《西暦21517年 薫1》その三


「猛さあ。なんか僕のこと監視してない? いっつも、ここぞってときに出てくるよね?」

「ここぞって、どんなときだよ。おれは安藤に用があったの」

「ほんと?」

「おまえこそ、なんでそんなに疑うんだよ。兄ちゃん、悲しいぞ」

「うう……」


 悲しいとか言われると、それ以上、追及できないのだった。

 そばで見ていた安藤がクスクス笑いながら口をはさむ。


「猛さん。もういいだない? かーくんがかわいそうなやな(かわいそうな感じ)」


 猛は「しいッ」と人差し指を口にあてる。

 やっぱり、絶対、何かおかしい。


「長いつきあいになぁけど、知らんだったなぁ。猛さんがそぎゃん人だったとは。案外、子どもっぽいとこがあるだねぇ」


「案外どころじゃないよ。猛はかなり子どもっぽい。肝試しでオバケのふりして、僕をさんざん脅したし。よく砂糖と塩の容器のなかみ入れかえて遊んだよね。料理が変な味になって困るのは自分なのにさ。あとさ、あと。必ずってほど、僕の魚や肉を奪って食うよね! ゆで玉子つまみ食いしたあと、生卵たしとくのは、ほんとやめてほしい。おかげで僕、持っただけで、ゆで玉子か生卵か区別つくようになったよ? お風呂あがりに缶ビール渡してくるから気がきくなぁって感心してたら、なかみはセンブリ茶だったり。床ころがって、のたうちまわったよ。ヒドイと思わない?」


 安藤は話にならない。お腹をかかえて笑いころげている。

 かわりに、猛がつぶやいた。


「だって……かーくんが可愛いから」

「弟が可愛ければ何してもいいのか?」

「何してもいいとは思ってないよ。ゆるされる範囲は熟知してる」

「だあッ! ダメだ。この人。反省ゼロ。やめる気ナッシング」

「うん、ない」と、猛は世にも爽やかに笑う。


 薫は決心した。

 あきらかに猛は今も何かを仕掛けている。絶対にあばいてやるぞ——と。


 そこで翌日から調査だ。

 まずは猛のあとをつけまわした。

 しかし、これはすぐにまかれたり、気づかれたり、うまくいかない。

 前々から猛の勘はするどかった。しかし、なんだかますます磨きがかかって、野生の獣のようである。


「あれ? かーくん。何してんの? 兄ちゃんが恋しかったのか?」


 ニカッと白い歯を見せられて、何度、断念したことか。


 しかたないので、邸内の偵察だ。

 御子さま御殿の安全を守ってるのは、不二神社の神主の家系の八頭龍吾やずりゅうごと、村の青年団。龍吾も巫子だか元御子だかで長生きしている。でも、見ためは三十前後。アラサーだ。


 薫が猛の観察をあきらめて屋敷に戻ってくると、似合わない茶髪の龍吾が声をかけてきた。


「よう。今日はなんか用事か?」

「へっ? 用がないと帰ってきちゃダメなんですか?」


 まじまじと龍吾は薫を見つめる。


「……なんだ。薫か」

「薫ですよ。僕以外、誰がいるっていうんですか。僕のドッペルゲンガーがウロつきまわってるんじゃないかぎり、この顔は東堂薫です」


 龍吾は息のぬけるような笑い声をあげた。そして、薫の肩をぽんと叩く。


「わかってやれよ? ほんと、猛はがんばったんだからな。あいつでなきゃ、ここまでの偉業は果たせなかった。獅子奮迅ししふんじんの闘いぶりだ。肉親のおまえに甘えたいんだよ、きっと。あんなハメ外した猛、初めて見た」

「やっぱハメ外してるんだ。猛のやつ」

「ああ……知らない。おれは知らない」


 逃げていく龍吾を見送り、薫は舌打ちをついた。


「龍吾さんも猛の味方か。僕サイドの人って誰もいないのかな——そうか! 蘭さんなら泣き落とせるかも」


 屋敷に入って、蘭を探してみる。

 あいにく、蘭は執筆中だった。ヘッドフォンで音楽を聴きながら取り憑かれたようにパソコンのキーボードを叩いている。これはダメだ。こういうときの蘭は、狂気のマッドサイエンティストや、はたまた絶望の底から蘇った復讐鬼になりきっている。

 そろっと書斎のドアをしめて、薫はひきさがった。出なおしてこよう。


(うーん……となると、どこから攻めるべきか。雪絵さんはどうせなぁ。猛の味方だもんな。猛とつきあいだしたって言うし。猛のやつ。百合花さんのことは、もうどうでもいいのか? 運命の恋人じゃなかったのか? 薄情者め)


 そう言えば、百合花はどこへ行ったのだろう。予言の力を持って生まれたばかりに拉致され、その力を利用されてきた薄幸な女性。


 猛はその人を探すために探偵になり、研究所に囚われているのを発見した。しかし、百合花も薫同様、ヘル・ウィルスに耐性を持てない体質だった。政府の役人につれられ、月へ逃亡した——はずだった。あの夢のなかでは。


 今、この屋敷に百合花はいない。一人で月に行ってしまったんだろうか? もしそうなら、哀れすぎる。


「薫さん……わたしのそばにいてくれて、ありがとう。あなたがいてくれたから、わたし、幸せだったわ」


 死の床で、彼女はそう言った。

 薫の手をにぎりながら。

 あれも夢だったというのか。


(百合花さん。心の底では、ずっと猛を想ってた。口に出しては言わなかったけど……それでも幸せだったと言ってくれた。あの人を一人で逝かせるのは忍びない)


 急に月での暮らしが懐かしくなった。

 猛や蘭に会えて嬉しい。が、月には月で、大切な人がいた。あの全部が夢だったなんて、やはり信じがたい。何か自分はものすごく大事なことを見逃しているのではないだろうか。


(僕が寝こんでたっていう三日のあいだに、何があっあんだろう? 気になる。テレビ放送はパンデミックのせいでなくなっただろうけど……もしかしたら、ネットはまだつながるかも。パソコン、どっかにないかなぁ)

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