第16話 東坂芽衣 in 如月家①

 前話が “栄吾君の話①” でした。②はまだかいって思うかもしれませんが、栄吾→芽衣→栄吾→芽衣っていう感じで交互に進めていきます。


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 うぅ…………緊張で胃が痛いです。栄吾君が隣にいないだけでこんなにも心細いなんて、早くも会いたくなってきてしまいました。

 というか、何故真白様に私たちのデートを邪魔する権利があるんでしょう。そう考えるとだんだんと腹が立ってきました。何か言ってやらないと気が済みません。

 蒼真様が手配してくれたタクシーに乗ること約十数分、感情が不安から憤りにシフトしたところで、ちょうどタクシーが停車しました。


「有難う御座いました」

「いえ、またのご利用をお待ちしておりますよ」


 静かに去っていくタクシーを見送ってから振り返ると、早速如月家──いかにも、といった様子の日本家屋です──が私を出迎えてくれました。

 それでも最低限(というのは失礼でしょうか)の設備は整っているようで、大きな門扉の横に設置されているインターホンを鳴らすと、すぐに応答がありました。


『あら、随分早い到着ね。まぁいいわ、入ってちょうだい』

「承知致しました。失礼します」

『相変わらず固いわねぇ……』


 門をくぐったと同時、インターホンからそんな呆れたような声が聞こえてきました。癖なのですから仕方ないでしょう。というかつい数時間前も同じことを申し上げた気がするのですが。アレですか、鶏ですか。

 真白様が『コケーッ』と鶏の鳴き真似をしているのを想像しながら歩いていると、ちょうどお屋敷の入口が開いて真白様が現れました。


「にわ──コホン。まさか真白様直々に出迎えていただけるとは」

「……庭? 言ったでしょう、友人として扱うと」


 どうやら私の失言はなかったことになりました。危なかったです。

 それにしても、言われた通りとはいえ本当に私服でよかったのでしょうか。


「ようこそ如月家へ。歓迎するわ」

「え、と……一週間お世話になります」


 普段とは違う丁寧な対応に驚きつつ何とか言葉を返すと、真白様は穏やかな頬笑みを浮かべました。……そんな表情もできたのですね。


「さ、入ってちょうだい。色々聞きたいこともあるのよ」

「は、はい。失礼します」


 何故か少し楽しそうな様子の真白様について行くと、とある部屋の前へ案内されました。とても大きなお部屋ですが……応接室なのでしょうか。


「今日から一週間、ここが貴女の部屋ね」

「はぁ………………えぇ!?」

「お、驚きすぎよ」

「あの、さすがに大きすぎでは?」


 確か一般的な一人部屋の大きさが五、六畳程度だったと記憶しています。速水家での私の部屋でさえ七畳なのです。ですが案内された和室はどう考えても十畳以上……驚くのも無理はないでしょう。


「そんなこと言われても、この広さが家で一番小さな来客用の部屋なのよ。落ち着かないかもしれないけれど、我慢してもらえるかしら?」

「あ、いえ……別に不満というわけでは。ただ驚いただけなので。そういう話でしたらありがたく使わせていただきます」


 一番小さな来客用の部屋で十畳以上……如月家恐るべしです。ということは栄吾君の部屋はどれくらいなのでしょう。


「ちなみに栄吾の部屋は七畳くらいね」


 あぁ、私の部屋と同じくらいの広さなんですね。使用人の部屋の大きさって決まっているのでしょうか……って、そうではなくて!


「自然に心を読まないでください!」

「いや、だってものすごく気になるって顔をしていたから。東坂さんって思っていたより顔に出るタイプなのね」

「……やはりそうなのですか」

「あ、ごめんなさい。もしかして気にしていたの?」


 だからどうしてナチュラルに心を読めるのですか。……いえ、やはり私が表情に出しすぎているのでしょうね。気をつけねば。


「お気遣いなく。私の問題ですので」

「そ、そう……私でよければ相談に乗るわよ?」

「感謝いたします」


 真白様のそのお言葉はありがたいです。ですが私が相談するとなれば、その相手はまず栄吾君でしょうね。

 真白様も同じことに思い至ったのか、何やら頷いていました。


「まぁ、男子に相談しにくいこともあるでしょうし、そうなったら遠慮なく頼ってね」

「……はい」


 先程から違和感ばかりです。いえ、普段は蒼真様や栄吾君といがみ合っているだけで、こちらが同性にだけ見せる真白様の素の姿なのでしょう。非常に優しいお方なのですね。

 それにしても…………何故この表情を蒼真様にはお見せしないのか。そこでも素の表情を見ることができたら色々と楽なのですが。


「それじゃあ少し早いけど夕飯にしましょうか。あ、栄吾の料理じゃないけれどね」

「招かれている身でそこまで贅沢は言いませんよ。付き合っている以上彼の手料理を食べる機会はいくらでもありますから」

「あら、言うじゃない。別れるつもりはさらさらないのね」

「ええ、まあ」


 少し得意になって(真白様に比べれば薄い)胸を張ってそう言うと、真白様は突然静かになってこちらを見つめてきました。その瞳はどこか羨望を含んでいるようです。…………これはもしや?

 少し気になったので、尋ねてみることにします。


「失礼ですが、真白様にはそういった殿方はいらっしゃらないのですか?」

「高校生の男子なんて皆同じようなものじゃない。まぁ、別格なのも何人かはいるけれど、それもほんの少数よ」

「そう、ですか」


 おそらく、というかほぼ確実にその“別格”には蒼真様が含まれているのでしょう。これはもう脈アリと言ってもいいのでは?

 何とかしてこの予期せぬお泊まり会で真白様の想いを確固たるものにしなければ。そう決意しながら栄吾君に思いを馳せます。

 栄吾君、こちらは任せてください。ですからそちらは任せましたよ?


 と、このような形で私と真白様による一週間にわたる女子会が始まったのです。

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