第4話


「……今日の黒井先輩はやけに静かだったッスね」

「ああ」


 いつもであれば、何かしら言ってくる。


 それこそ、恋が上木に「練習に付き合おうか」と言った時は、この時点で「そんな事しなくていいわよ!」と言ってきそうなモノだ。


 今日は、それがなかった……というか、聞こえてすらいなかった様に思う。


「うーん、そういえば黒井先輩って運動出来るんスかね?」

「……さぁな」


「いや、さぁなって」

「ほとんど体育の授業は男女別だからな。それは今もだ」


「そういえば、来週にはチームを決めておかないといけないんスね」

「ああ、俺たちは二年だから大体いつくらいに球技大会があるか分かっている。だからなのか、早いところはもうチームを決めて授業で試合をしているところもあるらしいな」


「なんかずるい気がするんスけど」

「いや、大体どの時期にどんな学校行事があるかくらいは分かっているはずだが?」


「そっ、それはそうッスけど……早く練習出来るってやっぱりずるいッスよ」

「そうは言われてもな。一年でもサッサとチームを作っているところもあるらしいし、二年のクラス全部が作っているわけでもない。逆にギリギリまで作らないところもある。何が良いなんて分からない」


 上木は「まぁ、そうッスよねぇ」と言って、俺たちは別れた。


「…………」


 確かに「何が良いか」なんて誰にも分からない。だからこそ、みんな考えてこの時は『勝ち』を目指す。


 まぁ、そのせいで熱くなりすぎてしまう事もある。


 先生たちはその対応に追われてしまう。だからこそ、俺たちが体育委員のフォローに回らざる負えないのだが……。


「先生の代わりをやるよりはマシだな」


 あまりにもヒートアップしすぎてしまい、先生たちが止めに入ってもあまり意味がなかったのを知っている。


 俺も最初は上木と同じ考えだったが、先生たちが必死に押さえ込んでいる間。生徒会は次の試合の準備などをしていた。


 だから、体育委員の手伝いとしてしないといけないという事もその時知った。


「今年はせめてケガ人が出なければいいが……」


 俺は、一人でそうつぶやいた。


 しかし、それを願っても意味がない事はなんとなく分かっていた。それくらいこの『球技祭』は、盛り上がる。


『はぁ……』


「ん?」


 なぜか同じタイミングで聞こえたため息に、俺は思わず振り返った。


「え?」


 どうやら後ろには黒井がいたらしく、今のため息は黒井によるモノだったらしい。


「どうした? ため息なんかついて」

「それはこっちのセリフよ」


 さっきまでの暗い表情とは違い、いつもの調子に戻っている。


「いや、去年の光景を見ているからな。当日は大変だろうと思っただけだ」

「去年……。ああ、保健室に運ばれたってヤツかしら?」


「それは体育祭だ。しかも今年」

「あら、それは毎年の事じゃないかしら?」


「いや。毎年救急車が来るのは体育祭だけだったが、去年はこの『球技祭』にも来ていた」

「全く、暴れん坊が多いというか……熱いというか」


「ただ熱いだけならいいんだけどな」

「……そうね」


 俺が疲れたように言うと、黒井は小さく笑った。


「……で、黒井はなんでさっきまであんなに暗い顔をしていたんだ?」

「え?」


「すっとぼける必要はないだろ? さっきは黒井自身が『大丈夫』って言っていたから、恋は何も言わなかったが、恋だって心配しているのは分かっているだろ?」

「そんなつもりはなかったのだけれど……きっと疲れが表情に出ていたのね」


 黒井はそう言って「でも、大丈夫よ」と言って笑った。


「……」


 疲れが出ただけで、あんなに暗い表情をするだろうか……。どちらかというとあの表情は「どうしよう」と思っていた時の表情だったように俺は思った。

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