あれは、高校一年の秋のできごとだった。

 その日。学校帰りに友達と秋葉原のアニメショップを巡っていると、大学のゼミに参加しているはずの兄さんから突如電話が入った。

『落ち着いて聞いてくれ』

 そう前置きされて告げられた事実に、僕は、気付くと買ったばかりの画集が入った袋を取り落としていた。

『父さんと母さんが乗った飛行機が……墜落した』

 当時、都内の製薬会社に研究員として勤めていた父さんと母さんは、薬学の国際シンポジウムに参加するためドイツに赴いていた。この日はちょうど二人の帰国に当たる日で、まさかと思い、スマホでニュースサイトを開いてみると、つい数時間前に中東で起こった飛行機の墜落事故がトップで報じられていた。墜落したのは、フランクフルト発ドーハ行きの飛行機で、後日判明したところによると、中東某国の空軍司令部がレーダーの反応をアメリカ軍機のそれと見誤り、ミサイルで撃墜したのだった。

 急いで帰宅した僕を待っていたのは、見たことがないほど蒼褪めた兄さんと、心配で家に駆けつけた両親の友人たちだった。それまでは半信半疑だった僕も、暗い顔をした兄さんと大人たちに、ようやく事実を突きつけられた気がした。さっきの電話は冗談ではなかった。つい昨晩、ドイツの空港から楽しげな写真をLINEで送ってくれた両親は、もう、この世にはいない――

 それでも。

 なぜか僕は、二人が事故で命を落としたとは信じられなかった。なにぶんマイペースな二人だから、ひょっとすると搭乗予定の飛行機に乗り遅れてしまい、今頃はまだドイツの空港内をうろついているのかもしれない。本場のソーセージやビールに舌鼓を打ちながら、代わりの便をのんびり探しているのかもしれない。兄さんや大人たちが、情報収集や航空会社とのやりとりで忙しくする傍らで、僕は、そんなことをのんびりと考えていた。

 何もかもが茶番に見えた。ニュースの報道も、航空会社が主催した合同葬儀さえも。何のために大人たちはこんなことを? あの二人は、今もこの世界のどこかで生きているのに。思えばその頃からだったろうか。僕の目に、本来は視えないはずの人々の姿が映るようになったのは。

 そして――

「ただいま。陽介、瑞月」

 事故から一ヶ月ほどして、父さんと母さんが帰って来た。

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