第32話
ズザザザッ! と盛大な摩擦音が響く。梅子は両足をついて引き下がり、片膝を立てる姿勢で停止した。
同時に、香澄が立ったままの姿勢で拳銃をリロードする。リトルボーイに対し、油断なく視線を注ぎながら、拳銃を背中に挟む込む。
実咲はといえば、再度超人的な跳躍をして竹刀にしがみついた。そのまま引っこ抜いて、僕たちのいる方、リトルボーイの前面へと向かってくる。
僕は三人を見渡した。皆が皆、服のあちこちが破れ、血が滲んでいる部分もある。まさに満身創痍だ。
だが、生きている。
別に、僕がその助力になった、というわけではないだろう。彼女たちの命を救ったのは自分だ、などと思えるほど、僕はナルシシズムに浸っているつもりはない。
でも、何故だろう。彼女たちが生きていてくれたことが、こんなにも嬉しい。薄っぺらい言葉だが、とにかく僕には、それが素晴らしいことだと思えた。よかった。本当に。
「おい、皆無事か!」
実咲が声をかけてくる。梅子はすっと立ち上がり、両腕をぶんぶん振り回した。香澄は照れくさいのか、顔を逸らしながらも片腕を上げ、その上で親指を立てた。
「皆さん、ご無事ですか⁉」
やや離れたところから、玲菜も駆けてくる。僕はついつい、顔が緩むのを感じた。
『玲菜!』と叫ぼうとした瞬間だった。銃声と共に、彼女が倒れ込んだのは。
「あ……!」
僕はぽっかりと口を開けた。
こちらに向かってひざまずき、倒れ伏す玲菜。その背後で拳銃を構えていたのは――。
「面倒をかけさせるな、小娘」
「猪瀬理事長……!」
誰かが呟いた。驚きのあまり、喋ることを忘れてしまった僕の代わりに。
「な、何をやっているんだ、理事長! ここにはもう敵はいない! あなたが撃ったのは玲菜だ、早く手当てを!」
「慌てるな、実咲くん。君たちを殺すつもりはない」
玲菜のそばに立った猪瀬は、彼女の腕を引いて無理やり立たせた。どうやら、玲菜が撃たれたのは足元だったようだ。
あまり流血が見られないことから、致命傷ではなかったのだろうと思う。だが、いくら冷酷な人間だとはいえ、猪瀬が実子の玲菜を撃つとは。
って待てよ? 『君たち』とは、誰のことだ?
純粋に考えれば、実咲を始めとしたローゼンガールズ戦闘員のことだ。もしかしたら僕も含まれているかもしれない。
だが、一つ確かなのは、玲菜がそこには入っていないということ。つまり。
「貴様、玲菜を人質にする気か!」
僕はようやく、喉を震わせた。
「ほう?」
玲菜を引き寄せ、銃口を彼女のこめかみに押し当てながら、猪瀬は片眉を吊り上げた。
「意外だな、拓海くん。君がそんな暴言を吐けるとは」
「玲菜を撃ってみろ、僕はお前の計画を暴露してやる! 梅子や香澄や実咲を実験台にするつもりなんだってことは分かってる! それを公表して、必ずお前をとっ捕まえてやるぞ!」
「ふむ。威勢のいいことだな」
しかし、と間を繋ぎ、猪瀬は語った。
「幸か不幸か、ここにいるのは私一人だ。警備員たちは随行していない。彼らにも知られると厄介だからな、この事案は」
聞けば、猪瀬がここにやって来たのは、玲菜がリトルボーイ誘導の際に使った通信装置の電波を逆探知したからだそうだ。
確かに、周囲に人の気配はない。この前、梅子と香澄と実咲を連行していったのは、ごく限られたエリート警備員だったということか。
「子供の面倒を見るのが親の務めだ。その逆探知ツールは私にしか使えない。警備員たちや警察、消防がここに駆けつけるまで、まだ時間はある」
未だ余裕を隠さない猪瀬。
「私を見逃してくれ、諸君。そうすれば、小娘は解放する。そして、君たちを軟禁し、人体兵器の開発に協力してもらうという計画はチャラにしよう。代わりに、再度リトルボーイを――いや、それを上回る大型戦闘ロボットを一から開発する」
「そんな戯言を!」
「なあに、リトルボーイ開発チームだって、一枚岩ではなくてな。別な機動兵器を開発したがっていた連中も大勢いる。リトルボーイの設計図が破損したところで、大した問題にはならん」
「ッ……」
自分の手元から、どくどくと流血がある。その生温かさを実感しつつも、僕は拳を握らないではいられなかった。
許せない。自分の娘を道具に使い、学校の理事長という肩書を用い、何もかも支配しようとする。
異能の力を有する三人の身柄の安全の保証。それにしたって、どこからが本当でどこからが嘘か分かったものではない。
そして、今戦えるのは、僕だけだ。
僕は、ずんずんと猪瀬に歩み寄り、
「香澄、借りるぞ」
そう言って、香澄の背中から彼女の拳銃を引き抜いた。カバーをスライドさせ、初弾を装填する。
「ほう? 私と戦うつもりか?」
「いや」
歪んだ笑みを浮かべる猪瀬に、『NO』を突きつける。
「ただ、僕には許せないだけだ。あんたみたいな、他人の将来を食い潰して平気でいられるような大人が。それにな――」
僕は思いっきり息を吸い込み、声高らかに語った。
「僕たちは国立未来創造学園の生徒だ! あんたに未来は渡さない!」
場が静まり返った。
しかし、その沈黙の意味を汲み取る余裕は、僕にはなかった。
ただ一つ、僕が注意を払ったこと。それは敵、すなわち猪瀬から絶対に目を逸らさず、彼を視界の中央に留めておくということだった。
スローモーションになった知覚の中で、猪瀬の腕からするり、と玲菜の身体が滑り落ちる。
僕は呆然としている猪瀬に向かい、ゆっくりと拳銃の狙いを定めた。
そして、パン。
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