第31話

 敵にぶつけるべき金属塊は、既に高強度ワイヤーの先端に取り付けられている。これを、クレーンで自在に振り回すことにより、リトルボーイを破壊しようというのが作戦の主旨だ。


 だが、その計画は大きく破綻をきたしていた。何せ、敵の視覚センサーを破壊できていないのである。これでは、せっかく用意した金属塊も捕捉され、回避されてしまう。


 それは分かる。しかし、今この作戦を採用しなければ、敵の足元から離脱しようとしている香澄と実咲に生命の危険が及ぶ。仕方ない。


「くたばれ、化け物!」


 僕は思いっきりレバーを引き、勢いよくクレーンを左右に振り回した。ゴァン、という凄まじい轟音が、この廃工場地帯を震わせる。


「二人共、早く逃げろ!」


 思いっきり無線機に吹き込む。リトルボーイは香澄と美咲がいるのとは反対側に向かって、ゆっくりと倒れつつあった。


 このまま叩き倒してしまえば。しかし、そう簡単に伏する相手ではなかった。

 リトルボーイは脚部から、スラスターを噴射したのだ。その勢いたるや、先ほど僕に突進してきた時と勝るとも劣らない。


 倒れていく時とは反対に、リトルボーイはすぐさま直立姿勢に戻った。真っ赤な視覚センサーが、ギラリと輝く。


「あの野郎!」


 僕は再度レバーを操作し、敵の背後から金属塊を叩きつけようと試みた。だが。


 リトルボーイが、跳んだ。やや膝を折り、スラスターを噴射させ続け、そのまま十メートルほど飛び上がったのだ。縄跳びでもするかのように、金属塊を回避する。

 そしてずいっと腕を伸ばし、あろうことか、それを片手で受け止めてしまった。


「あ……!」


 最初の金属塊の一撃は、確かに有効だった。敵の胸部は大きく陥没し、配線が露出している。

 しかし、これからボコボコに破壊しようという矢先、一発目でこちらの切り札は封印されてしまった。


 僕の焦りを掻き立てるように、リトルボーイは高強度ワイヤーをあっさり引きちぎった。そのまま金属塊を放り投げる。

 後方でドズン、という鈍い音がした。金属塊がアスファルトにめり込む音だろう。


「な、な……」


 何てこった。生憎、次善の策というものは用意していない。これでは騒ぎを聞きつけた警備員たちがやって来て、僕たちは身柄を拘束される――最悪、殺されるかもしれない。


 呆然自失の僕。これから一体どうすれば? 逃げるのか? いや、梅子や香澄のことが心配だ。もしかしたら、大怪我を負っているかもしれない。置いて行くわけにはいかない。


 そんなことに考えている最中、僕の視界に真っ赤な光が差し込んできた。

 はっとして見下ろすと、そこにいたのは、


「実咲っ!」


 竹刀を真っ赤に輝かせ、倒れ込んだ香澄の前に立ち塞がるようにして、実咲が立っていた。

 問題は、ここから彼女を援護する術がないということだ。異能の力を持たない僕が、ここから銃撃をしても通用するとは思えない。


 ぎゅっと拳を握りしめていると、ザッ、と掠れた音を立てて実咲の姿が消えた。

 次に実咲の姿が見えた時、彼女は敵の背後にいた。敵の動きは止まっている。

 ごくり、と唾を飲む。すると、事態が動いた。敵の片足に、真っ赤な筋が一閃走ったのだ。

 実咲の本気が発揮され、敵の脚部装甲を斬り裂いたのだと理解するのに、数瞬の時間を要した。


「やった、のか?」


 ゆっくり振り返る実咲。しかし、その顔に苦渋の表情が浮かんでいるのは、この距離でも見て取れた。致命傷にはなり得なかったのだ。


 今度は自分の番だ。そう言わんばかりに、リトルボーイは振り返った。その勢いのまま、ローキックを繰り出す。

 躱しきれないと察したのだろう。実咲は、咄嗟に竹刀を斜めに構えて防御を試みた。が、呆気なく蹴り飛ばされてしまった。


「ぐあっ!」


 そのまま、アスファルトの上を人形のように転がった。

 リトルボーイは、関節各部から白煙を噴き上げた。プシューーーッ、という排気音がする。ようやく一段落ついた、とでも思っているかのようだ。


 梅子も香澄も実咲も、戦闘不能に陥ってしまった。ローゼンガールズ戦闘員は全滅だ。

 作戦失敗、か。


「くそおっ‼」


 僕はクレーンの操縦パネルを思いっきり殴打した。がちゃん、と部品が弾け飛ぶ。


 頭では分かっているつもりだ。自分たちの敗北は決したと。もう打つ手はないと。

 だが、心のどこか、胸の奥から燃え上がってくる熱量を抑えきることはできなかった。


 僕はクレーンの操縦室から飛び出し、階段を駆け下りた。血が滴る手で、拳銃を取り出す。

 よくも。よくも、よくも、よくもッ!


 今、ここで倒れ伏している三人は、この町の平和を守るために戦ってきたのだ。

それが、むざむざこんなところで殺されていいはずがない。だったらいっそ、僕が一矢報いてやる。


「おい、化け物!」


 ああ、そうだ。音には反応しないんだったな。僕は両手で拳銃を握り込み、連射。十五発全弾を、敵に叩き込んだ。カバーがスライドし、弾切れを示す。


「畜生ッ!」


 のっそりとこちらに振り返るリトルボーイ。僕はがむしゃらで、拳銃そのものを敵に放り投げた。無論、何の意味もない。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 息を切らしながら、僕はその場に立ち塞がった。

 殺したければそうすればいい。僅かなりとも、梅子や香澄や実咲が生き延びてくれれば本望だ。


 ズズン、と聞き慣れた足音がする。地面が揺れているのか、それとも僕の膝が震えているのか分からない。ああ、平凡というものを誰より望んでいた僕が、まさかこんな最期を迎えることになるなんて。


 息を切らしながら、僕は瞳を閉じて、自分が圧殺されるその瞬間を待った。

 圧倒的質量を有する足音が、無情にも迫ってくる。

 ズズン、ズズン、ズズン、ズ……あれ?

 おかしい。あの巨木のような腕や足が、今にも僕を押し潰すものと思っていたのに。


 さっと目を開けると、目の前にリトルボーイの足が振り下ろされるところだった。飽くまでも『目の前に』だ。

 ゆっくり見上げる。すると、敵の頭部は僕から逸らされ、視覚センサーもどこか別方向を睨んでいる。その視線の先を追って、僕は驚きに目を見開いた。


 玲菜だ。玲菜が、何かを抱えてリトルボーイを見つめていた。あれは何だ?

 ああ、そうか。特殊な電波の発生装置だ。最初の誘導のために使ってからほったらかしにしておいたもの。よくもまあ、あれだけの戦闘が行われた後になっても無傷だったな。

 こればっかりは、不幸中の幸いと言えるだろう。


 だが、そんなものを掲げて敵を誘導しようという玲菜の意図が分からない。僕が銃撃したのと同様に、ただ時間稼ぎにしかならないのではないか。

 そんな疑問、疑念は、盛大な土煙と共に消し飛んだ。


「うわっ!」


 咄嗟に腕で目を覆う。僅かにアスファルト片が口に入ったが、お構いなしだ。


 一体何が起こったのか。砂塵の中央に目を凝らす。するとそこには、リトルボーイがいた。腰から下が地面に埋まった状態で。

 そうか。リトルボーイは、自分が掘り進んできた地中の空洞に足を取られたのだ。これで、大きな隙を自ら呼び込んだことになる。玲菜はそれを狙い、リトルボーイを誘導したのだ。


《全員、伏せろ!》


 無線機に声が入る。香澄だ。意識を取り戻したのか。それはともかく、指示に従おう。

 すると、何の前触れもなしに大きな爆発が起こった。敵の上半身が、爆炎と黒煙に包まれる。

 一発ではない。二度、三度と爆発は重なり合い、リトルボーイの巨体を揺らめかせる。

 どうやら、金属塊の直撃で損傷した胸部が狙われたらしい。まさに一点突破である。


 その黒煙を切り払うようにして、小柄な影が跳躍してきた。梅子だ。いつものキレはないが、それでも十分な速度で敵に迫っていく。


「はあああああああっ!」


 不器用に上半身を回転させるリトルボーイ。その腕を回避しながら、梅子は跳んだ。そして、何度も跳躍を繰り返し、ガツン、ガツンとメリケンサックを敵に叩きつけた。


 だが、これではまたすぐに敵に捕捉されてしまう。どうする気だ?

 実際、そこまで考えてはいなかったのだろう。梅子は無我夢中で、縦横無尽に跳び回り、リトルボーイの胸部の内部構造を情け容赦なく破壊していく。


 これには流石にマズいと考えたのか、リトルボーイは俯き加減に、梅子を捕らえようとした。うなじの部分が露わになる。そこに、


「ふっ!」


 真っ赤な閃光が走った。実咲の竹刀だ。無防備な首の付け根に、深々と竹刀が突き刺さっている。


 苦し気に身をよじるリトルボーイ。だが、操作系統がやられたのか、上手く腕を動かせない。その隙に、梅子の殴打と香澄の銃撃が代わりばんこに浴びせかけられる。もちろん、胸部の損傷箇所に向かってだ。


《梅子、キメてやれ!》


 実咲の声に応じ、梅子は思いっきり腕を振りかぶりながら跳躍。


「でやああっ!」


 メリケンサックが、リトルボーイの胸部エネルギー循環器に食い込んだ。一瞬、雷光のような眩い閃光が走る。だが、既に梅子は離脱していた。


 エネルギーを全身に回せなくなったリトルボーイは、あまりにも呆気なく、そして完全に、その動きを停止した。

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