第2話


「……察しのいい市ノ瀬なら……なんて思っていたけど、さすがに分からないか」

「すみません。残念ながら俺、そこまで察しが良い人間じゃないみたいです」


 そう言いながら、バレンタインデー前に『良かれ』と思ってした事が、かえっておかしな方向に行き、恋に誤解を生ませてしまった事を思い出した。


 でも、それも上木のおかげでなんとか解くことが出来た。


「そっか」

「すみません」


「いいよ、勝手にボクがそう思っていただけだから」

「……」


 剣聖先輩は申し訳なさそうに言いながら苦笑いをした。


「……実はさ。前の生徒会副会長の……」

川口かわぐち誠一郎せいいちろう先輩……ですか?」


 確か、剣聖先輩と誠一郎先輩は幼なじみだったはずだ。それも、幼稚園からずっと同じ学校にも通っていたらしい。


「そう。君も知っての通り誠一郎は、頭が固くて不器用だ。他の人にも厳しいところはあるけど、それ以上に自分自身に厳しい」

「そう……でしたね」


「多少であれば、自分以外の人に対しては甘くなれる。でも、彼は自分に対してはかなり厳しい。それこそ『校則』に書かれていれば、自分の恋心すら押しとどめてしまう」

「……原田先輩……ですか」


 そこはなんとなく分かっていた。おそらく剣聖先輩が言いたいのは『原田はらだ彩衣あい先輩』の事だろう。


 原田先輩は、前の生徒会の書記である。


「そこは分かっていたのかい?」

「まぁ、俺も人の事を言えたワケじゃないのですが……あのお二人は、なんといいますか。かなり分かりやすかったので」


 二人の雰囲気は……なんというか、分かりやすかった。


 だが、こんな事を黒井や上木に前で言えば「あんたが言うな!」というツッコミをもらいそうだ。


「そうかい。でも、そんなに分かりやすくても、誠一郎の『校則は守るモノ』という考えがあったからね。誠一郎自身が学生の内は告白をする事はない。それに、仮にされたとしても、受け入れる事はなかっただろうね。別に『男女交際』が禁止されているワケではないのだけれど」

「…………」


 実はそうなのである。ただ、それに関する文章が校則として書かれている。


 ただ誠一郎先輩は「もしも」を警戒して『学生の間は男女交際はしない』と心に決めていたようだ。


 それがたとえ、自分が好きな相手からの告白だったとしても……。


「それで、誠一郎先輩がどうしたんですか?」

「ああ、うん。実は誠一郎が、卒業式の後。告白したいって言っていてね」


「いいじゃないですか」


 確かに、卒業してしまえば少なくともこの学校の『校則』に縛られる事はなくなる。だから、人一倍校則を気にする誠一郎先輩にとっては良いタイミングだ。


「うん、でもね。告白をしようと思ったら場所を考えないといけない。ほら、ボクは違う学校に行くけど、誠一郎と彼女はこのままこの学校の大学に行くわけだから……」

「そうですね」


 確かに、告白の結果がどっちにいったとしても、そもそも『告白をした』という話が広まるのはイヤだろう。


 しかも、高校と違い大学はかなり人数が多い。


 この学校の出身者だけでなく、他の学校の人たちも来る。そんな中でこんな話が広まれば、大学生活はしにくくなってしまうだろう。


「いくら大学にたくさんの学部があったとしても、避けられることは避けたい」

「それは分かります」


「そこでちょっとした提案でさ、ここ。ちょっと借りたいなぁと思って。卒業式が終わった数分でいいから」

「なっ……なるほどぉ」


 剣聖先輩の言いたい事は分かる。


 ここならば、他の生徒たちが窓から見たとしても中の状態は見えない。それに「生徒会の人たちが仕事をしている」くらいにしか思われない。


 それを考えると、元生徒会長の剣聖先輩ならではの考えではあるのだが……。


「……あの、一週間ほど時間をくれませんか? さすがにそれは他のメンバーにも聞いてみないと……さすがに告白中に入ってしまうのは……気まずいと思いますので」


 それを想像するだけで……かなり気まずい。ただ見ているだけの人なら、笑い話で済む話だろうが……。

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