第5章 卒業式とタイミング

第1話


「……えーっと、お久しぶり……です?」

「ははは。やーっと来たな。久しぶり、市ノ瀬」


 この学校では、放課後に生徒会があるのは滅多にない。


 せいぜいあるとすれば、何か行事が近くにあったり、書類にミスがあったりすれば、仕方なく……という程度だ。


 まぁ、こうして主に生徒会の活動が朝にあるからこそ、生徒は部活動に入りやすくなる。


 だから、前回の生徒会メンバーは全員何かしらの部活動をしていた。ちなみに俺は『文芸部』だ。


 まぁ、生徒会に入る前にはほとんどの生徒が部活動に所属している状態だから、この朝に……というのはありがたい。


 ただ、今回の生徒会の俺以外のメンバーは部活動に所属していないというなかなか珍しい話である。


 そして、今はテスト週間中で部活動がない。だからこそ、なぜか電気のついていた生徒会室が気になってしまったのだが……。


 生徒会室に入ると、そこには自由登校になっていていないはずの三年生の先輩の姿があった。


「……って、こんなところで何をしているんですか」


 ただ、俺はその先輩を知っていた。


剣聖けんせい会長」

「ははは、久しぶりに聞いたなぁ。その呼ばれ方。ただ、俺は『前』生徒会長だからな?」


 山矢やまや剣聖けんせい『前』生徒会長。


 恋が生徒会長に立候補した時、色々と助けてもらった。人当たりが良く明るい性格で、クラスの中心にいる事も多い人だ。


 ただ、元会長の周りの人が言うには「性格は明るいけど頭の良さは……」と、少しの長めの沈黙が出てしまうほど苦手の様だ。


 でも、成績の良さだけが生徒会長にふさわしいワケじゃない。それは、よく知っている。


 いくら頭が良かろうと、成績が良かろうと『この人が言っているのなら』と思わせられる様な……そんな人をひきつける人でなければ上手くいかない。


 つまり『自分さえ良ければそれでいい……』は通用しないし、それではいけないというワケだ。


 それは、この人を見ていてよく分かったつもりだ。


「それで、ご用件は何ですか? 三年の先輩たちはさん人くらいしか来ていませんよ」


 今、学校に三年生は何か理由がない人は来ていない。


 実は、この東西寺院学校は高等部から大学へはよほど成績が悪くなければすのまま進む事が出来る。


 ただそれは『基本的に』というだけの話だ。


 家庭の事情などどうしても進学が出来ない人たちにも進路が決まる最後まで先生たちはサポートをしてくれる。


 それがこの学校の魅力の一つでもあるのだが……。


「確か先輩は年が明ける前には大学の進学決まったんですよね?」

「ああ、ここじゃなくて県外の大学にな」


 先輩のように県外に行く人たちもいる。だから、そのまま進学する人もいれば、別の大学に行くことも可能だ。


「じゃあ、今日は別れを惜しみに来たんですか? 卒業式はまだもう少し先だったと思いますが?」


 この学校の卒業式は三月の中頃。


 三年生の先輩たちは『球技祭』の後、高校最後のテストを受け終わった後の二月と三月最初の一週間は休みになるのだ。


「いや、その別れを惜しむのは卒業式に取っておく事にするさ。ただ今日は部活の後輩に会いに……さ」

「……学生服で……ですか」


「念の為に……さ」

「……なるほど」


 剣聖先輩は剣道部に所属していた。ちなみに、剣聖先輩の家も黒井と同じくらい……というか、それ以上にお金持ちらしい。


 そして、黒井が『洋風』ならば剣聖先輩は『和風』な家の様だ。だからこそなのか、昔から剣道だけでなく茶道や書道もやっていたらしい。


 ただ、名前は人を表す……とはよく言ったモノで、剣聖先輩はとても強い。大会にも何度も入賞し、それが見込まれて先輩は剣道の強い大学へと行くことが決まっていた。


 だから、先輩の「後輩に会いに来た」という話自体の納得は出来る。


「……じゃあ、なぜ早く会いに行かれないのですか?」


 しかし、どうにも納得出来ない部分もある。


 確かに「先輩が後輩に会いに来た」というのは本当だろう。ただ、それならどうして放課後の今。ここにいるのだろうか。


 いくらテスト週間中とは言え、確か剣道部は部活単位で勉強会をしていたはずだ。


 それは、ついこの間まで所属していたこの人自身がよく分かっているはずだ。だったら、その後輩たちにさっさと会いに行けばいいのではないだろうか。


「……」


 そういえば、さっき――。


『やーっと来た』


 なんて事を言っていた。それはつまり「俺を待っていた……」という事になるのではないだろうか……と、思っていた。

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