かっこいいお兄さん


 私は『二本木にほんぎこい』という名前だ。


 お母さんが言うには「自分の子供の名前には『恋愛』っていう文字をつかいたかったの」という事らしい。


 元々、お母さんは少し天然なところがあり、しかもその自覚がなかった。忘れ物も結構多くて、私は幼いながらも「自分がしっかりしなくちゃ!」という気持ちを持つようになった。


 それに、私がお母さんに教えると。


 お母さんは「あらぁ、恋ちゃんはしっかり者ねぇ」とか「恋ちゃんは物知りねぇ」と言ってほめてくれた。


 私はそれがうれしくて自分から色々と本を読んだり調べるようになったりした。


 ただ、年が少し離れていた兄さんの『愛一郎』は、何が理由なのかは分からないけど、ほとんど話した事はなかった。


 そうしていく内に、周りの人も知らないうちに「恋ちゃんはえらいわねぇ」と言う様になった……だけならまだ良かった。


 問題は、この「恋ちゃんはえらいわねぇ」という言葉の後に「うちの子なんて」と私と他の子を比べる様な言葉を言われるようになった事だ。


 そして、年を重ねて大人たちの様子を見ていく内に「この言葉は、私をほめているようで、ただ他の子たちを悪いと言っているだけなんだ」と思うようになった。


 その頃には、周りの大人たちは私を『何でも出来るお手本』として前に出すことが多くなった。


 当然、他の子たちは面白くない。


 だから、私は他の子たちに何を話しても誰も反応してくれなかった。それは、小学生になる前からの話だった。


「…………」


 当然、まだ小さかった私にとって『話し相手がいない』というのは、やはり悲しかったし、さみしかった。


 そんな時だった。


「君、よくここに来るの?」


 いつも一人ぼっちだった私に永兄が声をかけてくれたのは。


「え、うっ……うん」


「そっか。ボクの名前は市ノ瀬永一って言うんだ。君は?」

「恋。二本木にほんぎこい


 その日からというもの、私は当時通っていた保育園にいる以外の時は彼と遊ぶようになった。


 そして、私は彼の事を『永兄えいにい』と呼ぶようになった。多分、この時から私は永兄が気になっていたのだと思う。


 でも、まだ小さかった私にとっては『頼りになるお兄ちゃん』という感覚しかなく、そもそも『恋』なんてモノを全く知らなかった。


 そうこうしていくうちに、私は小学生になった。


 その頃になっても私に『恋愛』なんて興味はなく、永兄も特に何とも思っていなかった様だ。


 そんな私が永兄を意識するようになったのは、実は中学生になってからの事だった。


 きっかけは、本当にささいな『一言』を聞いた事からだった。


「いつもかっこいい男子がちょっと抜けているのって……いいよね」


 この言葉を聞いていた私は真っ先に永兄を思い出した。


 周りの人たちが見ている永兄は、いつもかっこよく大体の事は出来る人……と思っていた。私も、最初の頃はそう思っていた。


 でも、実際は違った。


 永兄は『弱い自分』を出来る限り隠そうとしていたのだ。そして、そんな『弱い自分』を見せないために、彼は努力を欠かしていなかった。


 多分、私がそんな事を知っているなんて……永兄は知らないだろう。だって、私がそれを知ったのは本当に『偶然』だったのだから。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……?」


 ――ボールの音?


 人がいないはずの体育館から聞こえてきたボールの音に気がついた私は、そっとのぞきこんだ。


 そこには、ネットを立てて必死に練習している永兄の姿だった。その頃の私と永兄は昔の様に仲良く話すこともなっていた。


 ただ実は永兄、球技があまり得意ではないらしい。


 それこそ、バスケやサッカーのドリブルもボールを見ながらでなければ出来ないくらいだったらしい……と、永兄のお母さんから聞いた。


 つまり、永兄はその時一人で練習をしていたのだ。


 いつもキチンと出来ている姿しか見たことがなかった私は、その姿を見て「頑張る人って、かっこいい」と思い、彼の姿を見ていた。


 多分、その時にはもう……私は永兄を好きになっていたと思う。でも、その時の私はその気持ちが分からなくて、認めたくなかった。


 ただ、永兄が行った高校がどこなのかを永兄のお母さんから聞き、自分も目指したのにも「やりたい事があるから」なんて、ありきたりな理由を説明した。


 そして、今年の春。私は永兄と再会した。


 私の高校生活は、今までの学校生活とは全然違うモノになっていた。知らないうちに『ファンクラブ』が出来ていたし、先輩とも仲良くなった。


 ただ、もっと驚いたのは永兄から「秋にある生徒会選挙に生徒会長として出てみないか」という提案をされた事だった。


 もちろん、最初は断った。


 でも、少し考えてみると「もし生徒会長になったら、永兄と話をする事が出来るかも……」と思うようになった。


 そして、私は生徒会長に立候補し、当選した。


 それなのに、なぜかケンカをする事が多くなってしまった。でも、大体のきっかけは分かっている。


 ただ、私はこの『恋愛』の話から永兄の『恋愛事情』を知りたかっただけだったのだ。


 しかし、全然上手くいかない。


 そんな時、全校集会で私は倒れ、保健室で久しぶりに永兄とちゃんと話をして……頭をなでられた。


 永兄は、私が一人でいた頃から優しかった。それは今でも変わっていないという事を実感した。


 ――その時になって、私はようやく自分の気持ちに素直になろうと思ったのだ。


 でも、球技大会の前。偶然、ノートを買いに行った帰り道。黒井先輩の車から永兄さんの姿を見たのには驚いた。


『もしかして、二人は付き合っているのかも知れない』


 そんな気持ちを持ってからはあまりにも不安になってしまい、その結果。上木君を巻き込んだ。


 でも、上木君は私の言葉に驚きはしていても「心配する必要はない」と言った。そして、さらに――。


「とりあえず、今までマフラーをする事すら嫌がっていた人間がマフラーをしているっていう『事実』があるって事は忘れないで欲しいかな」


 そう言って上木君は笑った。


「………」


 この上木君の話を聞いて、私はようやく自分に自信を持つことが出来たような気がした。

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