《西暦21517年 ジャンク1》その二


 まあ、ぶあついガスの中心に岩盤の核があったから、どうにか生きることだけはできた。


 先祖には月を開拓した人々から与えられた技があった。

 ふたたび、テラフォーミング。

 月を開拓するより、さらに厳しい条件で、ジャンクたちの先祖は地下都市を築いた。いや、都市と呼べるしろものではない。ただの巨大なアリの巣穴だ。


 ジャンクたちは先祖の作った巣穴を広げながら、増えたり減ったりをくりかえしてきた。

 超重力のなかだから、体は小さい。星を包むガス雲のせいで太陽の光も届かない。おかげで視力もほとんどきかなくなった。

 たぶん、この星に落ちてきたドジな先祖と、今のジャンクたちは似ても似つかないだろう。


 このままジャンクたちはとして、最後の一人が死に絶えるまで、ほそぼそと生きつないでいくのだろう。

 そうジャンクは思っていた。


 ジャンクは十八歳。

 仲間は五十人ほど。

 この調子なら、ジャンクが最後の一人になる可能性はなさそうだ。最後の一人でさえなければいいのだ。きっと、耐えがたい孤独だろうから。

 自分の種が絶えたと知りながら、一人、生き続けるのは。


 仲間がいるうちに死ぬこと——

 それがジャンクのたった一つの願い。

 ささやかだけど、切実な願い。


 もちろん、この巨大な重力地獄の星からぬけだして、外の世界をながめることができるなら、夢のようだ。

 でも、そんなことが起こるわけがない。先祖の乗ってきた船は故障したまま、とっくに動かない。ジャンクたちが逃げだすすべはない。


 ところが、奇跡は起こった。

 あるとき、空から宇宙船がやってきた。

 今度の人は落っこちたのではない。ちゃんと自分の意思で来て、着陸した。先祖の船にくらべたら、ずいぶん小さい。

 なかから二人の人が出てきた。巨人だ。細長いのと、それよりさらに大きいのだ。頭のさきから爪先まで、全身、真っ白。最初は化け物かと思った。


「うわあッ、雷牙らいが! いるよ。ほんとにいる! 可愛い。小さい。コロポックルだ!」

れん。おびえさせてるみたいだ。わめかないほうが……」

「あっ、そうか。やつらには、おれでさえ巨人なんだな。ノラ猫を手なずける方法か」


 細長いほうが、しゃがみこんだ。岩陰に隠れるジャンクたちのほうへ手を伸ばしてくる。チッチッと舌打ちするのはなんのつもりだろう。


「……雷牙。よってこないよ」

「そりゃ相手は人間だから。猫じゃない」

「だよな」


 あはは、と笑いだし、細長い人は手招きした。


「おいで。友達になろう。二万年前に落ちた船の伝説を聞いて調べに来たんだ。おれは蓮。こっちは友達の雷牙。地球人だよ」


 ジャンクが近づこうとすると、長老がとどめた。


「行ってはならん。ジャンク。地球は恐ろしい病によって滅びた。その者は嘘をついておる」


 すると、レンという細長い人が、またもや狂喜した。


「うわあっ。しゃべった。イルカの鳴き声だ。むちゃくちゃカワイイよ。抱きしめたい」

「蓮。イルカじゃない。ちゃんと英語しゃべってる」

「訛り、キツイけどね。でも、会話は通じるってことだ」


 細長い巨人は自分の頭に両手をかけた。髪も鼻も口もない、つるんとした頭。目だけは顔の半分を占めている。

 ほんとに人間だろうかと思っていたら、どうやったんだろう?

 細長いのが手をかけたとたん、パクリと頭の皮が背中のほうへ落ちた。


 ジャンクは岩陰まで逃げこんだ。

 やっぱり化け物だ。

 頭の皮があんなに簡単にむけるなんて。


「ああ、ごめん。ごめん。ビックリさせた? ただの宇宙服だよ。この岩場には薄いけど大気があるみたいだから、ヘルメットを外したんだ」


 宇宙服——なんだ。そうだったのか。

 先祖たちが宇宙船で海賊をしてたころにくらべて、なんてスマートでシンプルになったことだろう。

 ジャンクたちが重力の底に取り残されているあいだに、外の世界ではものすごい進化があったらしい。

 月や火星。それに、地球でも?


「地球人……」

「そうだよ。あのパンデミックで地球の多くの人は死んだ。けど、おれたちは生き残った。だから、怖くないよ」


 ジャンクは岩陰から顔を出して、のぞいてみた。視力はよくないが、まったく見えないわけではない。ことに今は巨人たちの宇宙船が、こうこうと輝いている。


 まぶしい光のもと、細長いのが両手をこっちに伸ばしてくる。笑う顔を見て、ジャンクは仰天した。


 違う。やっぱり、これは人間じゃない。断じて、ただの人間であるわけがない。

 これは神だ。あるいは、天使。

 でなければ、これほどの美貌が存在するわけがない。


 すると、大きいのが嬉しそうな声を出した。


「おお……さすが、蓮。おまえの顔は、ここでも通用するんだ」

「みたいだね。やっぱり、もとが同じ地球人だから、審美眼は同じなんだ。これで信用してもらえたかな? みんな、おれたちといっしょに地球へ行こう。君たちのサイズなら、全員乗せても、ゆとりがある」


 神は降臨した。

 ジャンクたちは、ぞろぞろと宇宙船に乗りこんだ。

 こうして、ジャンクたちの憂悶のときは、とうとつに終わりを告げた。

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