第17話 西辻栄吾 in 速水家②

 琥珀さんが退室したあとも、俺と蒼真様の話は続いた。学校では蒼真様と真白様がいがみ合っているが故に、俺と蒼真様の仲も険悪なのではないかと疑われているのだが、実際はそこまで悪いわけではない。というよりむしろ仲がいいほうだと思う。

 まぁ、こう思っているのが俺だけだった場合それはそれで恥ずかしいんだが。


「色々聞きたいことがあるんだが……何から聞くべきかな」

「はは、まぁそうっスよね」

「さすがにもう動じないね。じゃあ根本的なところから。……いつから彼女と付き合っているんだい?」

「えーっと……十四歳の時からっスね」


 何が悲しくて男同士で恋バナをしなければならないのか、そんな疑問はあったけれど、蒼真様に隠し事をしても無駄なのは分かりきっているので素直に白状する。すると蒼真様は呆れたような笑みを浮かべた。


「そんな前からだったのか。全く気づけなかった自分を恥じるべきか、今まで隠しきっていた二人を讃えるべきか……」

「あー……それなんスけど──」

「ん?」

「──蒼真様と真白様以外は気づいてたみたいです」

「な……これはいよいよ自分の察しの悪さが嫌になるな」


 勝手に自虐モードに入られると専属執事でない俺としてはどうフォローするべきなのか見当がつかない。芽衣に助けを求めたいところだが、あっちはあっちでお嬢様に質問攻めにあっている気がする。


「あー……まぁ、蒼真様には蒼真様の長所があるんでそこまで凹まなくてもいいかと」

「ふ……フォローありがとう。それにしても、本当に慕い合っているんだな」

「俺たち的には普通だと思うんですが……」

「いやいや、そうでなければ真っ先に拳は出ないだろう」

「うぐ……」


 感心したようにそう言ってその場で殴る真似をする蒼真様。あの、俺がただのイタイ奴に見えてくるのでやめて欲しいです。普通に恥ずかしい。……というか、何故それを蒼真様がご存知なのですか。

 大方の予想はつくが、念の為に確認してみる。


「蒼真様、誰からそのことを?」

「誰って……東坂だが」

「へ?」


 え…………芽衣? てっきりお嬢様が言ったのかと思っていたため、返ってきたその答えに俺の思考はフリーズした。

 数秒の沈黙の後、ようやく解凍された頭を回してどうにか言葉を絞り出す。


「芽衣ですか」

「あぁ。荷物をまとめながら、デート中の出来事を嬉々として話してくれたよ」

「その言い方だとナンパ事件だけじゃなさそうっスね」

「そうだね。例えば……君が東坂の膝枕を享受した件とかかな?」

「恥っず!」


 芽衣さん芽衣さん、俺を膝枕できたのが嬉しかったのは分かるけど……これだと蒼真様が俺の弱みを握ったことになるんだよ。そこも考えて欲しかったな。──なんてここにいない芽衣に向かって念を送りながら頭を抱える。そんな俺を見て蒼真様が楽しそうに笑った。


「ふふ……」

「何の笑みですか、恐ろしい」

「いや何、君たちが幸せそうで何よりだなぁと思ってね」

「左様ですか」


 そこで顔を上げると、こちらを見つめる蒼真様と目が合って──ふと気づく。蒼真様が見せる笑顔が一種の寂寥を含んだものであることに。

 気になった俺は、聞かずにはいられなかった。


「あの……」

「どうした?」

「気に障ったら申し訳ないのですが、蒼真様には、その……俺にとっての芽衣みたいな存在はいらっしゃらないんですか?」


 普段なら少し砕けた口調で接することもできるのだが、重要なことになるとどうしても丁寧な口調になってしまう。

 仕事柄仕方のないことで、この態度が正と負のどちらに転ぶこともあるのだが……今この場に限ってはプラスに働いたようだ。

 口調の変化から俺の問いが冗談の類でないことを察したのか、蒼真様の目が大きく開かれた。そして数秒の逡巡の後、蒼真様は小さく呟くように答えを口にした。


「こういうことを言っていいのか分からないが、君に隠し事は通用しそうにないからね」

「……はぁ」

「真白に使えている君なら理解できると思うが、僕のような立場の人間には金目当ての者たちが近づきやすいみたいでね」

「…………なるほど」


 つまりは玉の輿を狙う女子が次から次へと詰め寄ってきた、そんな経験があるということなのだろう。

 実際お嬢様も(身の程知らずの男子から)何度か告白を受けていたし、俺もその度に代理として断りを入れていたからお嬢様や蒼真様の気持ちはある程度理解できる。


「察してくれたようで何よりだよ。もちろんその限りでない女の子もいるし、そもそも僕に興味すらない子もいるだろうね。だけどまぁ……恋愛とかいうのは今はまだいいかな」

「……そっスか」

「君から聞いておいてその反応はないだろう」

「いえ、悪いことを聞いてしまったなぁ、と思いまして」

「気にしないでくれ、というよりむしろお礼を言わせて欲しいな」

「……お礼、ですか?」


 お礼を言われるに値することを言った覚えがないので素直に聞き返すと、蒼真様は苦笑を浮かべて言った。


「何の因果か、僕に仕えてくれる同年代の人たちは必ずと言っていいほど女子なんだよ。だからなかなかこういうことを相談できる人が周りにいないんだ」


 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。琥珀さんだったり芽衣だったり、蒼真様の周りには女子が控えているイメージがある。まぁその理由は薄々理解はしているんだけど、それについては言わなくてもいいか。

 だが、この状況ならば俺の出番だろう。


「……そういうことならいくらでも話は聞きますよ。誰とはいませんが、愚痴を聞かされるのには慣れているので」


 ここにはいない自分の主人を思い浮かべながらそう言うと、蒼真様はようやく声を上げて笑った。この方のこんな笑い方、初めて見たんじゃないか? というか元々の顔の良さも相まって爽やかさが倍増しているんだが。

 そんなことを考えていると、ひとしきり笑い終えた蒼真様が肩を震わせながら口を開いた。


「じゃあこの一週間は君の言葉に甘えることにしよう」

「いくらでもお聞きしますよ」


 でもまぁこの調子だとお嬢様とくっつけるのはなかなか骨が折れそうだな。この機会になるべく努力はするつもりだが、お嬢様の方でも何か変化がないと厳しいかもしれない。

 芽衣、そっちは頼んだぞ。

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執事な俺とメイドな彼女 とろけたチーズ @msdydi

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