。

 するとその時、隣にやって来たスキンヘッドでひげを生やした筋肉隆々の男ガンザスが話しかけてきた。


「なあ、新入り。アレが災害と呼ばれる竜種だ。本来、何十年と眠っているからお目にかかれるのもレアな魔物だが、この状況はまさに最悪と来た。街を散歩のつもりで歩いて壊すんだからな」


「散歩ねぇ。それに災害とはまたとんでもねぇ奴が来たもんだ。あれか、その災害って最近俺が小銭入れから取り出した1000ギルが急な突風で吹き飛ばされるのと同じ感じか」


「それもそれで災難が、どう考えてもそんな小さい不幸と一緒にするな。あれは死神と一緒だ。この町にいる時点で俺達は命を刈り取る鎌を喉元に突きつけられてるのと同じなんだよ」


「なるほどな。あんたのハゲ頭と一緒ってわけか。まさに生死の境にいる感じ」


「いや、俺の頭は残念ながら既に荒野......ってそうじゃねぇよ! なんで毎回ボケをワントラップしなきゃ気が済まねぇんだよ! 俺達はもうすぐ死ぬかも......いや、十中八九死ぬんだぞ!?」


 ガンザスはキランと東部を太陽の光で輝かせながらも、その頭とは反対に深刻な表情で禅に告げた。

 しかし、禅は臆する表情もせず、ただジッと正面から迫ってくるアケアドスを見つめている。その姿をユノは少し意外に感じた。なぜなら、少しだけ生気が宿ったような目をしているからだ。

 するとその時、禅の足元からドンッと鈍く何かがぶつかった。


「おじさん、私なら大丈夫だよね?」


 その声の主はヤユイであった。ヤユイは潤んだ瞳で禅の顔を見る。今にも泣きそうな顔を必死涙を堪えている。

 すると、禅はそっと口角を上げるとヤユイが被っている帽子を押して、深く被せた。


「あ~あ、嫌になるな。ちっちゃいのよりも先に大人の方が心へし折られちまうなんて。これじゃあすぐに俺みたいなダメ人間が量産されちまう」


「ゼンさん?」


 禅は大きく背伸びしながら前に一歩、二歩と進んでいく。


「俺は冒険者って仕事をイマイチ理解してねぇし、職についたのだって今が初めてだ。だから、冒険者ならではの苦労とか、事情とかそういうのはよくわからねぇ」


 禅は頭の後ろで手を組むとニヤッとした顔で振り向いた。


「けどよ、そこのちっちゃいのは冒険に憧れてんだ。冒険者になりたがってんだ。冒険者の俺達が強敵を倒すっていう冒険をしないでどうするよ?」


「新入り......」


「おじさん、前!」


 ヤユイが指さす方向には巨大な火球を口に集めたアケアドスの姿があった。そして、アケアドスは収束させた火球を一気に解き放つ。

 すると、その火球は猛スピードで門を抜けて集まっていた禅たちに迫りくる。

 その瞬間、禅は走り出した。


「俺がいくらダメな人間で毎日酒飲んで毒状態ふつかよいになろうとな! ちっちゃい奴の前には夢へのワクワク心とサンタさんの存在は信じさせてやらねぇといけねぇんだよ!」


 禅は拳を固く握ると迫ってきた火球を思いっきり殴った。そして、雄叫びをあげながら勢いを殺し、逆に跳ね返す。

 その瞬間、火球は勢いよく放たれた位置に戻りアケアドスの顔面に直撃した。


 そのあまりに理解不能な光景に思わず固まる一同。それはユノも例外ではなく、「あれ? こんなことできるようにしましたっけ?」といった顔をしている。

 すると、禅は思い出したかのようにガンザスに告げた。


「あ、そうそう。そこのハゲおやじ。確かギルドの階級審査官をやってたっけな」


「......誰がハゲおやじだ。ああ、確かにやってる」


「確か俺達ってもう階級試験受けれたよな。丁度いいから、あのデカブツ倒したら階級一つ上げてくんない? そんじゃ」


「おい待て!」


 禅は勢いよく走り出すと一気に門を抜けて、さらに少し遠くにいるアケアドスの顔面に向かって振りかぶった右拳を叩きつけた。


「ギャアア!」


 ダメージが入っているのかアケアドスは叫び声をあげた。しかし、そのままやられっぱなし鳴わけが無く、アケアドスは勢いよく頭を戻して禅に頭突きする。

 その瞬間、禅は地面に叩きつけられ、勢いよく地面を引きづられて行く。


「痛たたた。ちょっと血が出てるし、あ~あおニューの村人の服が無駄に穴開いちゃって、無駄にカッコつけた感じになってるよ。特に右袖が破れてる感じが、厨二感漂っちゃうよ......ん?」


 割と余裕そうな、もとい実際案外余裕な禅は今にも踏み潰そうとするアケアドスの攻撃を避けるとそのまま顎にアッパーカット。

 その勢いは山のようなアケアドスの巨体の両前足を若干浮かすほどであり、その衝撃が突き抜けて脳が揺れたのかアケアドスはふらついている。

 すると、禅は頭に乗って首を伝って背中に行くと一部剣山のようになっている鋭い岩を折って回収。そのまま首筋に戻ってくる。もちろん、禅よりはるかに大きい岩だ。


「いいかあき.......あか......アンドロメダはさっき違うって言われたし、ああそうだ! アニサキス! お前に恨みはねぇが、その命ちっちゃいのの憧れに火をつける発火剤になってもらうぜ!」


 禅は勢いよく跳躍すると岩の鋭くなっている部分を真下に向け、そのまま投げ飛ばす。その瞬間、その岩はアケアドスの頭を貫通し地面に突き刺さった。

 そして、アケアドスは断末魔の叫びを上げることもなく絶命し、自重で大地を揺らしながら力なく倒れる。


 折った岩の断面に着地するとそのアケアドスの死体周辺に先ほどの冒険者が集まってきた。その中には当然ヤユイの姿もある。

 ヤユイは興奮した様子で「おじさん、すごーい!」と言いながらぴょんぴょんと跳ねていた。


****


「「本当にありがとうございました!」」


 翌日、ヤユイの両親が街にやって来て禅とユノの前で丁寧に頭を下げる。


「いえいえ、大したことはしてないですよ。ご両親に無事あえて良かったと思います」


「これでさよならだな、ヤユイ。俺達との冒険はおしまい。良かったな。これからは母ちゃんの美味しい飯が毎日食べられるぞ? それに俺みたいなダメ人間とこれ以上つるむ必要も無いしな」


 そういう禅だがヤユイは禅の袖を掴んで離そうとしない。


「完全に懐かれちゃってますね」


「はあ、ガラでもねぇことはあんまりしたくないんだけどな......」


 禅は頭を掻きながらしゃがむとガサツにヤユイの帽子を目深に被せた。


「冒険したくなったらいつでもこい。もっともしっかりと父ちゃん母ちゃんの言うこと聞いて、その上で自分がダメにならず、ダメ人間をさらにダメにしない方法を身に着けてからな」


「......うん」


 ヤユイの肩は僅かに震え、アゴ下から涙が滴る。しかし、禅はそれに気づかぬふりをしながら「さっさと行ってこい」と促す。

 そして、ヤユイは両親と手を繋ぎながら、わずかに後ろを振り返って去っていった。


「ダメ人間でもいいところあるんですね」


「だから言ったろ。ガラでもねぇんだよ」


 そういう禅の顔はまんざらでもなさそうだった。

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