第12話 心の火にも用心を

「いや、放して!」


「安心しろって。こんな夜道に女の子一人を歩かせるなんて冒険者としてそんな危険な行動を見逃せないだけだって。まあ、その分の料金は払ってもらうけどな」


「その払うのがお金じゃねぇってだけの話だ」


「大声を上げるのも無しな。親切にしてるのに不審者扱いされちゃ困るからな」


 猫耳フードを被った少女は屈強の男二人に両腕を掴まれ、もう一人の男に口を塞がれ声が出せない状況でいた。

 そして、必死に抵抗しているが明らかな力量差によって身動きが取れず、少しずつ路地裏という闇の世界へと入り込んでいっている。


「うぃ~~~~、飲んだ飲んだヒック。ん? おらぁ、こらぁおめぇら夜遊びはいけぇぞ、ヒック。あ~、なんか気持ち悪くなってきた。腹が~腹に来てる」


 フラフラと危なげな千鳥足で歩いてきたのはカラの一升瓶を片手に持った禅であった。

 禅は酷く泥酔しているようで、今日も変わらずどこかで飲んできたらしい。


「なんだてめぇは! 酔っ払いにはかんけぇねぇすっこんでろ!」


「バカヤロー! これから凌辱系同人誌のネタが作られようとしてるってのに見過ごせるわけあるか! ヒック。俺はな、あれだ、ラブコメ派なんだよ。そっちでもイチャラブ派なんだよ。ヒック。それをニヤニヤして周囲から気持ち悪がられるのが俺なの! 女の体は何人もの野郎の波動砲受け止めるようには出来てねぇんだよ! つーか、その3つの穴もおひとり様限定じゃボケぇ! つーか、俺と一発どうですかボケぇ!」


「なんか結局イチャラブも何もないサイテーな口説き方してるんだけど―――――がはっ!」


 禅の投げた一升瓶がユノの口を押えていた男に頭に直撃。それによって、砕けた一升瓶とともに男は倒れていく。

 すると、他の二人もさすがに危機を察したのか女を放して剣を抜いた。


「おうおう? なんだ? やるってか? 俺もエクスカリバーを抜くぞ?」


「あ? どこにそんな聖剣あるってんだ」


「あるだろが! 男には必ず一本のエクスカリバーが!」


「さっきからただの下ネタ好きの変態おやじじゃねぇか! 構ってねぇでさっさと殺るぞ!」


「いいのか?」


「「!」」


 今にも飛びかかろうとしていた二人の男は思わず止まった。それは目の前にいるの雰囲気が一気に変わったからだ。

 先ほどまでただの酔っ払いであると思えば、急に真剣な目つきで二人を見据える。


「その判断でいいのかってんだ。やるならやるで構わねぇ。俺は逃げも隠れもしねぇ。つーか、隠しきれねぇ。だが、それでもやるんだったらいいぜ。かかってこいよ」


「なんだコイツ!」


「急に酔っ払いの雰囲気が消えて、右手でお腹を押さえて......ん? なんで急に涼し気な顔してるんだ?」


「そりゃおめぇ、俺の胃に溜まったチャージ砲がいつでも口から発射オーライになってるからに決まってるだろうが」


「何すました顔でゲロ申告してるんだよ! え、急に凛々しくなったのその影響!? 雰囲気変わったとか思った俺達めっちゃ恥ずかしいじゃん! ゲロをすまし顔で押さえ始めた奴に強敵感を感じたのめっちゃ恥ずかしいじゃん!」


「なんかもうやる気なくなってきた。自分が悲しくなってきた」


「俺もだ。今日は大人しく帰ろうぜ」


「ま、待ってくれ! 俺もう動いたらやばいんだ! あ、ちょ、行かないで! お願いします、行かないでください! 引き鶴でもいいから俺の宿屋に連れてって! あ、でも引きづるのはやっぱなし想像してたら気持ち悪くなってきた」


「「お前はそこでゲロ製造機にでもなってろ!」」


「ちょっと、どこでそんな汚い言葉を覚えてきたの? って、違う違う、言ってみたかっただけだから! あ、行かないでー.......ぁ~~~~、どうしよ。あ、やべ、叫んで来たらさらに上がってきた。シンクロ率が90パーセントまで来ちゃったよ。もう戻れねぇよ。うぷっ」


 禅は地面に膝をつけるとそのまま一気に吐いた。もう何度目かの見慣れた吐しゃ物に親近感すら感じるほどに。

 すると、そんな禅の近くに先ほどのフードの少女がやってくる。そして、禅の背中をそっと撫でた。


「大丈夫ですか? 思いっきり吐いてもらって結構ですよ。気持ち悪いとは思いませんので。というか、少し愛着が湧いてきます」


「げほっげほっ、え、なんだって? ゲロこれに愛着が湧く? 別に性癖にちゃちつけるつもりはねーが、スカトロ趣味とはまたたいそう立派なものをお持ちなこって。あ~、頭痛てぇ」


「いえ、あなたのだから愛着が湧くんですよ。これで助けられたのは二回目。もはや少し運命じみたものを感じます。いや、運命ですね。私の直感がそう告げてます」


「(あ~、なんかやべー女を助けちまったか?)」


 発言の端々から思わずそんなことを思ってしまう禅。そもそもフードの女の子なんて助けた記憶がない。

 というか、そもそも3日前の自分が何やってたか思い出せない。というか、お酒飲み始める前の自分すら思い出せない。

 故に、フードの少女なんて助け記憶もない。


 禅は「悪い。助かった」と告げながら立ち上がると歩き始める。


「惚れた腫れたは結構。自分の気持ちに正直になった結果だから、誰にも口出す権利はねぇ。けどよ、もしその相手に俺を含めてるのだったらそれはやめた方がいい。俺みたいなのに付き合ってると人生設計狂っちまうぞ」


 ひらひらと後ろにいる少女に手を振りながらややスッキリした顔で告げた禅は相変わらずの千鳥足で進んでいく。

 すると、その少女は禅の腕を取って肩を貸した。


「私の人生設計が狂ってるかどうかは私自身が決めることですよ。だから、誰に惚れようとそれは私の勝手はないですか?」


「まあ、違いねぇな」


 そして、二人は夜道を歩いていった。


****


 翌朝、窓から差し込む朝の陽ざしにイラ立ちながら禅はゆっくりと目を覚ます。

 本当なら当然の如く二度寝をかましたいところだが、それを太陽とユノが許さないわけで......


「あ~、朝がツライ。どうして朝って概念があるんだろうな。少しはお天道様も二度寝ぐらいしろってんだ。もしくは、寝る時間を長くしろ」


 愚痴をこぼしながら大きく伸びをする禅。そして、腕を一気に脱力すると左手の指先に何か柔らかいものを感じた。

 その感触を疑問に感じながら、右手で目を擦り、左手で揉む。うん、やはり柔らかい。


「ん? なんだこりゃあ? 長ぼそい感じでもないし、むしろ丸――――――」


 相変わらず今にもまぶたがくっつきそうな目が左手側にいる人物を見た瞬間、目がカッと開いた。

 そこには桜色の髪をした耳の上に角を生やした少女がスヤスヤと眠っていたからだ。そして、禅が触ったのは言うまでもなく胸だ。

 そして、見えてる限りは服を着ていない。


「(......ぱ、パイオツカイデー!?)」


 禅は焦っていた。


「(え、え!? 何これ? 俺、え、なにこれ!? なんで俺、少女と同衾してんの!? やべーよ、どうしよ。全然思い出せねーよ。昨日何があったか走馬灯すら見えてこねーよ。俺の脳のスペックどうなってんだよ。つーか、頭ガンガンするよ......酒? 酒なのか? どこかで泥酔した俺が引っかけてきたのか? いやいや、仮にそうであっても普通引っかかるか? あ、でも、ここ剣とか魔法とか普通じゃなかったわ)」


 禅は顔色を青白くさせたままそっと左手を引き離す。その顔色の悪さは二日酔いのせいかはたまたこの事態のせいか。


「(つーか、なんで俺パンイチなんだ!? え、やったのか? やっちまったのか? それはやべーよ。マジやべーよ。いや、でも寝ぼけて間違えて部屋に入っただけかもしれない。ほら、To〇oVEるのモ〇とか寝ぼけてリ〇の布団入ってくるし......あ、あれって確かわざとなんだっけ? あ~もうめんどくせぇ! なんで俺がこんなことで悩まなきゃならんのだ! つーか、頭痛てぇ!)」


 そして、禅の選択した結果は―――――


「寝よ」


 二度寝だった。


「あなたはそのまま二度と起きてくるなー!」


 禅が寝ようとしたその瞬間、いつの間にかそばにいたユノに蹴り飛ばされて窓から宿屋の外へとはじき出された。

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