《西暦21517年 誠3》その二


「ふうん。おれもいっしょに探してあげようか?」

「いいの?」

「いいよ。どうせ、テロリストのせいで研究どころじゃないし」

「ありがとう。持つべきは友だねぇ」


 なんという純真さ。もしかしたら誠がテロリストかもしれないなんて、これっぽっちも疑っていない。これがウワサの『絶対処刑人』の弟かと思うと、なんだかおかしくなってくる。


(ま、いいか。修士たちがなんで報告してこないのか、たしかめないといけないしな。御子にほだされて裏切るつもりなら、こっちも考えなくちゃいけない)


 それで、薫と二人で廊下へ出ていった。ノーラたちにはあとでスキを見て知らせればいい。

 歩きだしてまもなく、絶対処刑人に遭遇した。正直、終わったと思った。だが、どうしたことか冷酷無比とウワサの絶対処刑人が、いっこうに撃ってこない。


「頼むから、かーくん! どいてくれ」

「ヤダよぉ」

「兄ちゃんが悪かったって」


 緊張感に欠ける兄弟のやりとりは薫のせいだとしても、弟がいるから撃てないとは、絶対処刑人も案外、不甲斐ない。どうやら最強の人質を手に入れたらしい。修士たちと合流したら、すぐにも処分するつもりだったが、当分、薫は生かしておかなければならない。


 そんなことを考えながら廊下を逃げまわり、どうにか絶対処刑人をまいた。向こうの通信機器に緊急の連絡が入ったらしく、一瞬、追跡がゆるんだのだ。そのすきをついた。


 息を切らしながら、誠は腕時計型のトランシーバーを見る。トランシーバー機能のほかに、仲間の現在地を示す機能もあった。電源を落としていても、内蔵の電池で位置は特定できる。その上、色分けされているから、誰がどこにいるかまでわかった。


 修士とトムはどこか一ヶ所から動かない。まさか不測の事態で抵抗するまもなく捕まったのだろうか。いや、もしそうなら、このトランシーバーを逆手にとられ、とっくに誠たちの場所を敵に知られている。

 では、先刻の停電で、室内に閉じこめられたのかもしれない。


(使えないヤツらだな、まったく。遊びに来てるんじゃないんだぞ)


 修士たちのいる方向へ、薫を導いていくのは簡単だった。

 まもなく、修士たちと合流した。修士とトムの位置を示す青と緑の光の点滅は、ある一室を示していた。


 そのハッチをなにげなくひらいた誠は、一瞬、絶句した。

 信じられない。彼らはほんとに自分たちが反逆者だという自覚があるのだろうか?

 この一分一秒が貴重なときに、女をつれこんでいる。


 何してるんだ、おまえら——と言おうとして、室内へふみこんだ誠は、そこで硬直した。

 女の顔が初めて見えた。いや、女ではない。男だ。

 修士とトムが二人がかりで押さえつけているのは、きわめて美しいが、れっきとした男だ。


 ——春蘭! おまえは、ほんとは誰が好きなんだ?

 ——好き? 僕はみなさんの要望に応えているだけですよ。

 ——じゃあ、望まれれば、おまえは誰とでも寝るのか?

 ——だって、僕はそのために造られたんでしょ?


 強い既視感に見舞われ、めまいを覚える。

 なんだか、こんなことは以前にもあったような気がする。

 誰かを熱愛し、溺れ、そして争った……。


「蘭さんッ!」


 凍りつく誠の忘我は、ふいに薫の叫び声でさまされた。あるいは、より深い混迷に落ちた。

 我に返った瞬間、誠は全身が沸騰するような怒りを感じた。自分たちの一生をかけたクーデターのさなかに、身勝手な行動をとる修士たちに?

 いや、違う。

 彼だ。この世に二人といない、奇跡のように麗しいこの人を、二人が穢したからだ。もっと露骨に言えば、誠よりさきに、と補足がつく。


(彼は……おれのものだったのに……)


 気がつけば、銃を持つ手が上がっていた。

 ギャッと短い悲鳴があがり、トムが倒れた。至近距離だ。ことによると死んだかもしれない。

 ふりかえった修士が撃ちかえしてきた。やっぱり、あの既視感は白昼夢ではなかった。さっきまで友だと思っていたのに、ひきつった顔で殺しあっている。


 ハッチの陰に誠が退くと、修士はなぜか銃口をに向けた。

 誠に奪われるくらいなら殺そうというのだ。


「やめろッ!」


 叫んだときだ。一瞬のことで何が起こったかわからない。空から何かが降ってきて、修士の背後におりた。修士は声を出すいとまもなく、床に倒れる。死んだのだろうか?


 見れば、目の前に絶対処刑人が立っている。

 誠がもっと、うろたえていれば、悪魔の叡智で処刑人がさきまわりしたと考えたところだ。しかし、よく見れば服装が違う。第一、背中の羽がない。

 誰だろう? 絶対処刑人と瓜二つの顔の、この男は?


「ああッ、猛ゥ。兄ちゃんだ。兄ちゃんだ。兄ちゃんだあ!」


 ハデにさわいで、薫が男にとびついた。


 そんなバカな。東堂薫は絶対処刑人の弟のはずだ。いや、待てよ、クローンか——と、誠は気がついた。


 絶対処刑人のクローンは、ギョッとしたような顔で薫の抱擁を受けている。


「よかった。兄ちゃん、生きてたんだね。猛の偽者に殺されちゃったかと思ったよ」


 つかのま呆然としていた処刑クローンだったが、じきに失笑をこらえるような妙な笑みを浮かべた。


「なるほどね。そういうこと。やっぱりなんだなぁ。行動パターンはいっしょか」

「兄ちゃん?」

「うん。まあ、落ちつけよ、薫。それより、蘭は?」

「そうだった! 蘭さん……」


 薫が裸のまま床になげだされたにかけよる。


「蘭さん……」


 誰が見ても、ひとめで何が起こったかわかるに、薫はかける言葉が見つからないようだ。彼は顔をそむけた。

 そのあいだに、修士の両手を背中にまわし、処刑クローンが手錠をかける。

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