第27話
「私の父親、猪瀬高雄っていうの。国立未来創造高等学校――私たちの高校の理事長」
「そうなのか、随分と偉いんだな……って、え?」
こちらを見向きもせずに、玲菜は続ける。
「ちゃんと聞いてた? 私はこの高校の、理事長の一人娘。お母さんは、病気で早くに死んじゃったんだけど、わけあって名字を変えて、この高校に入学したの」
『潜入した、とも言えるわね』。そう言って、玲菜は口元を歪めた。
「わざわざ、自分の父親がいる学校に?」
「もちろん、入試で不正はしてないわよ」
釘を刺すつもりか、玲菜はそう言った。
「お母さんが亡くなったのが、私が小学二年生の頃。当時から私は、プログラミングとか、ハッカーの真似事とかをやってたんだから、随分と褒められたし、重宝された。当然周囲の大人は、私を手駒にしておきたいと思うでしょうね」
「そうして玲菜を勝ち取ったのが、猪瀬高雄理事長……?」
「ええ。何せ、実の父親ですもの」
あまりにも淡々と告げられる言葉の一つ一つに、僕の脳髄は揺さぶられた。
「じゃあ、さっきの猪瀬『中佐』ってどういうことだ?」
「そうね」
ふーーーっ、と長いため息をついて、玲菜は言葉を続けた。
「愛国者なのよ、あの人。体力も精神力も申し分なかったから、どこかの国の特殊部隊員として、中東の方で戦争に参加してたみたい。自衛隊が動くには、あまりにも手間が煩雑だったからね。彼独自の方法で、日本を守りたかったんでしょう」
そうか。さっきの尋問官は、軍人時代の猪瀬の部下、とでもいったところか。つい昔の『中佐』という敬称を使ってしまった。
「あの人が、両目を負傷して日本に帰されたのは私が小学三年生の秋。お母さんが亡くなってから、一年半は経ってたわね。自分の人生の伴侶の死に目にも会わないなんて、最低。あの人にとっては、家族なんかより国の方がよっぽど大事なんだ。私はそう思った」
『今も変わってないわよ、その気持ち』。そう付け加えられた玲菜の言葉に、胸をえぐられる思いがする。だから彼女は、猪瀬のことを『あの人』としか呼ばないのか。
「そんな時、あの人を救ったのが、この国の先端医療技術だった。拓海くん、あの人が義眼だってことは知ってる?」
「うん、見たことがある」
「あの人は、その研究に自分を使うようにと志願した。実験台にしてくれ、って。今のところ、あの目はちゃんと機能している。生身の眼球と遜色ない程度には」
しばし、会話を区切る玲菜。その間に、僕は考えた。
「もしかして、あのロボット――リトルボーイの開発を請け負ったのは、理事長が日本に恩を返すつもりで、ってことなのか?」
「ご明察」
休みなくキーボードを叩きながら、玲菜が答える。
「あの人なら、防衛省や外務省に顔が利く。それに、経済産業省と国土交通省の後ろ盾があれば、こんな秘密基地じみた研究施設も建てられる。問題は、そこで働く人間、研究者たちをどうやって集めるか」
梅子と戦ったスライム、香澄と戦った超小型カメラと麻酔銃、そして実咲と戦った有毒ガス。これらもまた、研究の成果の一部、というわけか。
「で、誰が造ったんだ、そんなもの」
「生徒の親御さんが多いわね」
しばしエンターキーを連打しながら、何でもないように対応する玲菜。
「表沙汰にはなってないけど、日本でも高校生を雇い入れる秘密組織はいくつもあるの。大学で学ばせる時間がもったいない、ってね。そういう見込みのある生徒の授業料を免除することで、親御さんの気を惹いて技術協力させる。中には親子二代で研究に従事している人もいるくらいよ」
「そう、なのか」
猪瀬は根っからの悪人ではなかった。玲菜の言う通り、愛国者だ。だが。
「そうは言っても、生徒の意志も尊重しないで実験動物にするのは違法だろう? 軟禁とか言ってたし、誘拐とか、身柄の拘束とか、何か罪になるんじゃないのか?」
「司法にも根回しは済んでるわ。全く、お金って怖いわね」
僕が俯くと、ちょうど作業が一段落したのか、玲菜が振り返った。
「それで? 拓海くんはどうしたいの?」
「そ、そりゃあ……」
僕はしばし、言い淀んだ。崇高と言ってもいいくらいの理想と、血の滲むような情熱。それらを前に、僕は何て無力なのだろう。
だが――。
「僕は、玲菜のお父さんのやり方は強引すぎると思う。少なくとも、ローゼンガールズの三人は救出しなくちゃ。そしてお父さんに、もっと、その、温和なやり方でどうにかできないか頼んでみるしかないんじゃないか?」
「決まりね」
僕の返答を予期していたのだろう。玲菜は最後に再びエンターキーを押して、パソコンを閉じた。そのまますっくと立ち上がる。
「リトルボーイと一戦交える事態になるかも。覚悟は?」
「ああ。僕は僕なりに、何かをやってみせるよ」
僕は、我ながら決然とした調子でそう言った。中二病もいいところである。
しかし、玲菜はそれを馬鹿にしなかった。それどころか、『よかった』と呟いて、俯いてしまった。
「あ、あの、玲菜? どうかした?」
直後、僕は玲菜に思いっきり抱き着かれた。
「え? あ、へえ?」
狼狽える僕。だがそんなことにも構わず、玲菜はしゃくり上げながらこう言った。
「私のために、そこまで言ってくれる人なんて、いるとは思わなくて」
普段なら、僕は真っ赤になって玲菜を退き離そうとするところだ。しかし今は、今くらいは、玲菜の好きにさせてやりたい。
四肢が痛くて上手く玲菜を抱き留められなかったけれど、玲菜が体重を預ける柱にならなれる。
「皆の力で勝てるさ。今の玲菜のお父さんは、やり方を間違えてるだけだから」
「うん……うん!」
僕の肩に顔を押し付け、何度も頷く玲菜。しばらくそのまま突っ立っていると、アナウンスが流れてきた。
《各ブロックの封鎖解除。総員、通常のシフトに戻れ。繰り返す――》
どうやら、玲菜がブロック封鎖解除のプログラムを仕込んだのが効いてきたらしい。
玲菜は僕から顔を離し、自分のハンカチで目と頬を拭った。
「私、この建物の構造は頭に入れてあるから。まずはローゼンガールズの三人の救出が先決。行きましょう」
「りょ、了解!」
僕は再び足を絡ませそうになりながらも、急いで玲菜の後を追った。
※
人のまばらな廊下を駆け抜ける。
「三人はどこに囚われているんだ?」
「もうじき着く。本来は会議室用に増設された区画なんだけど」
それからさらに走ること数十秒。
「ここよ」
玲菜が足を止めたのは、何の変哲もないスライドドアの一つ。ただし、一番奥まった場所にある。玲菜はパスカードを取り出し、すっと通した。しかし、
「ん?」
「どうしたんだ、玲菜?」
再度カードをスキャンさせてから、玲菜ははっとした。
「そんな……。各ブロックの封鎖は解除したはずなのに!」
「残念だったな、玲菜」
背後から聞き慣れた声がする。僕たちは慌てて振り返り、声の主を凝視した。
「猪瀬、高雄……」
「おっと、目上の人間を呼び捨てにするのはよくないな」
パチン、と猪瀬が指を鳴らす。すると、ちょうど彼の陰から、自動小銃を携えた警備員たちが出てきた。三人。猪瀬を含めて四人。
「生憎だが、彼女たちの愛用武器は預からせてもらっている。今のローゼンガールズには、戦闘能力はほぼないと言っていいだろう。君たちも投降しろ。悪いようにはしない」
カチリ、という音が連続する。自動小銃のセーフティが解除される音だ。
「それにしてはあなた、私や拓海くんを殺すつもりのようね。その自動小銃、実弾が込められているんでしょう?」
「ふむ。流石、私の娘だ。よく気がつくじゃないか」
「誰もあんたの子供に産まれてきたかったわけじゃない!」
僕は自動小銃の銃口から、すっと目を逸らした。スライドドアを見遣る。するとそこには、この近未来的な建造物には不似合いなものが取り付けられていた。鍵穴だ。もし上手くいけば――。
「おい、猪瀬。警備員。あんたたちの相手は僕がする」
「ほう?」
顎に手を遣り、猪瀬は息をついた。興味津々といった様子だ。
僕は猪瀬を睨み続けながら、玲菜に呼びかける。
「玲菜、ピッキングはできるか?」
「え、ええ」
「じゃあ、そのドアを開錠してくれ。邪魔が入らないように、僕が君を守る」
警備員たちの間から、苦笑が漏れた。それはそうだろう。人数、装備、実戦経験の差。どれを取っても、連中が僕より劣っているところなどありはしまい。ついでに、僕の台詞が中二病っぽい。
ここは、相手が油断しているところを強襲するしかない。奇襲は最早望むべくもないが、僕にだって時間稼ぎはできる。それを証明してやる。
「総員、武装解除。自動小銃を床に置け」
猪瀬が警備員に命令する。この狭い廊下で自動小銃を振り回すのは、不利だと判断したのか。
「ああ、拳銃とナイフも置いて構わん。ここはフェアに戦わんとな」
相変わらず興味深そうな猪瀬。彼の前に立ちはだかる三人の警備員。
僕は時間を稼ぐべく、相手の出方を待つ。
――つもりだったのだが、相手は流石プロ、一瞬で距離を詰められた。
守ったら負ける。こちらも打って出るしかない。
「うおおおおおおお!」
雄叫びを上げながら、僕は右腕を振りかぶり、最初の一人と拳を交えた。
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