第30話


         ※


 同日午後九時。廃工場地帯にて。


《こちら玲菜。リトルボーイ誘導用発信機、セット完了。仮設基地に戻ります。帰還次第、誘導を開始。同時に、高校敷地内の研究本部にウィルスを仕掛けます》

《こちら実咲、了解。玲菜、気負わずに、だが正確にな》

《はーい! 梅子スタンバイ! いつでもいいよ!》

《香澄だ。こちらも戦闘準備よし》

「た、拓海、同じく準備よし!」


 皆が超短距離通信用の端末で、現在の状況を報告し合う。どうやらトラブルはないらしい。

 各員の配置は、次のようになっている。


 まず、廃工場に囲まれた中央の広場に、玲菜の造った機材が置かれている。リトルボーイだけを誘導しうる、特殊な波長の電波を発する通信機だ。

 リトルボーイに搭載されたAIは、研究過程にあるため汎用性が極めて低い。だからこそ、狭い範囲の電波にのみ引き寄せられる。


 仮設基地(といっても廃工場のうちの一つだが)に駆け戻っていく玲菜の姿が、暗闇の中でぼんやり見える。それから、玲菜は基地内に持ち込んだノートパソコンを操作。ウィルスを研究施設に送り込む。


《ウィルス、送信完了! リトルボーイ、強制起動! 地中をこちらに向かって接近中!》

《了解》


 実咲はいつも通りに答える。皆に安心をもたらすような、余裕を感じさせる口調だ。

 彼女は現在、建築途中で放棄された鉄骨群の中ほどで身を潜めている。無論、愛用の竹刀は背中に装備済みだ。


 視線をずらすと、二階建ての建物の屋上に梅子が待機している。クラウチングスタートを決めるように、上体を曲げて両手を屋上の床面に着いている。


「梅子、まだ早いぞ。最初に仕掛けるのは僕と香澄だ」


 かく言う僕と香澄は、拳銃の最終点検にあたっていた。よし、これで弾が出る。

 香澄は一旦、背中に拳銃を戻し、野球ボールのようなものを握りしめた。閃光手榴弾だ。


「拓海、大丈夫か?」

「え? あ、ああ」


 すると、香澄は軽く僕の肩を叩いた。意外だな。彼女が他人を気遣ってくれるとは。


《目標接近。地中、深さ約二十メートル地点を潜行中。十メートル……五メートル……地上に出ます!》


 その玲菜の言葉が切れた瞬間、多くのことがいっぺんに起こった。

 マンホールの蓋が跳ね飛び、損傷した水道管から水が噴き出す。急な地響きが足元を震わせ、アスファルトに亀裂が入る。

 そして、あの太い腕がにょっきりと生えてきた。砂塵がぶわり、と巻き上がる。


《目標を肉眼にて確認! 戦闘開始! 繰り返す、戦闘開始!》

「了解、実咲先輩! 拓海、もう撃てるな?」


 砂塵の向こう側を見据えながら、香澄が問うてくる。『もちろんだ!』と言って頷く僕。

 やがてリトルボーイは腕力を活かし、胴体を、膝を、足先を持ち上げた。

 ズズン、という響きと共に、立ち上がったリトルボーイ。あの特徴的な一つ目がギラリ、と光る。


 香澄は閃光手榴弾のピンを抜き、叫んだ。


「全員、目を塞げ!」


 香澄に投擲された手榴弾は、瞼の隙間から僕たちの網膜に差し込んできた。目を開けたまま喰らっていたら、五、六分は視力を奪われるところだろう。

 僕が目を開けると、あたりはよく見えるようになっていた。確かにまだまだ明るいが、周囲を見渡すことはできる。皆、遮光板を兼ねたコンタクトレンズを装備しているのだ。

 これで、目くらましを喰らっているのはリトルボーイだけとなる。


「おんどりゃあああああああ!」


 怒声と共に、梅子が建物の屋上から駆け出し、跳んだ。綺麗な弧を描いた梅子の身体は、リトルボーイの肩のパーツにしがみつく。そして、縦方向に一回転して首元に飛び乗る。


 梅子の存在に、リトルボーイは機敏に反応した。反対側の腕を伸ばし、掴み込もうとする。しかし、その手先は上手く動かない。視覚センサーが機能不全を起こしているからだ。

 腕の下を抜けて、梅子が相手の頭部に迫る。そして、


「でやっ! うおっ! はあっ!」


 メリケンサックを装備した右の拳で、視覚センサーを覆うバイザーを連打した。

 梅子が腕を振るう度に、プラスチックにひびが入るようなミシリ、ミシリという音が響く。


「こんにゃろおおおおおおお!」


 叫びながら、梅子が思いっきり腕を引く。しかし、


「ぐあ!」


 ついに相手の腕に捕まってしまった。マズい。このままでは、梅子は握りつぶされてしまう。


「梅子っ!」


 叫んだのは実咲だ。竹刀を抜いて跳び下り、敵の頭上に鋭い痛打を与える。

 彼女はリトルボーイに止めを刺すべく、頭上に待機していたのだが、梅子を見殺しにはできなかったのだろう。僕でもそうする。


 ガキィン、と今までにない硬質な衝突音が響き渡る。

 実咲は落下しながらも、巧みに剣先をずらしていた。後頭部を直撃した竹刀によって、リトルボーイは前傾姿勢に倒れ込む。

 慌てて飛び退く実咲。対して梅子は、バランスを崩した相手に放り投げられた。


「きゃあっ!」


 敵も本気で放り投げられる体勢ではなかった。しかし、小柄な梅子の身体は呆気なくふっ飛ばされ、そばに建っていたビルの二階部分に突っ込んだ。

 ビルの外壁がボール紙のようにひしゃげる。勢いそのままに、梅子はビルの中ほどまでめり込んだ。


 僕は言葉もなく、その様子を傍観するしかなかった。あんな勢いで吹っ飛ばされて、梅子は無事なのだろうか?


「香澄! 拓海!」


 リトルボーイの頭部から跳び退いた実咲が叫ぶ。梅子が突っ込んだビルに向かい、リトルボーイが手探りながらも接近を試みている。

 いくら異能の力があるからといって、今追撃されたら梅子は危ない。はっと我に帰り、僕は拳銃を抜いて発砲を開始した。


 消音器は取り付けていない。作戦の一部だ。派手な銃声を響かせながら、僕は叫んだ。


「こっちだ、ポンコツ! 梅子から離れろ!」


 音響探知装置は未装備のリトルボーイ。だが、装甲板に僅かな衝撃を感知したのか、ゆっくりとこちらに振り向いた。

 僕は両手で拳銃を握り、じりじりと後退する。そんな僕のそばに、香澄の姿はない。彼女のための時間稼ぎが、僕に課せられた任務だ。


 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、とはよく言ったものだが、弾切ればかりはどうしようもなかった。


「くそっ!」


 僕は急いで腰元から二つ目の弾倉を取り出し、リロードを試みる。しかし、その時点で敵は僕の位置を正確に掴んでいた。

 足元からバシュッ、と白煙が立ち昇る。


「げっ、まさか……!」


 僕は直感だけで、勢いよく横っ飛びした。そのまま転がり、素早く立ち上がって疾走。振り返ったまさにその瞬間、凄まじい強風が僕を背中から襲ってきた。

 ただの風ではない。砂塵にコンクリート片、細分化されたアスファルトなどが混じっている。


「うっく!」


 この期に及んで、僕はようやく敵が突進し、僕を圧殺しようとしていたことを悟った。


「あっぶねえ!」

《伏せてろ、拓海!》


 香澄の声がイヤホンに入る。うつ伏せになりながら顔を上げると、前方にまた別なビルと、香澄の背中が見えた。そしてあろうことか、香澄はビルの外壁を、垂直に駆け登り始めた。

 作戦会議では『上手くやる』としか言っていなかったが、まさかあんな挙動を取ることが可能だったとは。


「とっ!」


 敵を見下ろせる高さに至り、香澄は勢いよく壁を蹴った。すると今度は、彼女自身が弾丸になったかのごとく、やや高度を下げながらリトルボーイに突っ込んでいく。

 ぱららららららら、という軽い発砲音が連続する。フルオートで放たれた弾丸は、その一発一発が敵のバイザーに吸い込まれていく。異能の力で威力は上がっているだろうから、きっとバイザーを打ち破るのはもうすぐのはずだ。


 それを目視した僕は、計画通り、元来た道を引き返した。建設中に放棄された廃ビルに侵入し、三階まで一気に駆け上がる。息が切れたが、そんなことを言っている場合ではない。


 僕に課せられた任務。それは、視覚を失ったリトルボーイに対し、クレーンで吊った金属片をぶち当て、物理的に破壊する、というものだ。

 ローゼンガールズの三人は、その前段階として、敵の視覚を奪うために動いている。


「はあっ!」


 大きく息をつき、クレーンの操縦室へ。練習通りにスイッチを入れていくと、がちゃがちゃとあちらこちらに通電する音が響き、クレーンが起動したことが分かった。

 ウィィィン、という音を立てて、まるで血が巡るように、クレーンの操縦系統が息を吹き返す。


「こちら拓海、クレーンの起動シークエンスをかんりょ――」


 と言いかけて、僕ははっとした。香澄が、リトルボーイに弾き飛ばされるところだったのだ。


「なっ!」


 リトルボーイの腕は伸縮性があったらしい。そんな情報は聞いていないが、きっと急ピッチで腕ごと換装されていたのだろう。

 真正面から、銃撃しながら突っ込んできた香澄を、敵はロケットパンチの要領で吹っ飛ばしたのだ。


「香澄ッ!」

《我輩が救出する! 拓海、作戦変更だ。直ちにクレーンで、あのデカブツを滅多打ちにしろ!》

「りょ、了解!」


 僕は実咲の指示に従い、クレーンの操作レバーに手をかけた。

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