第7話


「どっ、どうした? こんな時間まで」

「えっ……市ノ瀬先輩こそ」


「俺は担任の手伝いだ」

「手伝い?」


「ああ、すぐに終わるって聞いていたんだが、予想以上に時間がかかってな」


 本当は、手伝いをするのは『担任だけ』のはずだった。


 確かに、担任の先生の手伝いはすぐに終わった。しかし、ろうかを歩いていると、会う先生会う先生から色々と手伝いを頼まれ、どんどん時間が過ぎていってしまったのだ。


「クシュン!」

「大丈夫か?」


「だっ、大丈夫」


「……それで、こっ。二本木はどうしてこんな時間まで学校にいたんだ?」

「わっ、私はその。図書室で勉強をしていて、気がついたらこんな時間に……」


 恋の言っている『図書室で勉強をしていた』という事は本当ではあるだろう。


 しかし『この時間まで勉強をしていた』という部分は、多分ウソだ。そもそも図書室は、こんな時間まで開いていない。


 そもそも閉める時間になれば、先生が図書室に残っている生徒に声をかけてくれるはずだ。


「…………」


 俺は何度かそういった経験があるから分かっているのだが、恋はその事を多分知らないのだろう。


 だから、この言い訳が使えると思ったのだろう。ただ、それが『ウソ』だと俺は分かってしまう。


 では、なぜ恋はそんな『ウソ』をついたのか……それはつまり……恋は俺を待っていたくれていたのだろうか。そう思ってもいいのだろうか。


 ――うぬぼれてもいいのだろうか。


「……とりあえず、帰るか」

「うっ、うん」


 でも、それを恋本人に『聞く』という事を俺は出来ない。違った時の事を考えると、怖いからである。


 どうしても、傷つきたくない。間違いが怖い。そんな事を最初に考えてしまうのだ。


「……って、恋。まだ手袋を買っていないのか?」


 恋は寒そうに何も付けていない両手に息をはきかけ、さらに両手をこすっている。


「えっ……と、うん。ほっ、本当は明日にでも買おうと思っていたんだけど……」

「だけど?」


「くっ、黒井先輩に『一週間以内にもらえるだろうから、買わなくていいわよ』って言われて……」

「…………」


 ――全く、あいつは。


 本当に、黒井は俺たちの会話をどこかで聞いていたんじゃないか……と言いたくなるような言葉だ。


 そして、黒井の言葉の通りに動いてしまっている自分にも……ため息をつきたくなる。


 黒井からしてみれば『俺の行動は簡単に想像が出来る』という事なのだろう。


 後はまぁ、その黒井の言葉を真に受けて手袋を買っていない恋も、黒井からすれば『真面目な人』なのではないだろうか。


 だが、こんな分かりやすいパスを出してくれたのだ。黒井から……というところが少しひっかかるが、ありがたく使わせてもらおう。


「……恋」

「何?」


「コレ、やるよ」

「え?」


 俺は信号待ちをしている時、恋に昨日買った手袋が入っている袋を手渡した。


「コレ……」


 恋に手渡した袋の中にある手袋にキレイなラッピング……はされていない。


 実は昨日、この手袋を買ったお店では、ラッピングを頼んだら『ハッピーバレンタイン』とか書かれたカードがもれなく付いてくるとレジ前に書いてあった。


 さすがにそれは……はずかしかったので、ラッピングをやめたのだ。


 それに、すぐに使ってもらいたかったから、ラッピング自体あまり必要ではない。値札はすでにとってもらっている。


「黒井の言った通りに行動している感じがしてしまうと思うが……」

「あっ、ありがとう。大事にするね」


「……ああ」

「…………」


 ただ、恋の表情はクリスマスパーティーでプレゼントが当たった時の様には笑っていない。どちらかというと、浮かない表情だ。


「あの手袋……ひょっとして『愛一郎さん』からプレゼントされたモノか?」

「えっ」


 愛一郎さんとは、恋の年の離れたお兄さんだ。


「なんとなく……な。でも、愛一郎さんと昔はそんなに仲良くなかったと思っていたんだが」

「……ここいち年、兄さんが私にかまってくる事が多くなったんです。それで、あの手袋は……兄さんが久しぶりに買ってくれたモノだったので」


 だから、恋は手袋をなくしてあそこまで落ち込んでいたのだ。


「……なんか、悪いな。なんとなく分かっていたにも関わらず余計な事をした」


 ただ、この事に気がついたのは手袋を買った後だった。


「ううん、ないと困るのは本当だし。それに、そもそも私がなくさなければよかったんだから」


 信号が変わり、歩き始めると……。


「……永兄えいにい

「ん?」


「今からちょっと、時間ある?」

「? ちょっとならあるが」


「そっか、じゃあちょっと玄関先で待っていてくれないかな?」

「?? 分かった」


 よくは分からないが、どうやら恋は何かを俺に渡したいらしいが……それは、チョコレートだろうか。


 いや、そもそも朝にチョコレートはもらっている。そこにさらに……とは考えにくい。


「じゃあ、ちょっと待って」

「あっ、ああ」


 色々考えてはみたものの、俺の頭では黒井ほどの予想は出来ず、いくら考えても分からなかった。


「……?」


 玄関で待っていると……ふと、恋と男性の声が聞こえてきた。そして、しばらくすると――。


「……久しぶり、市ノ瀬君」

「おっ、お久しぶりです。愛一郎さん」


 スリッパを履いて、部屋着だろうと思われる姿の愛一郎さんが、玄関先にいた俺の前に現れた。


「外は寒かっただろ? 俺の部屋で入って待っていてくれ」

「え」


 その言葉に驚き、最初は固まっていたが……愛一郎さんに「ささ、早く」と言われ、しかも腕を引っ張られてしまい、よく分からないまま愛一郎さんに連れて行かれてしまった。

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