四章

《西暦21517年 誠3》その一



 ゲートをくぐってきたボートをてっきり追っ手だと思い、誠はコンピューターを探した。ようやく見つけたのは、ずいぶん旧式なデスクトップだったが、充分、用は足せた。この計画を立てた二ヶ月前から、周到に用意してきたウィルスだ。一度でもこのウィルスに侵入されたが最後、コロニー内の指揮はこっちのものと自負していた。


「これでいい。ゲートはひらかないようにしてやった。それと、おれたちの生体認証であらゆる鍵という鍵、あけられるよう登録してといたよ。あと、ついでに秘密兵器についても調べてみた。おれは生物とか得意じゃないから、よくわからないが、コロポックルってのは、どうやら、ここで研究されてる被験体のことみたいだ」


 ノーラは首をかしげる。


「バイオ兵器のことじゃないの?」

「さあ。データ見た感じじゃ、特殊な動物実験みたいだから、兵器転用するつもりなんだろ。とにかく、これでいろんな部屋に入れるようになった。調べてみよう」


 話しているやさきに誠のウィルスが撃退され始めた。


「ヤバイ! おれ、応戦するから、おまえら二人でさきにそのへん調べてくれよ」

「わかった」


 ノーラとコリンが棚の資料をあさりだす。まもなく、エリザベスから連絡が入った。対応していたノーラが言う。


「マコ。あたしたちが侵入したこと、バレたみたいよ」

「わかってる。あとちょっとで、こっち、なんとかなるから、とにかく手がかり探してくれ。カルテとか、実験ノートとか、なんかそんなものない?」

「この部屋にはなさそう。近くを探してみる。すぐ帰ってくるから」

「うん」

「コリン、来て」


 ノーラがコリンをつれて出ていくのを黙って見送った。


 誠はコンピューターの向こうの相手と陣取り合戦をくりひろげることに、当面、必死だった。誠の自慢のウィルスに、ここまで反撃してくる人物がいるなんて想定外だ。


 しかし、相手は後手にまわっているぶん不利だ。ウィルスを強化する新たなトラップを構築することで、どうにか駆逐した。


 これで時間がかせげる。少なくとも半日はもつはずだ。

 誠がひたいの冷や汗をぬぐいながら立ちあがったときだった。


「あれ? もしかして、マコっちゃん?」


 驚きのあまり、とびあがるところだ。

 いつのまに背後に人が立っていたのだろうか。


 戸口から顔をのぞかせているのは、見知らぬ東洋人だ。日本語をしゃべっているから、日本人だろう。色白で細身で、女の子みたいな顔をした少年だ。いや、少年っぽいが、ことによると成人には達しているかもしれない。ニコニコ笑って、見るからに人畜無害。


「わあっ、やっぱりそうだ。マコちゃんだあ。ひさしぶりィ。よかった。ちゃんと出雲に逃げてきてたんだね。ほら、僕、風邪で三日、寝こんだとかでさ。電話のあと一回も会ってないから、心配したよ。じゃあ、安河内くんとか、花小路さんも来てるの?」


 なんのことやら、ちんぷんかんぷんだ。


(けど……待てよ。おれの名前を知ってるってことは、もしかしてコイツの言ってる『マコ』は、オリジナルクローンのことか?)


 きっとそうだ。誠をオリジナルの記憶を持っているクローンのほうだと勘違いしている。しかも、誠のオリジナルクローンが監獄星送りになったことを知らない。

 つまり、このセンターの研究員だと思っているのだ。ここは話をあわせておこうと誠は考えた。


「ああ。そうだね。ひさしぶり」

「ほんと、何年ぶりかなぁ。前にOB会で会ったのが最後? 研究員って忙しいんだね」

「ああ……うん。まあね」


「あれっ?」と、彼はとつぜん警戒したような声を出した。

 誠は緊張して相手を見つめる。

 何かボロを出しただろうか?

 誰だか知らないが、今ここで撃ってしまったほうがいいだろうか。


「もしかして、マコちゃんも記憶喪失なんじゃないだろうね? 僕だよ。薫だよ。学部は違ったけど、マコちゃん、かーくんと呼びあった仲じゃないか」


 薫? 学部は違ったけど……それは要するに学生時代の知りあいということか。


 ほんとにオリジナルもオリジナル。オリジナル当人の友人らしい。誠は自身のオリジナルのプロフィールを思い浮かべた。データのみで知っている、わずか数行のプロフィール。

 京大の大学院卒業。博士号を取得。そのまま京大研究室に残り、研究員となった。そしてパンデミック前、友人のつてで不二村に避難してきた……。


「ああ、薫! 東堂薫。そうそう。おれの命の恩人か」

「えッ? 今、思いだしたの? ヒドイなぁ」


 そうだ。誠のオリジナルは東堂薫という人物の紹介で、不二村に招待された。そのとき、同じ研究室の仲間だった修士と、留学生のトムを誘ったのだ。その三人が一人の人をめぐって殺しあうことになるとは思いもせずに。

 こうしてまた一つところに同じメンバーが集うことになるとは、なんとなく不思議な因縁だ。


「かーくん、研究員じゃないだろ。なんで今ごろ、こんなとこ歩いてんの?」

「いろいろ事情があって……って、そうだ! 僕、のんびりしてるヒマないんだよ。蘭さんが二人組みのテロリストにさらわれちゃったんだよ。助けなきゃいけないんだけど、迷っちゃって」


 蘭——それは御子の本名ではないのか?


 そう言えば、東堂兄弟は御子の個人的な友人で、そのために隠れ里の閣僚入りをしたのだということを、誠は思いだした。


(御子がこのセンターに来てる。二人組みってことは、修士たちか? それともノーラとコリン?)


 試しに聞いてみる。


「それは男だった? 女だった?」

「男二人だよ」


 修士とトムだ。

 御子をとらえたなら、ものすごい利用価値がある。なぜ、何も言ってこないのだろう。

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