第36話 端役

 多村は言葉に、全て分かっている、そういう含みを持たせた。口をつぐんでいても、事実を突きつければ観念して白状する、それが被疑者に共通する心理だ。

 全ては多村の想像に過ぎなかったが、近藤の表情がそれが間違っていないことを物語っていた。


「台本では西野が死ぬはずが、実際に死んだのは会田だった。飛び降りの演技をさせて突き落とした」

 多村は隣に座る若手俳優の目を覗き込んだ。

 近藤はフロントガラスの方に向けていた視線を刹那刑事に向けたがすぐに戻した。荒くなった息遣いが多村の耳まで届いた。心臓の音まで聴こえてくるようだった。もう一押しだ。多村はムチをアメに替えた。


「お前はどうなんだ?まだ大学生だろ。人生これからなんだから、本当は手を貸したくなかったんじゃないのか。殺しなんかに加わりたくなかったんじゃないのか。そうだろ?」

 落とし文句だったが、多村の本心でもあった。大学生を殺しの計画に巻き揉むのはあまりに酷だ。まだ経験も浅く、劇団への想い入れも他の団員よりもずっと浅いはずだ。近藤の目が潤んでいるのが見えた。

「お前は人を殺すために劇団に入ったのか?違うだろ。芝居がしたくて逢友社に入ったんじゃないのか」

 じっと前を向いたままだったが肩が震えていた。

「辛かったんだろ。こんな犯罪に加担させられて、いつかバレるんじゃないか、捕まるんじゃないか、ずっと不安だったんだろ?」

 肩に手を置くと、一気に涙が溢れ出した。近藤は眼鏡を外し、袖で涙を拭きながら嗚咽を漏らした。

「すいません、すいません」と何度も繰り返した。謝罪の言葉は横にいる多村に対してか、死んだ会田へのものかもしれない。

 その嗚咽を見て、多村は大学生を殺人に巻き込んだ逢友社の団員たちへの怒りが込み上げてきた。近藤が純粋な加害者とは思えなかった。


「僕はどうなるんでしょうか」

 眼鏡を外したまま、泣き濡れた目を向けた。

「お願いします。助けて下さい」

 多村の膝につきそうなほど深く何度も頭を下げた。


「どの程度係わっているかにもよるな」

 覚悟を決めた人間は饒舌になる。自分の目的を果たすために何でも喋る。助かりたければ助かるように。多村は事件について知っていることを吐き出させようとした。


「計画は聞いていましたけど、僕はカメラを回していただけです」


 その言葉に嘘はないだろう。入団間もない大学生に、重要な役目は任せない。邪魔になる可能性もあるし、良心の呵責に耐え兼ね警察に垂れ込むことも考えられる。近藤に与えられたのは端役で、計画を知らされたのも一番後だと思われた。


「会田を突き落したのはお前ではないな?」

 庇ってやりたくても、これが近藤なら話は変わるが、カメラは稽古場の後方にあった。ベランダから一番遠いところにいた近藤が突き落としたとは考えられない。


「僕じゃありません。突き落としたのは里沙です」


 里沙?国村里沙だと?

 予想外の告白に、多村は驚きが顔に出ないよう堪えた。


 会田を突き落としたのは、近くにいた滝沢だと思っていたが「国村里沙が突き落としたのか?」

 多村は努めて冷静に、知っていたかのような口調で質した。

 

「里沙はどうなるんですか?」

 鼻水をすすりながら言ったその言葉からは、劇団仲間を心配するのとは違う含みが感じられた。

 恋人同士だろうか。だとしたらわざわざ彼女がやったとは言わない。どういう関係だ?

「国村のことが気になるのか」


「幼馴染なんです。僕は彼女に誘われて逢友社に入団しました」


 多村に二つの顔が浮かんだ。

「会田と柳田みたいだな」

 何気ないその一言に近藤が反応した。

「彼女は、里沙は、子供の頃は柳田里沙と言う名前でした」


―柳田だと?―


「どういうことだ?」

 驚きのあまり、考える間もなく疑問が口を付いて出た。


「里沙は柳田さんの弟の子供です。彼女の伯父が柳田優治です」


 柳田は弟と二人兄弟だと小林美恵子が話していたが、それが国村里沙の父親だというのか。柳田優治と同じ芝居の血が流れているということか。しかし今は国村姓になっている。「子供の頃は」とはどういうことか。


「里沙の父親は、彼女が幼い頃に交通事故で亡くなりました。それからは柳田さんが父親代わりになって、度々家に来ては可愛がってくれたそうです。運動会や授業参観にも来てくれて。“ごっこ遊び”なんかも柳田さんとやったそうです」


 ままごとやお姫様ごっこは多村も娘に付き合ったが、俳優が相手ならまた特別で、柳田は設定や配役を工夫して遊んであげたのかもしれない。それで演技力がついたと考えるのは大げさだが、何らかの影響を与えたことは想像が付く。


「里沙の母親は、里沙に似たきれいな人です。でも柳田さんは、恋仲になるようなことはしなかったそうです。亡くなったとはいえ、弟の妻ですから。しばらくして母親が再婚して、それが今の父親です」


 いかにも柳田らしいエピソードだと、面識のない多村にも感じられた。それで国村になったというわけか。


「柳田さんは、よく逢友社の話をしてくれたそうです。里沙は柳田さんが亡くなったのをきっかけに芝居を始める決意をして、それで逢友社に入団しました。ですが柳田さんの親友と聞かされていた会田さんは想像とは正反対の人で。柳田さんは、活躍に嫉妬した会田さんから執拗に芝居を貶されて死を選んだ、会田さんに殺されたようなものだと他の団員の方から聞かされてショックを受けていました」


 大切な伯父の命を奪ったのは会田だった。国村もまだ若いが、それが殺人に加わり、最後には突き落とした動機か。

「会田は、国村が柳田の姪だと知っていたのか」


「他の方は知っていますが、会田さんだけ知りません」

 会田に柳田の話はタブーになっている。姪だと知っていたら入団させなかっただろう。初舞台で主演を務めたのは演技力だけでなく、柳田優治の姪だから他の団員も受け入れたのかもしれない。


「僕はどうなるんでしょうか。僕だって本当は人殺しなんてしたくなかったんです。僕はまだ逢友社に入ったばかりで、会田さんを恨んでもいません。助けて下さい。お願いします」

 一通り話し終えると近藤は声を震わせ、多村の手を両手で握りしめた。


 まだ大学生、自分の身を案じるのも当然で、恨むほど会田とのかかわりはなかっただろう。なんとかしてやりたいが、多村にはどうにも出来そうになかった。

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